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お店を存続させたい!麻痺があっても出来るという姿と、店と料理を知ってもらいたい

ネパール料理店バール=タラです。駅前なのですが気がつかれないことが多いです(泣)お客様の激減は時代の流れと思う一方、喜んでくださり、当店を必要としてくれている人がいる間はまだ役割があると感じています。 脳梗塞で右麻痺となっても復活を果たした夫の料理を味わってもらいたいです。私たちに時間をください!

現在の支援総額

237,000

143%

目標金額は165,000円

支援者数

41

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/08/13に募集を開始し、 41人の支援により 237,000円の資金を集め、 2024/08/31に募集を終了しました

お店を存続させたい!麻痺があっても出来るという姿と、店と料理を知ってもらいたい

現在の支援総額

237,000

143%達成

終了

目標金額165,000

支援者数41

このプロジェクトは、2024/08/13に募集を開始し、 41人の支援により 237,000円の資金を集め、 2024/08/31に募集を終了しました

ネパール料理店バール=タラです。駅前なのですが気がつかれないことが多いです(泣)お客様の激減は時代の流れと思う一方、喜んでくださり、当店を必要としてくれている人がいる間はまだ役割があると感じています。 脳梗塞で右麻痺となっても復活を果たした夫の料理を味わってもらいたいです。私たちに時間をください!

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ネパールからやってきましたm(_ _)m

はじめまして!東京・総武線 信濃町駅前で、『バール=タラ』というネパール料理店を運営しています、栗山早穂子(通称さおこ)といいます。
2003年にネパールでシェフをしていたプルナと結婚、日本に来て、出産などを経て2009年9月に、総武線・信濃町駅前にネパール料理店をオープンさせました。


この15年間のことを書くとキリがないくらい、いろいろなことがありましたが、夫プルナの病気を乗り越えて、奮闘している私たち家族経営の店を、みなさまに紹介したいと思い、さらに、15周年という節目のイベントを応援していただきたく、このプロジェクトを立ち上げました。


開店当初、経営の知識もない私たちでしたが、料理だけは誠実に、夫プルナのネパール料理を東京で一番と言わせたい!という想いでやってきました。

実際わたしは、東京で味では名店に負けず劣らないと思っています。種類がたくさんあるわけではないし、華がないというのか、SNS映えがないのが難点かつ課題ですが、料理は最高級と自画自賛( ´∀`)しています。場所もこれまた地味ですが、料理と人柄を気に入ってくださる方がたくさんいて、とてもありがたいことです。

立地で評判も悪くないはずなのに気づかれない私たちの店 (*_*; 〉

当店は新宿駅から電車で9分、信濃町駅から徒歩1分以内と、とても便利な場所なのです。
ところが、認知度はいまいちで、駅前の大病院に通う方からも「10年ここに通っていてこんな場所があると知らなかった」と言われるくらい視界に入らないようです。店内に入ると古いながらも「落ち着く」「居心地がいい」と言っていただけるのですが。
ほとんどの一見さんは、急な階段を見て、行くのをやめてしまいます(エレベータもあるのですが気が付かれず)
看板はたくさん出てるけど、わかりにくい、、、

トーシンビル名物の急勾配階段
昭和の文化遺産!
エレベータはあります!当ビル地下のお店はみんな、おいしいものを提供している誠実なお店ばかりです。でも近隣の会社の移転なども影響し、この4年でほとんどの店が閉店においこまれました。新しく来たお店も続かず、、、
残っている4店舗の仲間として、なんとか生き残りをかけて!懸命にがんばっているところです。

4月〜5月は好調な日も多かったのですが、7月はなぜかディナータイムは壊滅的で常連様は来てくださるものの(ありがたい)新規のお客様が少なく、8月は夏休みもあり、果たして月を越せるか、必死に考えているところです。でも強い気持ちで乗り越えていこうと。そして15周年をなんとか成功させたいと思っています。


こだわらず美味しいものならなんでも作りたい!ネパールの伝統料理も得意分野です。

開店してから、小規模ではあるものの、本格伝統料理も定期的に挑戦しました。小さい店なので一度にいろいろはできないので、予約制にしたり、イベントという形で行ってきました。
「本格的なのにもったいないね ネパール伝統料理をやったほうがいい、いつもやってればお客さん来るよ」というお声もよくいただきます。
でも開店当初からの親しみのあるメニューを楽しんでくださっている地域の皆さま(いつも食べに来てくださるお客様)も、はっきりいってとても大事です。遠くから来てくださるお客様は定着するのか、心配です。
試みとして、イベント的にときどき「◯食限定料理」を作りますが、集客力がなさすぎて、せっかく傑作料理ができても、身内で消化、常連さんに無理に頼んで来てもらう始末。
  知名度のない私たちの限定料理の告知は、なかなか難しいなと感じています。絶品!ネパール式の
魚のカレー 
とても手間がかかりましたが、注文はなく…

ネパールのお祭りを再現したイベント
(写真提供:プヒさん)


