2017/12/09 22:27

序盤 本文 抜粋

 

足が思うように動かぬ。三成は、腹具合の悪さと走り続けた疲労で精根尽き果てていた。途中で石田にも行こうかと思ったが、既に家康の追っ手の者達が張っていて、近づくことすら出来なかった。古橋村に着いた時、三成は幼少の頃の懐かしさを胸一杯に沸き起こらせ、母の縁の法華寺三珠院へ向かった。古橋村からは少し山の中に入る。

老院善説は、やっとの事で扉を叩いた男に、落ち着いた微笑みを見せて中へ入れた。佐吉、いや、今は治部少輔三成公。

「よくぞここまで参られたのう。」

 老院は三成に取りあえず茶を飲ませ、静かに休ませた。三成は、老院に何かを言おうとしたが、老院はそれを手で制すると、静かに頷いた。

 寺男を呼ぶと、老院はこう告げた。

「竜泉寺の住職に手紙を渡して欲しい。身元の分からぬ男一人預かり、ここは山深く充分に持て成すことができぬゆえ、引き渡したいと。」

 寺男は、ちらっと三成を見やると、何も言わないまま頷いて、老院が書いた手紙を持って山を下りていった。

「私はあなたのことを存じ上げませぬ。仏様がここへ招かれたのだということです。あなたは心配せずとも、仏様がお守り下さるでしょう。竜泉寺の住職は、きっとあなたの望みをわかるはず。動けるまでは、ここで休んで行かれるとよい。」

 老院はそう言って、庫裏へ下がった。三成は、老院の心遣いが胸に染みた。そして、老院の言葉から、もう既に古橋村へも徳川の追っ手が来ていることを知った。

 こんなところにまでも。

 悔しさで、三成は歯ぎしりした。再起して必ず徳川の横暴を止めねばならぬ。秀頼様が危ない。何としてでも、少しでも早く、立て直しを図らねば。そんなことを考えながら、長く走り続けた疲れと体調の悪さから、三成は少しばかり眠りについた。再起するためには身体を丈夫にせねばならぬと。