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歌曲「里沼の記憶」のプロモーションビデオ制作〜館林の「里沼」の魅力を広めたい〜

令和元年に日本遺産に認定された、群馬県館林市の「里沼」。この美しい「里沼」をテーマに作詞作曲した歌曲「里沼の記憶」のハイクオリティー・プロモーションビデオを作成します。歌手はバリトンの加耒徹、ピアノは佐藤圭奈です。このPVを足がかりに、館林の地域経済、雇用の活性化、観光振興へ繋げていきたいです。

現在の支援総額

551,640

76%

目標金額は720,000円

支援者数

50

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2022/12/26に募集を開始し、 50人の支援により 551,640円の資金を集め、 2023/02/28に募集を終了しました

歌曲「里沼の記憶」のプロモーションビデオ制作〜館林の「里沼」の魅力を広めたい〜

現在の支援総額

551,640

76%達成

終了

目標金額720,000

支援者数50

このプロジェクトは、2022/12/26に募集を開始し、 50人の支援により 551,640円の資金を集め、 2023/02/28に募集を終了しました

令和元年に日本遺産に認定された、群馬県館林市の「里沼」。この美しい「里沼」をテーマに作詞作曲した歌曲「里沼の記憶」のハイクオリティー・プロモーションビデオを作成します。歌手はバリトンの加耒徹、ピアノは佐藤圭奈です。このPVを足がかりに、館林の地域経済、雇用の活性化、観光振興へ繋げていきたいです。

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私はフルート奏者の滝沢昌之と申します。専門はフルートですが、若い時から作曲も好きで、何か胸あふれることが起こるたびに曲を書いてきました。このたび、クラウドファンディングに参加したのは、拙作「里沼の記憶-館林礼賛歌-」のプロモーションビデオ(PV)を制作するためです。実はもう撮影は終えていて、完成を待っているところなので、目標額に達しなくても自己資金で作ります。ただ、私にはかなり高額な投資ですし、何よりPV完成後からが、私の夢の本当のスタートでして、10年計画の壮大なプロジェクト(後述します)が続きます。今回、少しでもご支援がいただけると、今後このPVを利用して自治体や地元企業へプレゼンしていく際に、一つの実績となります。どうか最後までご覧いただき、ご賛同いただければ幸甚に存じます。

なお、ビデオでもこのプロジェクトの説明をしていますので、よかったら合わせてご覧ください。



群馬県館林市には5つの天然の沼が現存しています。なかでも城沼、茂林寺沼、多々良沼の3つの沼にはそれぞれにロマンあふれる伝説が語り継がれていて、古くからこの土地の人々や産業と深く関わってきた歴史があります。令和元年には「里沼(SATO-NUMA)-「祈り」「実り」「守り」の沼が磨き上げた館林の沼辺文化」が文化庁日本遺産に認定されました。拙作歌曲「里沼の記憶」は、「館林礼賛歌」という副題が付いていて、日本遺産「里沼」をテーマに、館林の歴史、風土、自然の美しさ、優しさ、強さ、そして人の心までを、音と言葉で表現しようと試みた作品です。歌詞も自分で書きました。

この作品を通じて、若い世代には自然を守ることの大切さに目を向け、郷土を誇りに思ってほしいし、高齢の世代には郷愁の思いや人生の様々な感情を、館林の美しい景色と音楽によって解放してもらえればいいなと思っています。

将来の館林市にとっても、環境の保守意識と郷土愛を醸成し、地域の活性化、市のブランディングに貢献できる存在になることを願って作りました。館林市はマイナーな街ですが、先人たちが守ってきたエメラルドグリーンの里沼が息づく自然の美しさがあります。この美しさを守り、広めたいという気持ちがこの歌曲を生み出しました。

完成当初、知人の音楽家に演奏してもらい現在でもYouTubeで公開しています。まずはその時の演奏動画をご視聴いただければ曲の感じがおわかりいただけると思います。(PVで演奏するのは別の演奏家で、後ほど説明します。)