そんなことで、限定料理をなかなか打ち出せないでいますが、9月に15周年を迎えるにあたり、みなさまに周知して、イベントを成功させることができないかということと、少し離れた地域からもお越しいただくことで売り上げを伸ばし、店を存続させられないかと考えました。



脳梗塞から復帰!また料理ができるようになるまで 
開店前~現在までの道のり

先述の通り、私たちは2009年に開業しました。

夫のプルナとは2002年サッカーのワールドカップの時期にネパールで会いました。彼は、カトマンズのホテルでコックさんをしていました。
よく知人に突っ込まれることですが、私は彼というよりも、料理に惚れたのかもしれません(笑)
ネパールでプルナと一緒になろうと思ったとき、まだ世界をすべて知らない彼を見て、「グルメの街 東京を見ずにして料理人を語れるか??」
と思ったことで、二人で来日しました。
彼の料理が素晴らしかったこともありましたが、出会ったころの彼は、「希望」しかないような、キラッキラな目をしていました!
彼だけでなくネパール人はみんな、すごく純粋で、生活の豊かでない人も、いえ、豊かでない人こそ、とんでもない笑顔で輝いていたんです。
バブルも去り、なんとなく刹那的な目をした日本の人たちに、なんの屈託もない彼らのことを、もっと紹介して、笑顔の伝染が出来ないものかなと。そう思ったのが、プルナを日本に連れてきた真実の理由です。
心の中でそう思っていたので彼は何も知らないわけで、私のまったくの思い込みと責任で連れてきたわけです(笑)当時 友達と希望しかない!?♡新婚の私たち










日本に来たものの、お金もない私たちはとりあえず日銭を稼ぐしかありません。日本語の未熟なプルナを雇ってくれるお店もあまりなく、日本語の勉強をしながら面接を重ねて、やっと雇ってくれたお店は、目黒の「げんかや」という焼肉屋さんでした。
そこで、日本の飲食店の”いろは”を教わりました。また、日本の味をまったく知らなかった彼に、まかないを通して教えてくれたのもこのお店です。そののち、「私はお母さんにカレーで育ててもらったけど、カレーを食べなくても(日本の料理で)生きていけるかもしれない」とまで言えるようにまでなりました(笑)

その後も飲食店も、ほかのことでも、いろいろバイトをしました。でも、彼の心を満たすことができないまま、だんだん彼の笑顔も消えていき、、、
これはだめだ!と感じ始めました。

プルナの存在意義を確かめるべく、知人を呼んでネパール料理をふるまう会、料理講習などをいろいろやってみて、これならお店をぜひやった方がいいと応援の言葉をたくさんいただきました。そんな中、私も初心を思い出し、なんとしてもお店をやりたいと。思うようになりました。

まずやってみたことは、間借りして営業できないかということでした。夜だけやっているバーを昼間だけ借りて営業するのが、当時流行りはじめていたので、そんなことができないか、いくつか見て回っていました。でもバーの厨房は小さくて、小さいコンロで本格カレーを作るのも難しそうです。
そのとき、多店舗展開していたネパール人の知り合いが、「雇われ店長が投げ出しちゃって、休業してるんだけど、やりたいならやってみる!?」と声をかけてきて、ほんの間借りのつもりで、引き受けました。それが信濃町の、今のお店です。(その後いろいろあって、間借りでなく譲渡して本営業することとなりました)

実際にやってみたら、先人が投げ出しただけあってほとんどお客さんの降りてこないレトロなビルの地下。そして、そこには、「カレー」と書いてはいけないという、50年以上続く、謎ルールが存在していました。どうやって営業していたの?と聞くと、
「だからね、ネパール人だけど、タイ料理として営業していて、メニューの中にインド料理を入れていたんだ。あなたたちもそうやってほしい」
と、タイ料理のレシピをいくつか教えてくれました。

当時のメニュー 毎日のように”トムヤムヌードル”食べにくるお客様もいました











だから当店には今もタイ料理の人気メニューがあります。

さて、タイ料理も取り入れつつ、新しくメニューを作り、 ”カレー” ”インド料理” と書けないので「ヒマラヤ創作料理」と書いて営業をはじめました。
そのわかりにくさもあってか、お客さん、敬遠して入ってきません(泣)

そのまま2ヶ月、3ヶ月、、、ほとほと困った時、同じ地下街のお蕎麦屋さんが、「ここは昔とんかつ屋さんだったのよ。流行ってたけど、田舎に里帰りするので閉店したの。この街にとんかつ屋ないから、とんかつ出したら?」とおっしゃったのです。
まさかあ、、、ネパール人がとんかつ出すなんて突拍子もないよ、ねえ?と半笑いしながら横を見ると、、、

プルナがキラキラした目をしていました(笑)

