こんにちは、コンクリートは防潮堤ですが、防潮堤の下にはウニむきの工場があります。津波館の近くでも。住宅は防潮堤の下には立てれませんが、工場は立てれます。明上雅孝。
こんにちは、島の文化財の宮津弁天宮の歴史です。神輿もこの上の神社から降ろしたようです。若者が多くいたのですよ、39年前のことですが。見えてる拝殿の回廊も割れ落ちています。この地区も道路の整備が終わると部落から人がいなくなっています。明上雅孝。
こんにちは、津波館の近くの建物の下をご覧ください、見えていますコンクリートは海抜6メートルの防潮堤です。津波が6メートルでしたので、復興は6メートルの防潮堤になりました。少し土盛りの後に住宅を建てました。明上雅孝。
こんにちは、提灯も新しくなりました。2年がかりで神社内の整備を終えました。支援者の皆さんの力を頂き素晴らしい姿に生まれ変わりました。感謝です。青苗の事代主神社は伊勢神宮の式年遷宮で島に頂きました神社なので、外壁は,赤くはありません。宮津弁天宮は赤色です。歴史の違いですね。明上雅孝。
こんにちは、町の文化財で、宮津弁天宮があります。今は崩壊寸前で、クラウドファンディングの期待を込めています。定期観光のコースに入ります。景色が素晴らしく参拝者が多いです。階段が150段ほどありますので、高齢者にはきついです。赤いので、青苗の事代主神社とは違います。明上雅孝。