私は関東出身で現在52歳ですが、30歳頃から約20年ほど九州の福岡市で活動しておりました。しかし2020年のコロナパンデミックにより、演奏の仕事がめちゃくちゃになった上に母の持病の悪化の知らせを受け、住み慣れた福岡を離れる決意をし、実家のある埼玉県川越市に身を寄せたのが2021年5月のことでした。しかし様々あって実家にも住めなくなり、満身創痍のなか、同年11月に館林市に移住しました。この年齢で、誰も知人のいない土地を拠点にして、音楽の仕事は果たしてどうなるのだろうか、という不安を抱えながら・・。
そんな不安のなかにあっても、住み始めてすぐに感じた館林の空気の美味しさ、開放感、朝陽、夕陽、星や月の、今まで見たことのない色や佇まいには、毎日空を見上げて感動していました。しかし、好きだった福岡、好きだった人々と離れた寂しさや、実家での出来事、とりわけ仕事を奪われた懊悩は胸あふれる感情を生み出します。街を歩くたび、目に映る光や肌に感じる風に触発されたのでしょうか、いつものように何気なくピアノに向かうと、ある時から自然と曲が生まれ始めました。


「里沼の記憶」が完成した頃、2022年の2月26日に、母は他界しました。こんなに早く逝ってしまうとは思いもしませんでしたが、約8ヶ月、近くにいられたこと、一緒にいろいろな物件を内覧してドライブできたこと・・・コロナがなければ福岡で仕事に追われ、死に目に会えなかったかもしれないので、これも運命と思えました。この作品を聴いてもらえなかったのが心残りでしたので、楽譜のコピーを棺に納め、見送りました。

誰しもそうであるように、親の死は自分を見つめる機会となります。私の場合、この行き場のない悲しみは母を想う曲を作曲することで癒されたため、立て続けに4曲の作品が仕上がりました。ちょうどその頃、作曲コンクールがあったので、これらの作品を応募したところ、「里沼の記憶」と「安らかな眠りに」の2曲が入選しました。

この入賞をきっかけにして、上毛新聞に掲載されたり、地元のケーブルTVで扱っていただいたり、教育長を表敬訪問させていただいたりしました。この作品の演奏依頼も数々いただくようになりました。(下記は上毛新聞と上毛新聞シャトルの記事)

今の自分にとって館林は、「母が連れてきてくれた土地」という気持ちが強くあり、この美しい自然を活かす風土を継承しながら、もっと多くの人々に認知され、産業も文化も発展していけるように街を盛り上げていきたいと思うようになりました。そのための第一歩として、館林をPRできる「里沼の記憶」のプロモーションビデオを作り、10年の期間をかけて館林と音楽を結ぶプロジェクトの構想を考えました。沼が市民の心に秘めた誇りとなっている館林には、派手なテーマパークや巨大ショッピングモールは必要ありません。もっと静かに、でも高潔な、そして普遍的価値の高いもの、まさに「音楽」こそが館林の文化歴史を守りながら、経済的にも文化的にも豊かに繁栄させる架け橋になれると思いました。

それは、「館林と里沼と音楽と人を結ぶ[里沼音楽祭]への道のり」と題した計画で、あまりにも壮大なため、館林市だけではなく、民間の企業や、群馬県のタイアップもないと実現できないと思います。夢で終わるかもしれませんが、大きい夢を掲げれば小さい夢から叶っていくと信じ、まずは第一歩を踏むために、今回のPV制作に着手しました。


2022年11月26日に、PVのための録音と撮影を行いました。バリトンは加耒徹さん、ピアノは佐藤圭奈さん。お二人とも演奏家として秀逸なだけでなく、誠実で素朴なお人柄です。それが館林の自然を大切にする沼辺文化の魂と溶け合って、とても素晴らしい演奏になりました。



撮影と編集は「roomJUNGO」を運営する館林市在住のプロの映像技術者吉田旬吾さんにお願いしました。彼も実に才能溢れる逸材です。
今後、徐々に情報公開していきますが、まずは音源1番のみ、次にスピンオフ動画などをYouTubeで公開します。

編集が完了し、様々整った段階で、PV完成の告知を行い、次のステージへの準備を始めます。このPVで館林の里沼を日本中、世界中にPRしていきたいと考えています。

また、1年かけて、オールシーズンの館林の景色を改めて撮影した続編のPVも作成するかもしれません。春はツツジ、夏は花ハス、秋は夕陽、冬は白鳥など、館林は四季を通して異なる美しさが楽しめます。

取り急ぎ、11/26に収録した演奏音源の1番のみ(編集中なので静止画ですが・・・)と、自分で編集したスピンオフ動画のYouTubeリンクをここに掲載します。





この歌曲で歌われる街の表情が、館林のどのような歴史や文化にインスパイアされたものなのかを知っていただくと、より味わいが増すと思います。

[館林城の歴史]

