こんにちは。山中哲人です。
大学講師の金子 元さんより、本プロジェクトについてメッセージを頂きましたのでご紹介させて頂きます。 金子さんは江戸時代から明治にかけての政治思想がご専門で、現在、秀明大学・順天堂大学非常勤講師、明治大学・法政大学兼任講師であり、東京女子大学丸山眞男記念比較思想研究センターで丸山眞男の遺稿類・旧蔵書の整理・公開作業、国立国会図書館憲政資料室で近現代の政治家・軍人等の史料整理作業に従事されています。近著に「箕作麟祥『泰西勧善訓蒙』続篇(国政論)にみる英米モラル・フィロソフィー受容の一考察」『秀明大学紀要』第18号(2021年3月)などがあり、日本の西洋思想需要に精通されている専門家です。私もこれまで、金子さんの読書会、市民講座などで勉強させて頂いたことがありまして、その御縁で本プロジェクトをご紹介させて頂きましたところ、貴重なメッセージを寄せてくださいました。
本プロジェクトの芸術的な意義はもとより、歴史的、文化的な意義について評価してくださり、大変うれしく思います。是非、ご一読ください。
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このほど、山田耕筰の知られざるピアノ曲を楽譜とCDとして蘇らせるプロジェクトが展開中ということで、非常に喜ばしく、意義深い企画だと考えます。山田耕筰はいうまでもなく近代日本の音楽史に屹立する大物です。その山田耕筰にこれまで全く知られていなかった本格的なピアノ作品が存在するという事実には、芸術的な意義はもちろん、重大な歴史的意義があると言えるでしょう。この企画は貴重な資料を楽譜の形だけでなく、音源として一般の愛好家にも触れやすいものにしてくれるということで、研究・教育の面で大変有意義なものといえます。
このプロジェクトの柱のひとつに、山田の初期の作品、留学前後のピアノ曲の復元が掲げられています。早速、送って頂いたCDを拝聴させて頂きましたが、彼の膨大な作品群の中では、習作と位置付けられる作品とはいえ、日本人が本場西洋に学んで生み出した佳作であり、今も尚色あせない魅力に溢れています。西洋音楽に憧れた一青年がいかにしてそこに近づこうとしていていたかを示すものとして、日本の精神史を考える上でも大事な作品といえるでしょう。幕末明治以来、日本人は近代的な西洋文明に追いつくためにありとあらゆる面で西洋の事物を学んできました。そのような流れのなかで、必ずしも何かの役に立つというだけでなくて、純粋な憧れをもって西洋の文化に近づく人々も現れてきます。たとえば、永井荷風はフランス文学だけでなくオペラに傾倒したことが知られています。山田の場合はドイツ音楽で、しかも岩崎小彌太というスポンサーの後援を得て留学しており、「日本を背負って」という意識が強かったかもしれませんが、しかしドイツ語も当時そこまで堪能でないにもかかわらずひたむきに西洋の音楽を探求する姿勢が、初期作品からはうかがわれます。
山田耕筰は戦後、戦争責任の問題も問われており、戦争と文化人のかかわり方について、政治思想から見ても重大な問題を孕んでいる存在ですが、このような問題を考えるときにも、単純に戦争協力者として断罪するだけではなく、その生涯の全貌を明らかにしたうえで、時代との関わりの中で考える必要があるでしょう。そのためにも、山田の芸術の正当な評価と、歴史的な反省が共に求められており、本プロジェクトはそれに資するものであると評価できます。
このほか、現代作曲家による歌曲のピアノ編曲や未完作品の補筆完成など、いずれの試みも山田耕筰の作品世界に新たな光を照らすものとして大変重要な試みかと思います。このプロジェクトの成功を心より祈念いたします。