pediaスタッフです。
今回で公開も最終回、そして最終日になります。
何卒、引き続きよろしくお願い致します。
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●起業は「強くてニューゲーム」でプレイしろ
若い人なら「強くてニューゲーム」という言葉を知っているだろう。
「クロノ・トリガー」を代表とするロールプレイングゲームでは、いったんゲームをクリアしたら、クリア時点でのレベルやアイテムを引き継いで新しいゲームで遊ぶことができる。この仕組みを「強くてニューゲーム」という。
通常なら、レベルも一番下の、アイテムもロクに持っていないまっさらな状態からゲームをスタートしなければならないが、「強くてニューゲーム」はそうではない。
強い状態を維持したまま、新しいゲームを始められるのだ。強いレベルで、ステージを容易にクリアすることができるため、ゲームが格段にやりやすくなり、もっと高いレベルのステージに挑戦しやすくなる。
会社経営もこれと同じだ。
2度目の起業ともなれば、付き合いが長く、能力も気心も知れた人材でチームをつくることが最初のときよりも容易だ。1度目の起業の際に付き合いのあった会社の人がジョインしてくれる可能性だってある。
信頼関係もそこそこできあがっているため、相手の腹を探る必要もないし、安心して仕事を任せることができる。
僕が現在経営している会社は、2017年11月現在、新体制となって10カ月めだ。僕の会社の役員は、ほとんどが2017年3月に就任している。
ところが、出会って間もない人ばかりかというと、そんなことは全然ない。ほとんどのメンバーは僕と5~10年近く付き合いのある人間だ。
以前、僕が経営していた会社にいて、その後、回り回ってまた入ってくれた人もいる。何が得意かも知っているから、仕事がしやすい。以前の取引先の人もいれば、仕事には発展しなかったものの、やり取りだけは続けていた人もいる。
相手も僕がどんな人間か、僕の経営する会社で求められるものは何なのか、をわかって入ってきている。「こんなはずじゃなかった」とすぐに辞められて、またメンバーを探すという時間の無駄もない。
これはお互いにとってとてもハッピーな関係だ。
●会社を売っても「関係性」は残る
人材だけでなく、取引先や外注にしても同じことがいえる。
以前経営していた会社の時代から付き合いのある取引先なら、そのときに構築した関係性は消えずに残る。
自分の会社は、M&Aで売ってしまえばハードもソフトも買い手側に行ってしまうが、関係性はそうではない。
取引先も「この人は前の会社を経営している間、毎月きちんと延滞することなく支払いをしてくれた」と覚えている。そのため、再度起業しても、信頼関係が残っているからさほど警戒することなく、新たに取引を始めてくれるだろう。
こうした信頼関係を一から構築するのと、ある程度構築されたところから始めるのとでは、事業立ち上げのスピード感が全く違ってくる。
とくに取引先の場合、ある程度こちらの会社の認知度が上がらないと、取引の入口にさえ立たせてもらえない。
それほどビジネスにおける信頼関係は大事なのだ。
外注先も同じだ。会社のホームページを作るウェブの制作会社、会社案内を作る印刷会社も、一から探すととんでもない時間がかかる。「ここがいい仕事をしてくれた」とわかっていれば、業者探しから始めるロスタイムもなくなる。
税理士や会計士、弁護士などの士業についても同じことがいえる。彼らとはとくにM&Aを経て関係性が急速に密接になることが多い。
要は、たとえ事業内容は変わっても、経営者当人に対する情報や関係性は蓄積され、残っていくということだ。とくに信頼関係は、会社を売っても消えるものではない。自分の経験値もどんどん上がっていく。この点を最大限に活用できるのが連続起業家の強みだ。
●会社売却で「目立つ色の付箋」が貼られる
会社を売却すると、急に「フォロワー」のような人が増えることになる。
僕は相手のことを知らないのに、「正田さんのこと、聞いていますよ」「こういうエグジットを経験されましたよね」などと言われる。仕事の打ち合わせでも過去の経験や経緯をいちいち説明する必要がなくなり、話がスムーズに進む場面が増えた。
著名な起業家を見ても、売却経験のある人に対しては社会が大きな期待を寄せていることがよくわかる。
まだ何もしていないのに、「次はこういうことをやろうと思います」と表明するだけで取材が来たり、情報が拡散されたり、ベンチャーキャピタル(VC)が出資を申し出てきたりする。自然と人が寄ってくるのだ。
このように自分の認知度が上がることは、ベンチャー企業にとっては得がたい、大きなアドバンテージになる。
情報過多の現代では、ベンチャー企業がプレスリリースを出してもすぐに他の情報に埋もれてしまうし、ツイッターやフェイスブックで情報発信しても、あっという間にかき消されてしまう。
しかし、M&Aエグジット経験があると、膨大な紙の束の中に一つ、「目立つ色の付箋」が貼りつけられたような状態になる。つまり、人目につきやすくなるのだ。