館林は太古の昔から北関東の重要地点でした。特に、戦国時代から江戸時代にかけて長く活躍した館林城は、広大な低地平野を流れる鶴生田川が形成した城沼に突き出した台地の上に築かれた平城で、文明3年(1471年)、関東の戦国時代の幕開け、享徳(きょうとく)の乱の頃に築城されたと言われています。本来は100名城級の城なのに、遺構がほぼないためにマイナーな城になってしまいました。*写真は土橋門(1918年と1982年に復元)

その後の戦国時代を通して、越後上杉氏、甲斐武田氏、小田原北条氏の勢力争いで、上野国(こうづけのくに)の重要拠点として位置付けられ、やがて江戸時代になると、徳川四天王の一人、榊原康政が入り、館林藩の初代藩主となりました。榊原康政は徳川氏の家臣としては、本田忠勝と並んで第2位の10万石を与えられ、城郭や城下町を整備し、利根川の堤防工事などに力を注ぎました。榊原康政の墓は城沼近くの善導寺(下写真)にあります。(今春は大河ドラマの影響で榊原康政ゆかりの善導寺と善長寺、そして土橋門とつつじが丘公園も御朱印巡りが楽しめます!)


↑榊原康政の墓

その後、徳川綱吉や、松平家、秋元家など、親藩・譜代大名が入りました。*写真は現在との比較


[沼に伝わる伝説・歴史・文化]

歌曲1番の城沼「守りの沼」です。周囲には、館林城と共に歴史的な寺院が現存し、様々な伝説があります。

最も知られているのは尾曳伝説です。室町時代、当時はまだ大袋城主だった赤井照光が童にいじめられていた子狐を助けた際、その夕刻、老人が現れ、「子狐を助けてくれた御恩に報いるために力を貸したい、大袋よりも要害の地である沼の北岸に城を築けば必ずや名城になりましょう」と言って去り、のちの七夕の夜、老いた白狐(親狐?)が照光の前に現れ、お礼にと言ってその尾を曳いて城郭の縄張りを先導したと言われています。
照光はここに城を築き、築城後に城の一郭に稲荷神を祀ることとしました。これがやがて尾曳稲荷神社となり(下写真)、館林城も狐が尾で曳いた城という意味をこめて尾曳城」と呼ばれるようになりました。

次につつじが岡伝説です。松平忠次(榊原康政の孫)の母、祥室院殿の墓がある善長寺(下写真)には、お辻の墓があります。県立つつじが丘公園(下写真)の起源と言われるこの伝説は、康政の側室「お辻」が正室の妬みと仕打ちに悩み、その侍女「お松」と一緒に城沼に身投げしたことを悲しんだ康政が、その霊を弔うために城沼の南の丘にツツジの株を植えたというものです。しかしもう一つ説があり、城沼に住む龍神に魅入られたお辻がお松と一緒に入水したという入水伝説です。どちらが本当かわかりませんが、善長寺の墓には慶長14年(1609年)の年号が刻まれているので、初代藩主榊原氏に関わる歴史上の事実として伝えられています。

↑祥室院殿の墓

↑善長寺と城沼

↑お辻、お松の墓

↑県立つつじが丘公園

そして龍神伝説です。石田三成と大谷吉継が城を攻めるために城沼に作った木橋が、総攻撃の前に突如として消滅し、このことが沼の主である狐か龍神の仕業と言われ、和議による開城となりました。

また一方で、城沼に棲む龍神の妻が説法を聞くために若く美しい女性の姿に変えていたところ、僧侶に本当の姿を見せたことで井戸の中に姿を消し、善導寺の守護神となったそうです。龍が消えた井戸は「竜(たつ)の井」として今でも大切にされています。さらに青龍の井戸」は、徳川綱吉が城主の頃、この井戸から女官姿の清龍権現が姿を現したという言い伝えが残っています。城沼と龍の井と青龍の井戸は繋がっているという伝説もあります。(写真は竜の井と青龍の井戸)

また、城沼は白鳥の越冬地としても知られており、羽を休める白く優美な姿は館林の冬の風物詩でもあります。城沼で朝陽を浴びた白鳥は多々良沼(後述します)との間を移動します。V字型の編隊を組んで二つの沼を行き交う姿は実に美しいです。



そして歌曲2番の茂林寺沼「祈りの沼」です。1426年に沼の畔 に「祈りの場」として開山した曹洞宗青竜山茂林寺。山門と本堂は茅葺きで、茂林寺沼の葦が使用されてきました。参道には信楽焼の狸像が参拝客を出迎えてくれます。

