こんばんは。
プレオープン二日目が無事終了いたしました。
本日は、昨日以上の人数のお客様にお越しいただきました。
炎天下の中、店頭へ、いらっしゃった方、本当にありがとうございます。
また、本日も心温まる、お手紙や、ご声援を賜りまして、我々、プロジェクトメンバー一同、心より御礼申し上げます。
(いただきましたお手紙や、お品物は、義母と祖母のもとで大切に保管させていただきます。)
また、『花しょうぶ通り商店街』という彦根の大変情緒あふれる歴史的な商店街のから、大量の発注をいただきました。
こちらも併せて、2日間で1000名以上の方に、ウクライナの『ブリンチキ』を召し上がっていただくことができました。
また、ウクライナにゆかりのある方々(ウクライナとのハーフの方や、ウクライナ人留学生の方等々)ともお会いすることができ、今後、さらに交流の輪が広がっていく予感がしております。
さて、本日は、一つの区切りとなりますので、夜分ではございますが、改めて、今回のプロジェクトの趣旨や今後の展望についてお話いたします。
ウクライナから来た彼らは、この数か月、文字通り『死ぬほど』辛い思いをしてます。避難してきた義母や祖母、またプロジェクトメンバーの他の避難民の方、そして、避難民の家族(妻や私を含む)。
『自分の家族や親友が、明日、戦争で亡くなってしまうかもしれない(殺されてしまうかもしれない)。』
『核爆弾が投じられるとか、数日で征服されてしまうとか、ウクライナに勝ち目はないとか、そんなひどいこと、言わないでよ。それって、私たちの家族や友人が捕虜にされたり、殺されてしまうってことだよ?』
『自分の家や故郷が、粉砕されてしまうかもしれない。』
『・・・。』
そんなつらい思い、どれほど鮮明に事細かくメディアで報じられたとしても、ここまで距離的に遠いと、どうしても、自分の身になってその気持ちを考えることはできないと思います。
そして、そんな内容について質問を受けても、ウクライナそんな悲しくつらい話を、大きなテレビカメラの前で、流ちょうに話せるわけもありません。
(実際、取材を受ける中で、我々四人、何度も涙があふれたことがありました。)
ただ、話さなければならない。伝えなければならない。
私たちがとにかく、ウクライナのことを発信しなければ、なにも伝わらない。
そして、私たちは、可能な限りすべての取材に応じることにいたしました。
初めて言いますが、この決断をするにあたって、我々四人で決めたことがございました。
『前を向く。(できるだけ弱音は吐かない)』
ということです。ウクライナで戦っている人たちに顔向けできないことはしたくない。
『ウクライナの強い姿勢。前向きな姿勢を見せたい。とにかく一刻も早く』
私たちはウクライナが『戦争に勝つ』と初めから信じております。
ウクライナ人の心の強さ、愛国心の強さを他の国の人達はあまり知りません。
大和魂に似た、コサック魂がウクライナ国民にはあります。(妻を見ていても感じますが、とても強いです。力もそうですが意志が本当に強い)。だから、どんなに攻められても、必ずウクライナが勝つと言ってやみませんでした(正直、私は、侵攻初期、軍事費の圧倒的な違いや戦闘員の数、武器の性能や量を鑑み、非常に難しく不利な戦いであると考えておりました。)。
そのため、私たちは、ウクライナが勝つ前提で、その先を考えようと思ったのでした。
今は『前を向く。弱音は吐かない。』
そして、次の未来を見据え、戦時中の今からもう『復興する』。
復興するしかない。だって、もう、壊されてたのだから。
これが、私たちの行動のエネルギーの源です。
そしてそのエネルギーの矛先が、『皆様への感謝』でした。
なぜかあまり報じられませんが、日本政府の早期のビザ簡略化は、本当に効果的でした。
義母と祖母の人生を大きく変えました。その早期の対応がなければ、今頃どれほど悲惨な思いをしていたが、想像したくありません。少なくとも今ほど、笑顔はありません。そんな、人生の大恩人(国)へ感謝の気持ちが湧かないわけがございません。
そして、早期に住宅の手配や諸手続きを進めてくださった滋賀県や彦根市に対しても大変感謝しております。県や市の職員の方々は、非常に親身になって接してくださっております。義母や祖母の持病の治療薬が不足しかけた際も、GWのお休みの中にもかかわらず、早期にご対応してくださいましたし、補助金や支援のいろんなお役立ち情報を毎日のように教えてくださいました。本当に助けられました。そのご支援には確かに担当者様達の愛を感じました。表現が大変難しいですが、『押しつけの愛』ではなく『親身な愛』というべきでしょうか。
私たちに必要な支援を精査して、的確なタイミングで的確な伝え方で、『私たちのため』に支援をしていただきました。県や市だけではなく、多くの方たちにも、本当に多くのご支援ご声援をいただいておりました。
その『感謝の気持ち』を、『復興させるエネルギー』のもと、表現できる形が、『ウクライナ料理キッチンカー』だったのです。
このキッチンカープロジェクトを拡大させられれば、全国のウクライナ避難民の持つ『復興させるエネルギー』 の矛先を作ることができ、ひいては第三国である日本から、どこよりも早く、『ウクライナの復興』を開始できると思ったのでした。
さて、このプロジェクトを始めることを決めてからは、怒涛の勢いでした。
もともと我々は『復興させるエネルギー』 に満ち溢れ、死に物狂いで準備を進めていったことはもちろんのことですが、その活動に拍車をかけたのが、彦根キャッスルリゾート&スパ様、近江ツーリズムボード様、彦根市、NHK様を筆頭に多くのメディア各社様、他にも多くの企業様からのアシストでした。『押しつけの愛』ではなく『親身な愛』 です。
実のあるご支援のおかげで、通常では考えられないスピードでこのように5月中にプレオープンを実施することができたのでした。
改めて、我々一同、心より感謝申し上げます。
そして次の目標は、大阪でのオープンです。
大阪店は大阪や京都、兵庫や奈良、和歌山に住むウクライナ避難民の方を中心に営業いたします。大阪でやる意義については、本文中に書き足しましたが、非常に重要です。大阪店を成功させられれば、ウクライナ避難民を含め、関西の多くの人たちに影響を与えることができます。その影響の先には、いよいよ『復興』という言葉がふさわしいムーブメントが待っていると信じております。
今回の彦根でのプレオープンまでの日々、そしてプレオープン当日の昨日と今日。ここではお伝え出来ないほど、多くの深い感動がございました。
この、挑戦から味わえる感動は、暗い闇の中でも輝く、数少ない光の一つだと思います。この光を、ぜひとも全国のウクライナ避難民のもとにも届けたい。
私たちは頑張ります。まだまだ計画の途中です。
ぜひ、引き続き、応援のほどよろしくお願いいたします。