最初に立ち上げた会社に固執せず、一度売るという体験をしてみよう。会社は結婚とは違う。一度立ち上げた会社と一生を添い遂げなければならないわけではないのだ。
起業と売却を繰り返せば経験値は上がり、社会的評価も上がる。ちょっと情報発信するだけで周りが気にしてくれるようになる。シリアルアントレプレナーは得なことばかりである。
再度起業するにしても就職するにしても、会社を売却した経験は、あなたの経歴を彩る実績になるはずだ。
●会社経営の「おいしい部分」を何度も味わう
起業と売却を何回か繰り返すと、会社経営の「おいしい部分」を何度も味わえる。
会社も人の一生と同じで、誕生(創業)から成長、衰退までのライフサイクルがある。会社を売却するときは、成長期のどこかで売ることになる。成長曲線に入っているタイミングで売ったほうが大きな利益を見込めるからだ。
日々の会社経営は、案外地味な業務が多い。ところが会社を売却するとなると、弁護士、税理士の協力も得ながら会社全体で準備に追われ、一種の「狂騒状態」が生まれる。ふだんの地味な毎日と比べれば、まるで「お祭り騒ぎ」である。
そんなお祭り騒ぎの結果、ついに会社が売却される。大金が手に入る。そのお金を使ってしばらく休み、またおもしろいビジネスを立ち上げる。うまくいけば、また売却することができるかもしれない。
このように連続起業をすると、会社を立ち上げて新規事業を伸ばし、価値を最大化したところで売るという、会社経営という仕事のもっともおいしい、エキサイティングな部分を何度も体験できるのだ。
10年間で1つの会社しか経営しなかった人と、3つの会社を立ち上げて3回売却した人、どちらのほうがより人生の経験値が高まるだろうか?
僕は、間違いなく後者であると断言する。
例えば、飲食店を20年経営し続けた人がいたとする。1つの店を立ち上げて20年存続させるのは、並大抵の努力でできるものではない。
ただし、一店舗で学べることは限られると思う。初めての起業なら、最初の3年で得る学びは相当大きいはずだ。5年目までも、何かしら学ぶことがあると思う。しかし、最初の5年間とその後の15年間を比べると、後の15年間における全く新しい学びはどうしても少なくなってくるのは仕方のないことだ。
ある程度事業を成長させられたら、どこかのタイミングで売って、少し違った領域で、あるいは全く別の業種で会社を始めてみよう。すると、また違った人生を送ることができるはずだ。
●会社を売却すると寿命が延びる?
会社を売ることは、ファイナンス的に説明すると、5年後、10年後にしか手に入らないはずの利益を、今、まとめてもらえることでもある。
会社の値段は、詳しいことは第5章で後述するが、会社が将来稼ぎ出すキャッシュフローで決まる。
厳密に言えば、現在その会社がどれくらいの利益を生み出しているのかを算出し、それを基に、将来どの程度の利益を生み出すかを予測する。
その上で、それを現在価値に換算するやり方だ。細かい話は拙著『ビジネスの世界で戦うのならファイナンスから始めなさい。』と『ファイナンスこそが最強の意思決定術である』(いずれもCCCメディアハウス刊)を読んでいただきたい。
会社の値段はDCF(ディスカウントキャッシュフロー)法という計算の仕方で求めるのが一般的だが、ここら辺を解説している本は数多く存在するので、もちろん僕の本で勉強していただければうれしいが、この話だけなら世の中のたいていの本で事足りるから読んでみてほしい。
簡単に言うと、タイムマシンに乗って、未来の利益をもらってくるイメージを思い描いてもらえればいい。
つまり、会社を売却すると、未来の利益も含めて会社の価値を算出し、買い取ってもらえることになるのだ。将来生み出されるはずの利益を先に手に入れるのは、時間を先取りすることと同義だと言えるのではないだろうか。
将来の利益を数年分先取りするということは、会社を売れば寿命が数年延びるということと同義である。
これが、僕が会社売却を進める最大の理由だ。会社売却は未来の利益を先取りするため、お金も時間も一度に手に入れることができるのだ。
僕は、自分の会社を売却するたびに、こうした経営のもっともエキサイティングな部分を味わい、時間を先取りしてきたことになる。
今、僕は31歳だが、まるで人生を何度も生き直しているような気がしている。人生の密度は、同じ会社に勤め続けている同年代の人よりずっと濃いと思っている。
どうせ起業するのなら、1回といわず、2回、3回と会社を作って売っていくほうがずっと楽しい。
売却する回数、起業の回数が増えるにつれて、自分のやりたいことが実現しやすくなり、実現の精度も規模も上がる。
信頼して任せられるメンバーには事欠かない。取引先もある。間違いのない仕事をしてくれる外注先も知っている。そうなると、事業を伸ばす本質的な部分にリソースを集中投下できるようになる。いろいろな意味で「楽ができる」のだ。
この「楽ができる」感覚は、口で説明してもなかなかわかるものではないかもしれない。しかし、会社を何度も売却してきた僕は、この点を身にしみて感じている。
会社経営は「強くてニューゲーム」に限る。