「分福茶釜」伝説は、湯の尽きることのない茶釜で福を分け与え、徳を授けた和尚、守鶴が、開山してから百六十一年経って狸の姿を現した、という伝説です。その寺伝は、明治・大正期にお伽噺「文福茶釜」として出版されます。茶釜から顔や手足を出して綱渡りする狸の姿が、広く世に知られる事になりました。

茂林寺沼は、カキツバタ、ノハナショウブ、クサレダマなどの生育地。関東地方の平野部に残存する低層湿原のなかで規模が大きく、貴重な湿生植物の生育地で、多くの野鳥も生息しています。また初夏にはホタルの里になります。


最後に歌曲3番の多々良沼「実りの沼」です。平安時代に行われた蹈鞴(たたら)製鉄から名付けられたと言われます。万寿2年(1025)、宝日向なる人物が北岸で踏鞴を設け、鋳物作りを始めたという蹈鞴製鉄伝説です。鉄を精製するには、まず燃料があって水質が良く、粘土と砂鉄があることです。館林市南西部から多々良沼東岸まで続いている日本最古で最大の内陸古砂丘は、利根川が形成した自然堤防の砂層で、砂鉄を豊富に含み、製鉄時の砂鉄や薪などの資源供給地でありました。多々良沼桟橋の沼底には、製鉄を取ったクズ、カナクソが、今でも計り知れないほど眠っています。

また、大谷休泊を語らずに東毛地区の農政は語れないと言われます。当時の館林は、利根川と渡良瀬川という二つの大きな川の水害、冬の強風(からっ風)で火山灰や赤土が舞う風害、火山灰などの吸水性から来る水不足に悩まされていました。特に水不足は水田開発の上で大変重要な問題で、田植えの時期になると領民同士の水争いが起きたといいます。休泊はこれを解決するために堤防、防風林、用水路の開発などを行いました。
今でも美しく連なる多々良沼周辺の松林は大谷休泊の植林事業によるもので、これにより風害が減り、開拓が行いやすくなりました。さらに堤防と用水路の開発で地域一帯の農作物の生産性は大幅に上がって、肥沃な穀倉地帯を作り、館林は現在のような麦の産地となりました。

今の多々良沼は、ヘラブナの釣り場や白鳥の飛来地として知られています。白鳥は、昭和53年に初飛来して以来定着し、例年11月上旬に飛来し、3月中旬まで留まります。


ここからは音楽の専門的な話しなので、少し難しいと思いますが、音楽的な分析を行うことで、旋律や和声、リズムなどが、歌詞を伴って、どのように館林を表現しようとしているのかを理解していただけると思います。

この曲の主調であるEdur(ホ長調)という調性は、私の印象では「苦労して得た叩き上げの品格」の色と雰囲気を纏っており、自然かつ高潔な爽快感や、柔軟な感性で細やかな感情の機微を表現するのに適した調性です。

無調や十二音技法などを用いた現代音楽ではなく、クラシック音楽の伝統的な書法で書かれた調性音楽です。併せて、いわゆる、本物のクラシック作曲家が書く歌曲とは異なり、普段音楽に馴染みのない方でも耳に優しく聞けるように、世俗性も加味した旋律美を備えています。しかし、ギリギリ歌謡曲ではない・・・。この作品で私は「大衆音楽でも現代曲でもない。世俗性を持ったクラシックの書法で書かれた調性音楽」を狙って作りました。論理的な建て付けをしっかりとし、普遍的な構成美も意識に置き、いわゆる流行曲というより、世代を問わず永く歌い継がれる様な歌曲を目指しました。

さて、「里沼の記憶」の冒頭のピアノは、白鳥が舞い降りてくるイメージです。前奏では、視界が広く開けた関東平野を爽やかに吹き抜ける館林特有の風の香りをピアノが歌います。

歌の出だしはアウフタクト(弱起)で、ドミナント(属和音)の9度という、非常にテンションの高いC#から始まります。これは私がはじめに館林の地を踏んだ時に感じた強いインパクトを表しています。強い衝撃なのに、安心感に包まれ、蒼く晴れ渡った空と眩しい光を見た気持ちを、このアウフタクトに込めています。

満身創痍の中、福岡から川越、川越から館林と、1年に2回引越しをし、グランドピアノもその都度運搬し、やっとたどり着いた土地。その時の私の心は、遠い空から隠沼(こもりぬ)を求め、水辺に辿り着いた白鳥と重なりました。

