こちらは区役所の情報編纂室です。
全部門に向けて、新たな有害超獣個体の簡易対応手順を発行しました。
このマニュアルは、全ての職員が閲覧可能です。
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◆PB-104簡易対応手順
◇名称
ケンスイ
◇発見者
警備三課記録班
穂積 元治(ほづみ もとはる) 博士
◇危険度
有害認定
◇簡易対応手順
・当該個体が崩した瓦礫による二次災害に注意してください
・好戦的ではないため、威嚇による誘導が可能です
・都市部から追い出した後は、標準的な対応手順で霧散させてください
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【懸垂一幕の反省】
ナマケモノのような、しかしちょっとモグラのようでもある、その超獣を見た時。
不覚にも少しだけ、不謹慎ながらにちょっとだけ。
可愛い、と思ってしまったんだ。
超獣の姿形が、どのようなルールで出力されているのかは分からない。
だが、あれはやはり、あの見た目の通りに、それほど強力でもなければ、そこまで邪悪でもないのだろう、と。
何となしに分かった。
ああ、もちろんそれは、大いなる間違いだ。
彼らは時に、そのサイズだけで脅威だ。
簡単に人を踏み潰し、触れるだけで建築物を破壊する。
巨大…とまではいかない、あれにしても、しかし決して「無害」とは言い切れないだろう。
ただ…ただ。
ただ…!
どうしても!
まるで無重力であるかのように、身体をぐるりと持ち上げて。
廃ビルから剥きだした鉄骨を、器用にも両手で掴み。
懸垂幕のようにだらんと、廃ビルの壁に伸びるあの姿を見て。
それを指差して「駆除せよ!」と叫びつけることができなかったんだ!
私の言葉には、反省の色が見えないと思われるかも知れない。
それは違う。私は規定を守らなかった、ゆえに弾劾されている。これは正しい。
この仕事を続けさせてもらえるなら、以後、改めることを約束する。
しかし私は、この感覚を完全に封じ、殺してまで、この仕事を続けようとは思わない。
だって、見守るだけの仕事なんて、愛着が湧くに決まってるじゃないか。
実際に見てみろ、あれは現出してから一日中、ただ廃ビルや、放棄された電波塔で遊んでいるだけだ。
あのとぼけた顔を見ろ。権謀術数を張り巡らせるような知性など、どこにもない。
あれは高いところを好むが、しかしどうしても地面を歩く必要がある時。
とても残念そうに地面を這いずるのだ。しかも地を耕しながら。
なあ、我々の仕事は本当に必要なものか?
あれが自然に消滅するまでの、僅か数日の間に。
我々にとって何の価値もない廃材の山を、ほんの遊び心で崩した時に。
あれを急いで狙撃するような必要が、本当にあるのか!?
どうなんだ、博士!
「必要です。あなたは職員更生用カリキュラムαを受講してください。
それでは次の方。」
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より詳細な対応手順へのアクセスには、レベルII以上のセキュリティ・クリアランスの提示、または当該クリアランスを持つ職員による認可が必要になります。