こんにちは!『五色の夢で彩りたい』プロジェクトオーナー、おおたせ ひろこです。
コメント欄にメッセージを寄せて下さったり、
直接お手紙を添えてご支援いただいたりと、数値化できない程大きな温かい思いを受け取っています。
ありがとうございます!
コロナと生活、そして、、、
コロナ禍という不安要素。
好転の兆しが見えてきた矢先の、戦争という毎日震撼させられる状況の中。
開催に向け関係者が動いていることは確かですが、はたから見れば不確かなことの方が多いですよね。
2年のコロナ生活で、個人の暮らしの中に同調圧力という選択抑制が厳しく働いて、
正直わたしも、
心穏やかに「うぇ~い!みんな一緒に行こうぜ!」というテンションでの呼びかけまでには至らず、しみついた脳の癖に揺さぶられ、振り回される日々です。
私は自由だ!と活動をはじめた頃は自分に言い聞かせて、「楽しむ」を軸に物事を選択してきました。ほどなくして、コロナ生活に突入。
個人の意思ではなく、
社会の意思が優先という暮らし。
もともと「~ねばならない」という教育を受けてきた世代なので、自分の意思より親や先生の言うことが正解。常識だと思って生きてきて、なので社会の意思が優先という流れに戻されたという感覚を持っています。
多様性が叫ばれる中、
自分の中の多様性(さまざまな感情を持っていること)を認めること。ゆるすこと。
自分の中にある、あれがしたい。これがしたい。を叶えられるのは、
他でもない自分です。
夢ととらえると「何がしたいかわからない」と立ち止まってしまう方もいるかもしれませんが、
「あれ食べたな」
「あ、トイレ行きたい」
「ねむい!」
そんな体からの望みを叶えることも、あなたが暮らしの中で自由に叶えることができる望み。
そんな望みすら叶えられない暮らしは、望んでいません。
「あれ食べたいな」と思っても、我慢。
「あ、トイレ行きたい」と思っても、我慢。
「ねむい!」と思っても、我慢。
私は日中の「ねむい(居眠り)」という欲求に対しての罪悪感が強く、赦せませんでした。今はどんな自分もオールOKだと思っているので、寝れる状況であれば寝ています。
自分のタイミングに逆らおうとせず、のった方が物事が進むと気が付いたから。
願うこと祈ることは祝うこと
日本には「予祝」という考え方があります。
代表としてはお花見。
古い時代、穀物を育てる神々を尊び「栄ゆ神(さかゆかみ)」と呼ぶことがありました。
そこから、神様がおとずれる場所を「座(くら)」。
桜の木は「栄ゆ神の座(さかゆかみのくら)」なので「さくら」と呼ばれるようになりました。
桜のお花見は、
今年の秋の豊作を「穀物を育てる神々が訪れる」樹木の下で、先に祝うことで
願い祈りの想いを放ってる行事です。
また、おせち料理も年神様(五穀豊穣の神さま)に、一年間食べることに困らないようにと、豪華な料理で先にお祝いするという慣わしなんだそうです。
自然災害と隣り合わせだったからこそ、
不安な未来に視点を置くのではなく、
先に祝い(行動)、願い祈り(心)を放つことで様々な困難を乗り越え、今の私たちに命のバトンが渡されて来たのだと、日本の文化や行事に触れ、受け止めています。
不安要素、先が見えないからこそ
一人一人が、どんな暮らしを営み。
一人一人が、どんな未来を望んでいるのか。
一人一人の力は小さいですが、
行事とすることで人々が集い、大きな力に。
暮らしの中で自由に願うこと、夢を描くことは明日をつくる力になる
七夕に願いを
五色の夢で彩りたい
あと2日。
開催期7月。
七夕の節句を通して日本の文化を表現するため、あなたの願い祈りを募っています。
https://camp-fire.jp/projects/view/539076
ゆるり、と
自分の速度で。
力を抜いて力を入れる。
いつだってどんなあなたも花丸◎
毎日あっぱれ!よきよき日を。
そして、「次は私の番☆」と望む明日を想って、にやにやお過ごしください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
おおたせひろこ