また、直接歌詞としては扱いませんでしたが、「隠沼(こもりぬ)」という万葉集で使われる言葉の中に、「館林城」への、また、「木漏れ日の住処」には「善導寺や善長寺」へのオマージュ(敬意)を感じて、韻を踏む形で大事に扱いました。

1番は城沼、2番は茂林寺沼、3番は多々良沼が舞台となります。標題にある「里沼」の歌詞が置かれている旋律は、H(si)のオクターブの跳躍で導かれ、和声はfismoll(嬰へ短調)の減7という、緊張味を帯びた切ない痛みを感じられる響きを持ちます。故郷の沼へのノスタルジーには、若い時分の幼さからの切ない思い出と共に、沼辺の景色を描写しています。

中間部では、平行調のcismoll(嬰ハ短調)に転調し、館林の自然の美しさを表します。城沼は朝陽、茂林寺沼は夕陽、多々良沼は月と星です。

そのあと、いわゆる「サビ」部分では、音楽はちょっと大胆な変化を繰り返します。まず、Gdur(ト長調)への転調です。主調のEdurからは遠い調なので、直前のcismollからGdurへのうつろいには、驚き、またはフェイクを感じさせます。そして音楽の色としては斬新に急激に、明るい光が差し込む。しかし、歌詞は、あえて逆の、人々の心の内面に起こりうる悲しみや後悔、懊悩を表す言葉で歌われます。この間たったの5小節です。

そしてそのあとまた急激に大胆に、fmollへ向かいます。主調のEdurとも、転調したGdurともほとんど関係のない調なので再びハッとさせられるはず・・・さっきまでの明るい光は、今度は突如として影に変わります。しかしそれも僅か3小節、次の瞬間には突然元の主調Edurの属和音が打たれ、リズムは二拍三連でたっぷりと歌われ、歌詞には大きな答えを示す言葉が選ばれます。(1番では前述の「木漏れ日の住処」がこの部分に該当します。)

この明暗のコントラストが音楽的高揚感を下支えし、冒頭の眩しい光に満ちたアウフタクトで元の旋律に帰り、調性もやっと主調に戻ります。そのあと標題にある「記憶」の歌詞が歌われますが、先程の「里沼」と同様、H(si)のオクターブの跳躍で歌われ、リタルダンドとフェルマータで時間を止めます。和声はやはりfismoll(嬰へ短調)の減7。1番の「甘い」2番の「遠い」3番の「恋の」記憶が切ない響きの中で、時空を超えて蘇る瞬間です。このように、標題の「里沼」と「記憶」に共通因子が使われていることは、狙ってやったことではなく、気が付いたらそうなっていた、という偶然のことです。霊感とはそういうもので、曲の構成を考える過程で、「自ずと心の動きが共通のファクターを求める」という蓋然性の高さを認識できます。

フェルマータから時間を戻すのはピアノの二分音符で、優しく緩やかに歩くような動きです。その後、解決へ向かいますが、一度偽終止を経ることで、終止への躊躇いを一瞬見せてから、本当の解決を行います。こういった陰影の付け方はいかにもクラシック的な手法だと思います。

そして間髪入れずに十六分音符のアウフタクトによりピアノの間奏が始まります。ドッペルドミナントで開始される意外性により、緊張感を保ち、何か別の場面が新たに現れるかの様な期待感を与えます。期待通りに初めて現れる4度上の属9(Adurのドミナント)が置かれ、色を変えようとしますが、それを裏切り、主調のドミナントの中でバスの半音下降で転調を回避します。ここから3小節間は、調性感を感じさせず混沌としているように思えますが、実は主調Edurの属9の和音がずっと鳴っているのです。その長い時間の中で、一瞬、Dがナチュラルになる長7の和音が不意にさりげなく吹き込みますが、それ以外、最後のトリルが現れるまではドミナントの響きをほとんど匂わせない作りになっています。この一見混沌としていて実はシンプルな構造であることは、館林の、一見地味でマイナーな土地に見えますが、よく知ると実は奥深くとてもユニークなキャラクターの土地であることとのアンシンメトリーを構成しようとしています。

ピアノの後奏はほぼ前奏と同じですが、前奏ではテンポと音色で爽やかな風を表現しましたが、後奏は少しゆったりとしたテンポを取って、最後の小節の解決時には、そっと静かに、しっとりと郷愁を感じてもらえるように、沈む夕陽のように、根音上の属7和音からの主和音への移行でたっぷりとしたリタルダンドで余韻を残して締めくくります。

