──拓さんは夕景を狙って午後3時ぐらいから撮影したいと話されていましたが……。
カラサワ:俺らは10時か11時に段取りやってて、そうしたら1時から撮ろうって言い始めたの。万が一途中で失敗してももう1回最初から出来る可能性があるから、でも長野さんが「イヤだ!」って言って(笑)。
長野:だって1回しか出来ないです(笑)。体力的にも集中力的にも。1回しか出来ないっていうか、1回しかやっちゃダメでしょって。たぶん2回あると思っちゃうと余裕が生まれてしまうから、やっぱり「1回だけ!」っていう空気感を作らなきゃダメだろうと思って。それとやっぱり、冬場で光線の良い状態を狙って1回勝負で日が暮れるギリギリのところでっていう。
カラサワ:戦いながらだんだん日が暮れていく感じにしたかった気持ちは俺もあって。でも助監督たちは早く早くみたいな感じになってて、そしたら長野さんが3時にならないと撮らないって言ってくれて。
長野:拓さんの精神状態をずっと見てるんですよ。撮影のことよりも拓さんのことしか気にならなかったんで、拓さんを見た時に1人になる時間があった方がいいと思って。僕も1人になる時間が2時間ぐらいあったし、皆も何もしないというか、役作りだとかでずっと話もしないし。
──光線の話が出ましたが、照明は入っていたのですか?
長野:光線はリアルな夕日の色ですよね。照明も一応若い男が入っていたんですけど、ライティングは建物の中に入った時に若干当ててるぐらいで。
──ちなみに、拓さんも気にされていたのですが長野さんはワンカット77分の戦いの中でずっとカメラを構えていますよね。拓さんはさり気なく劇中で水分補給をしていましたが長野さんは……。
長野:一滴も飲まなかったですよ(笑)。
──カメラはどのように構えられていたのでしょう。
長野:本当はハンドヘルド(手持ちカメラ)でやりたかったんですけど、途中ドリーに乗ったりクレーンに乗ったりしないといけない行程があったので基本はずっとステディカムですね。
カラサワ:あれ? ステディでしたっけ。ハンドヘルドじゃなくて?
長野:いや、ステディですね。だからちょっと感覚的に、間にひとつインターフェイスが入っちゃうので僕は本当はイヤだったんですけど総合的に考えるとそれしかなかったっていう感じでしたね。重さは15から20kgぐらいだったかな。
──それを背負って、水分補給もせず77分ですか!!
長野:でもね、喉が渇かなかったんですよね。なんでか分からないし今考えると危ないですけど(笑)。
──それにしても作品を観ていてステディカムで撮っていたとは全然気がつきませんでした。
長野:そうなんですよ、そういうふうに使ってないですからね。ステディカムっていうものの効果としては使っていないので。
カラサワ:そっかステディだったか。でも長野さん結構振ってましたよね?
長野:かなり強引にやってるんです。だから本当は使うのがイヤで、やっぱりインターフェイスが一個入ると拓さんの動きとか、どこまでついていけるかなっていうのもあったんで本当は選択したくなかったんですよね。けどそれしかなかった。
カラサワ:俺ね、長野さんって拓ちゃんと同じぐらいヤバいなって。なんであんなデカいカメラ持ってきたんですかって(笑)。
長野:それはもう、あのカメラじゃないとできなかったので(笑)。
カラサワ:そう、そこも長野さんの引かなかったとこなんですよ。機動性を取って楽しもうみたいなノリにいかなかった。相当悩んでましたもんね。
長野:そうでしたね。前日のギリギリまで。
カラサワ:もしかしてダブルスタンバイしてました?
