【七崎姫の伝説】とは
南都の四条中納言藤原諸江の娘
昔、八太郎(蓮沼)に大蛇が住んでおり、毎年美しい娘を捧げなければならなかった。今年はある村の長者の一人娘と定まっていた。都から流されてきた藤原諸江卿の娘の「七崎姫」がこの話を聞き、一巻のお経と、刀を持って身代わりになるという。村人は嘆き悲しみながらも、姫を神輿に乗せて沼のほとりまで運び、祭壇をしつらえ、姫を残して立ち去った。
すると、真夜中、真っ暗な沼の中ほどの水が大きく割れ、ものすごい風と轟音を立てながら「沼の主の大蛇」が現れて姫を引き込もうとした。しかし、姫が一心に念ずる経文の呪力にさえぎられ果たせずに、水底に引き返す。これが幾度となく繰り返されるうち等々「沼の主の大蛇」は降参した。姫は、「今後、村人に祟りをしないように」と誓わせ、大蛇は「沼の守り神になる」と約束し沼底に去った。
かつては、「七崎観音の例大祭の9月7日」には七崎観音堂(現七崎神社)から、八太郎の蓮沼神社までお神輿が運ばれる「御浜入りの行事」があった。それは、姫の没後にも毎年、「七崎姫」が沼の主と交わした約束を年に一度確かめるために行われたものだという。
大蛇が悪さをしていないかと見に行っていた。馬に乗った供奉や神主に守られた御神輿等で行列を作り、長苗代を八太郎にかけて白木のお神輿を担いで通り、その後は高館の上にかかり、林のなかを蓮沼と北沼との間に下り、沼の向こうの市川通りを行って、北沼の中頃にあるオミギ沼(御神輿沼)に渡御しました。
八太郎の「昔はオミギ沼(御神輿沼)は北沼の中頃にあった」へ「お浜入り」したと伝えられている。明治に入ると神仏分離となり、この行事もすたれ、村人も行かなくなった。
その後ある日、村人が行くと、「う~ん、う~ん」とうなる石があったので、七崎神社に運んだ。すると、うならなくなったといわれています。この石は「八太郎の唸り(うなり)
石」と呼ばれ、現在でも七崎神社にあります。