この作品の楽譜には、あえてディナーミク(強弱記号)や表情記号を書いていません。それは、演奏者が音にする際、和声とフレージングから受ける印象から得られる表情だけを頼りに、あとは言葉から受けるインスピレーションを自由に感じていただき、素朴にナチュラルに演奏してほしいという願いがあったからです。

このPVでの加耒徹さんの歌と佐藤圭奈さんのピアノの演奏は、ここに書いたことは何一つ言っていないのに、見事に私の願いと期待に応えてくださいました。無理のない自然な表現で、絵画的で、館林の美しさを視覚化することに成功した演奏だと思います。そして何度もじっくり聴くと、言葉を丁寧に、和声の色を感じて演奏していらっしゃることに心打たれますし、お二人の才能や技術、奥行きのある人間性が、この作品の魅力を十二分に引き出したのだと思います。


私のこれまでの職業音楽家としての活動に関心をお持ちいただける方は、下記のURLから、過去のリサイタル実績など、ご参考ください。

滝沢昌之ウェブサイト

主宰する音楽教室 [もりんじ音楽教室]

滝沢昌之YouTube


・PV制作費用として・・・¥570,000(出演者報酬、映像技術者報酬・調律師報酬・その他人件費・会場使用料・交通費など)

・営業経費・・・¥15,000(交通費・通信費・接待交際費・雑費)

・CAMPFIRE手数料・・・¥135,000


ご支援いただける金額によって下記のアイテムをリターンさせていただきます。

¥2,000
PV収録時の加耒徹・佐藤圭奈による「里沼の記憶」の演奏MPEG-4データ(.m4a)

¥2,370
自主制作CD「滝沢昌之作品集」(合計約34分。PV収録時の加耒徹・佐藤圭奈による「里沼の記憶」の演奏も収録)

¥3,890
このPVでのバリトン歌手、加耒徹さんのサイン入りCD(100枚限定)

¥3,340
このPVでのピアニスト、佐藤圭奈さんのサイン入りCD(100枚限定)

¥3,000
「スピンオフ動画-長編-」の限定公開YouTubeリンク先URL

¥4,000
「里沼の記憶」PV完成版-限定公開YouTube動画リンク先URL

¥8,000
「里沼の記憶」PV完成版-MPEG-4動画データ(.mp4)

¥3,800
滝沢昌之著「フルート上達のための実践的ワークブック〜入門から専門家までの、頭と体の基礎固め〜」

¥3,000
非売品「里沼の記憶」楽譜PDFデータ

¥4,000
非売品「里沼の記憶」楽譜PDFデータ*和音記号入り

¥4,000
中嶋彰子(ソプラノ)、根岸弥生(ピアノ)スペシャルコンサートのチケット (10枚限定)
4/9(日)館林市文化会館カルピスホール(大ホール) 14:00開演
世界のディーバ、中嶋彰子さんが「里沼の記憶」を歌ってくださいます!

¥7,500 (3点セットで500円お得です!)
・PV収録時の加耒徹・佐藤圭奈による「里沼の記憶」の演奏MPEG-4データ(.m4a)
・「スピンオフ動画-長編-」の限定公開YouTubeリンク先URL
・「里沼の記憶」楽譜PDFデータ

¥6,000
滝沢昌之(作者)からのビデオメッセージ&フルートのワンフレーズ演奏(合わせて1分前後の短い動画データ)

¥10,000
加耒徹さん(バリトン)からのビデオメッセージ&歌のワンフレーズ演奏(合わせて1分前後の短い動画データ)

¥10,000
佐藤圭奈さん(ピアニスト)からのビデオメッセージ&ピアノのワンフレーズ演奏(合わせて1分前後の短い動画データ)

¥6,000
滝沢昌之によるフルートまたはソルフェージュのレッスン(対面orリモート)、1時間分

¥10,000
滝沢昌之によるフルートまたはソルフェージュのレッスン(対面orリモート)、2時間分

¥30,000
滝沢昌之によるフルートまたはソルフェージュのレッスン(対面orリモート)、6時間分

¥58,000
滝沢昌之によるフルートまたはソルフェージュのレッスン(対面orリモート)、12時間分

¥20,000
リモートでフルートデュオの収録(動画データ) *拙宅へ来られる方は対面での収録も可能です。

¥100,000
滝沢昌之オリジナル新作器楽曲[フルートデュオ](楽譜、演奏音源データm4a、演奏動画YouTubeリンク先URL)