長野:そうです。3台ぐらい準備して。
カラサワ:そうだったんだ、やっぱり。
長野:それで、どうしようかっていうことだったんですけど、予算と条件の中で出来るだけちゃんと映したかったっていうだけなんですよね。
カラサワ:あの頃でも小さくてもちゃんと撮れるカメラがあって、それを使えば体力は持つんだけどね。けど俺の中でも、長野さんがいつも使ってる大きなカメラの方が絶対よく撮れるとは思ってたの。でも、重いっていう(笑)。それで長野さんはどっちを選ぶのかなって。
長野:でも撮ってる時はカメラの重さってあんまり変わらないんですよ、正直言って。そういうことじゃなかったりするんで、やっぱり重さ云々じゃないんですよね。
カラサワ:撮る時にデカい装備を見て、うわぁって思って。この人ヤベぇって正直思いましたよね(笑)。
長野:だから1回しかやれなかったんですよ、自分の気持ちがそうならないと絶対続けられないじゃないですか。拓さんに失礼だし、それこそ経験と技法で撮ることになっちゃうんで。もちろんプロなのでこうすれば上手く撮れるなっていうのは出来るんですよ、そういうビジョンは見えるんですけど、出来るだけ上手く撮らないようにしようっていうのがあって、そういうのを全部禁じ手にしたんです。
カラサワ:だから映ってる拓ちゃんがヤバい感じに見えるのはもちろんなんだけど、長野さんもヤバいんですよ、『狂武蔵』って。長野さんの装備とか写真が残ってないからなぁ。
長野:カラサワさんの記憶の中にしか残ってないからね(笑)。
カラサワ:「マジでこれでいくの?」ってぐらいの重量のやつで撮ってるから。これ70分の装備じゃないでしょって。
長野:5、6分ですよね。それでもう限界みたいな。
カラサワ:だから最初に俺がビビったのは、始まるって時に長野さんの装備見た時ですよね。「拓ちゃんと同じぐらいこの人もヤベぇ」って思って。普通はもっと軽いやつ選ぶよなっていう。
長野:ダブルスタンバイでコンパクトなものも用意してたんですけど、試しに撮ってみてもどうしてもあまり良い感じじゃなくて。あと重さとかは自分の都合になりますからね。自分の都合でカメラを選ぶのは違うなって。
カラサワ:45分か50分ぐらいの時に、長野さん1回「うわぁぁぁっ!」ってなんかありましたよね(笑)。
長野:そんなことありましたっけ(笑)。
カラサワ:1回椅子に座りながらやりましたよね。
長野:あぁ、そうですそうです。確か広い場所に出たときだったかな? 広い場所で乱闘になるシーンがあるんですけど、その時に。もう限界は超えていたので、ちょっとその、アップルボックスみたいなのをずっとスタッフに持たせていたんですね。それに座って、少し休憩しながら撮ってましたけど。
カラサワ:でもその1回だけでしたよね。
──休憩といってもカメラはずっと回してるわけですよね。
長野:それはもちろん。
カラサワ:だから分かんないんですよ、どこで休憩してるのか。結構パニックというか大変なことになってたんですよ、俺らは。「イス、イス!」 ってみんなで。もう立ってられないっていう感じになって、それでサッて出したんですよね。
長野:4、50分ぐらいした時でしたよね。
カラサワ:そう、50分ぐらいの時だったんだよね。あれ、誰が差し込んだんだっけな? 俺が持ってたような気もする。
カラサワ:それでも長野さんはずっと回してるから、確か長野さんの服かなんか掴んでアップルボックスをぐわって突っ込んで、無理やり座らせて。じゃないと「はい、イスですー」みたいな普通の会話して座るもんじゃないから、あの現場は。あと途中でバッテリーが外れたりとかね。
──カメラのバッテリーですか?
長野:そうですね、ありましたね。でも補助電源があるので大丈夫なんですけど。
──それは動いているうちに振動で外れてしまったということですか?
長野:振動というか、やっぱりスタントマンがぶつかっちゃうんですよね、カメラに。
──カメラにぶつかった時の揺れなんて作品を観ていて感じなかったです。もちろんステディカムの性能はあると思うんですけど、座った時の動きもぶつかった時も全く気づきませんでした。
カラサワ:これはね、俺も何回も観てるんですけど本当に分からない。さすが長野さんだなって思いましたよ。全然動きが変わったような気配がしなくて。ずっと足で動きながら撮るスタイルだったのが急にバンッてイスに座ったから、俺は画に出ちゃうんじゃないかなって思ったんですよ。後ろからずっと見てたから。だけど全然分かんないんだよね。
長野:そこだけ、確か動きが止まったんじゃなかったかな。拓さんがちょっと耐えたっていうか、それでカラさんも間合いを取るみたいなことがあったような記憶があるんですよね。正確には覚えていないんですけど。
──そもそも長野さんはイスが用意されたタイミングを認識できたのですか?
長野:僕のすぐそばで会話できるのはカラさんだけでしたからね。でもタッチ程度じゃ全然分からないから、やっぱりぐっと座らされた感じで。
カラサワ:思い出した。確か最初にね、長野さんが「ダメだ!」とか言ったんだよね(笑)。
長野:しゃべっちゃった(笑)。
カラサワ:そうそう、「ダメだぁ!」って(笑)。
──その声は入ってないですよね? それも本編で全く分からなかったのですが。
カラサワ:音は消してるんじゃないかな。基本は俺がずっとしゃべってて、「拓ちゃん行くよ!」とか「五連続行くよ!」とか。あと、“頭殴られ隊”っているんですよ。ヘルメット入りのカツラをした絡みが4、5人はフォーメーションの中にいて、それが行く時は殴っていいよって指示を出したりしてるんですよ。そうやって俺がずっと拓ちゃんとしゃべってる感じだったから。
来週金曜
第4話 「狂気と覚醒」へ続く……。