¥150,000
滝沢昌之オリジナル新作器楽曲[フルート&ピアノ](楽譜、演奏音源データm4a、演奏動画YouTubeリンク先URL)

¥300,000
滝沢昌之オリジナル新作歌曲[歌&ピアノ](楽譜、演奏音源データm4a、演奏動画YouTubeリンク先URL)


*完成したPVを、1/20にリターンに追加しましたが、プロジェクト終了後、状況によりYouTubeで一般公開することになる可能性もあります。お選びいただく場合にはその旨お含みおきいただけます様、お願い申し上げます。

*その他のリターンを今後追加することがあります。


2022年11月26日 PV収録撮影完了
2022年12月 PV編集完了、細部修正、最終確認
2023年1月 PV納品
2023年2月 各方面へプレゼンテーション開始

目標額は、前述の通り、私が今後、市や県、民間企業にプレゼンしていく10年プロジェクト「館林と里沼と音楽と人を結ぶ[里沼音楽祭]への道のり」STAGE I までの必要経費です。もし目標額を超えた場合は、STAGE IIの事業へ進むために必要な費用に充当させていただきます。

◎BD制作費用・・・およそ¥250,000(プレスやパッケージングなどに関わる費用)

STAGE II の事業を開始するにあたり、PVが完成次第、Blu-rayを制作します。データだけでなくソフトウェア媒体も使い、この歌曲を少しずつ広め、館林のPR展開に繋げたいです。

◎再生用モニターや周辺機器の購入・・・およそ¥400,000 (1台約4万円)

再生用モニター(例:31.5インチ、フルHD、HDMI端子、ハーフグレア液晶パネル)を、少なくとも10台分を購入し、自治体、駅、銀行、郵便局、病院、高齢者施設、学校、ショッピングモール、飲食店、公園、資料館、美術館他、人々の往来がある様々な場所に、モニターを設置し、このPVを鑑賞していただけるように営業に出ようと思っています。

◎PV完成発表の演奏会・・・およそ¥300,000

今回PVで演奏してくれた加耒徹さんと佐藤圭奈さんの出演するコンサートを企画します。「里沼の記憶」だけでなく、お二人の魅力が堪能できる贅沢なプログラムを考えます。

また、前述の通り、今後1年かけて、オールシーズンの館林の景色を改めて撮影した続編「館林オールシーズン版の里沼の記憶」のPVを作成する計画もあります。余剰資金が十分にある場合にはその制作費として充当させていただきます。

また、新しい作品も数曲できています。歌曲だけでなく器楽曲もあり、いずれも館林の自然や、歴史などからインスピレーションを得ています。これらの収録も行い、館林の地域活性化のツールとして役立てていただけるように考えています。

なお、これらの今後の事業については、当プロジェクトが終了したのち、新たなクラウドファンディング・プロジェクトを立ち上げるかもしれません。


私の父は転勤族だったので、私には故郷がありません。だから若い頃からずっと故郷への憧れが強くありました。そんな私にとって20年住んだ福岡は故郷同然でしたし、永住するつもりでした。それがコロナによって失われたことは、非常に辛いことでしたが、今はこれも人生の流れだと受け入れ、むしろ前向きでいます。そうなれたのは館林の美しい自然のおかげです。この土地が、私に歌曲「里沼の記憶」を生み出してくれて、それが様々な人との素敵な出会いに導いてくれて、これまで以上に幸福な気持ちにさせてくれました。残りの人生、ようやく辿り着いた館林に、自分の故郷と思っていいんだと認められるように、このプロジェクトを足がかりとし、館林市の繁栄に尽くし、自身の音楽活動を充実させていきたいと思っています。


長い企画内容を、最後までお目通しくださいまして、ありがとうございます。心から感謝申し上げます。

このプロジェクトはもう始まっています。これをお読みになり、共感いただけた方は、少額でも構いませんので、ご支援いただけると幸甚です。心を込めてリターンさせていただきます。どうぞよろしくお願い申し上げます。


そして、ぜひ館林へ遊びにいらしてください!


<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

支援に関するよくある質問

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  • 演奏会のお知らせ

    2025/02/10 12:08
    こちらの活動報告は支援者限定の公開です。
  • 制作したPVは、現在のところ、下記で扱っていただくことが決まり、今後も増やしていきます。これを機に、YouTubeでも公開します。7/24(月)からYouTubeで一般公開する予定です。ご支援いただいた方々には先立ってURLをお知らせいたしますのでぜひご視聴ください。https://youtu.be/8Xkr0OF20CI【PV設置予定】分福公民館、館林市第二資料館・旧上毛モスリン事務所、アゼリアモール(音源のみ) もっと見る
  • ギリシャ神話の美しいニンフ、シランクスは、半人半獣の牧神パンに見初められ追いかけられます。シランクスは川まで逃げますが、捕まった時に川辺の葦に身を変えます。それを悲しんだパンは、葦を何本か刈り取って、長さの違う筒を組み合わせ笛を作りました。その笛をシランクスと名付け吹いた、と言うのが「パンの笛」の話しです。ドビュッシーは、1913年、舞台の付随音楽としてフルート独奏曲「シランクス」を作曲しました。古今のフルート作品の中でも特に優れた名曲です。初めて茂林寺沼を見た時の衝撃は忘れられません。群生する葦、手つかずの湿原と森、野鳥や植物や鴨の群れ、沼の畔にある茅葺きの狸寺。この沼が日本遺産で、この寺が分福茶釜の寺と知らずに訪れたので感動はひとしおでした。なんとかこの街に住めないだろうか・・・。金策に奔走し、防音室2つは諦めて1つにしました。8/16の内覧から目まぐるしく準備をし、8/31に契約、9/13に防音工事着工しました。福岡で防音室を作ってくれた信頼できる職人に館林まで来てもらい、当初川越でやるはずだった工事のスケジュールに、ギリギリのところで間に合いました。福岡で20年積み上げた仕事、人脈、お弟子さん、全てを置いて川越に来て、思いも寄らないことで住めなくなり、満身創痍、羽を痛めて飛べなくなった白鳥の様な状態で、館林に辿り着きました。1年に2回も引っ越しをするとは思いませんでした。しかもグランドピアノ2台を持って。こうして、2021年11月1日から、館林での生活が始まりました。川越で起きた3つの苦悩から解放され、安らかな生活になりましたが、次考えるべきは、ここ館林で音楽家としてやっていけるか、ということでした。人が幸福を感じる時というのは、多かれ少なかれ、他者からの評価に依存している面があります。例えばサラリーマンなら昇進や昇給、音楽家なら賞賛、アスリートなら勝利、他には結婚や出産や受験合格などでしょうか。僕もこれまで生きて来て、幸福の多くはそういう成功体験だと思っていました。でも館林に来て、まず感じたことは、あるべき自然の美しさが身近にある、人は自然と生きている、ということでした。若い時は誰でも都会に憧れます。港区の豪奢でお洒落な街並みや、お台場の人工的な美しさも素敵です。館林で暮らし始め、すぐに自分の気持ちの変化に驚きました。自然に触れるだけで幸福を感じられたのです。誰かに評価されるわけでもなく、ただ風の薫りに悦び、緑に癒され、朝陽に心奪われ、夕陽に涙し、月夜に心洗われ、毎日空を見上げるだけで幸福になれたのです。そんな気持ちが、「里沼の記憶」を生み出しました。満身創痍の夏が、安らぎの秋へ解決しようと、音楽的な力が働きました。音楽も詩も、館林の自然から生まれたのです。一方、引っ越しが落ち着いた直後から母の容体が急変し、寝たきりになってしまいました。時々は泊まりに来られる様に、母の部屋も用意していたのに、一度も来ることなく、川越に会いに行っても起き上がれない状態。なんとか快方に向かって欲しいと願い、祈りましたが、2/26に亡くなりました。「里沼の記憶」が完成したのは、ちょうど2月中旬だったので、楽譜に書く作曲年月日を、2022年2月26日として、棺に楽譜を納めて見送りました。深い悲しみと寂しさと感謝の中で、母を思う作品が次々と生まれました。親を失うことは、自分の生き方が変わることだと知りました。母が連れてきてくれた街、沼辺にパンの笛-シランクス-が群生する街、この美しい館林を故郷と思えるよう、思ってもいい人間になれるよう、この歌曲と共にこの土地と暮らしていこうと思っています。(完)エピローグ昨年12月26日から本日まで、お力添えいただいた方々、本当にありがとうございました。皆様のおかげでPV制作費用の多くを補填できそうです。目標100%達成は難しそうですが、私のできる範囲で、今後の事業の一部分でも実現し、館林を音楽の街にしていきたいと思います。いつかぜひ、館林へ観光にいらしてください。 もっと見る

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