とんかつは、プルナが、日本食で最初に美味しいと思った料理です。作れるよ!やってみたい、というので、、、
そうだね、なんでもやってみよう!でもどうせやるなら、ちゃんと美味しいものを作って、日本食を冒涜していると思われないようにしたい。
自宅の地元のお肉屋さんに相談したらとても協力的で、プルナに美味しいとんかつのレクチャーをしてくださいました。肉もこだわって、岩手の岩中豚をフレッシュなまま仕入れることにしました。今でもそのお肉屋さんから毎日仕入れていますし、社長さんは何でも相談できる、頼もしい方です。さらに、ソースも探して東京産の美味しいソースをみつけました。
岩中豚 安心のSPFブランド


野菜の味がする!トキハソース。当初からお世話になってます
とんかつを出し始めて、、、最初は「みそしるもねえのかよ」と、老紳士に怒られたりもしました。でも、近隣で工事されてる方に目をとめていただき、「ここ とんかつ屋って聞いたんだけど?」と不思議そうに入ってくるお客様が増えていきました。もちろん、「はい、とんかつ屋はここですよ」と答えていました(笑)とんかつに野菜カレーをつけることでカレー屋としての存在も同時にアピール。こんなおかしなことをしているのを聞きつけて、テレビで紹介してくれるまでになりました。(ニュース番組の特集で、2021年、2014年に2回でました)
そんなことしながら温かい目で応援してくださるお客様が少しずつ増えていきました。
この間も、ここでは書ききれないくらい、いろんなことをしました(またいつかお話できますよう、、、)

2018年ごろになって、カレーと看板に書くことがやっと出来るようになり、これからもっと宣伝していくぞ!と思ったのですが、不運なことに、地元の会社の相次ぐ移転で、プルナが大切にしていた常連さんが次々と去っていきます。もちろん新しく来てくださるお客様もたくさんおいでですが、飛び入りのお客様もいてくれないと、常連様だけでは経営が立ち行きませんが、先述の急こう配の階段を降りてきてくれる方は少なく、、、

夜の駅前は静か、、、(19時台)そのため、経営が安定しません。家賃や従業員の給料、子どもも2人、育てなくてはなりません。とにかく店の存続のためと家族のため、店はスタッフと店長(プルナ)2人に任せて、私は資格を取り、介護職のアルバイトをすることにしました。

そんな中でのコロナ、、、ほんとうに地下の店には誰も来てくれなくなり、休業を余儀なくされます。企業戦士ばりにずっと店で働いていたプルナ、開店以来はじめて家でのんびり、子どもたちと遊ぶ日々。介護の仕事だけは休業がなく、私が働き、プルナに家事育児をしてもらう日が続きました。

そしてある6月の朝。プルナの様子がおかしいことに気がつきました。救急車で運ばれ、診断は脳梗塞。生死をさまよう5時間に及ぶ手術は大成功、ぎりぎりで助けていただきました。
半年リハビリをして、最初は社会復帰は難しいと言われていたのに、奇跡の回復をなしとげました。
その回復の大きなことは、店があったから。右麻痺で杖をついて、失語症で言葉が不自由になりましたが、それでも通える職場があることが、回復に大きく役立ちました。
退院の日。面会は許されなかった日々、
やっと次男に会えた
麻痺と、体の痺れがあり、今後も消えることはないので、いろいろ大変ですが、復帰から3年間、自分なりに一生懸命仕事をしてきたプルナ。

彼を見て私は思いました。彼はネパールからやってきて、料理以外まったく知識がないのだから、経営上のミスは、これは日本人である、私の責任です。人通りがなくても集まるお店はあります。飲食店は料理だけではないし、何かが足りないのだと思います。あと何年この店をやっていけるんだろう。いや、すぐにでもやっていけない可能性もある。老朽化した設備がだめになったら購入資金もないし終わりでしょう。そう思った時、もういちど、「家族経営」という原点にかえって、本当にやりたいこと、やりたかったことを、精一杯やろう!
そう心に誓いました。

‥‥‥‥‥‥‥‥
心に誓ったものの、プルナはもちろん抵抗しました(笑) 今まで従業員と二人三脚でやってきたのですから、従業員に辞めてもらい、料理人が、体に障害の残るプルナだけになることは、いろいろなリスクがあるし、支障がでます。
まず、ナンを焼く人がいなくなってしまいました。しばらくナンなしで営業していると、お客様が、「ナン食べられる日待ってます!ここのナン美味しいから」と言ってくださる。
プルナは他の料理があるし、右麻痺の手で素早くナンを焼くのは無理とのこと。

店を始めてから、いや、この人生で自分がナンを焼くことになろうとは思いもしなかったけど、(厨房に入ったこともほとんどなかった) この道何十年のナン職人に勝とうなんて思わなければなんとかなる(笑)
私と息子で、がんばって毎日練習し、5月からお客様に提供を始めました。
そして、右麻痺のためナンを焼く動作が難しかったプルナも、少しずつ習得。高難度のチーズナンもかなり作れるようになってきました。これ脳の不思議、脳の一部は死んでしまったけれど、あんまり使っていなかった部分の脳神経が、働かせることで繋がってきたんだなと私は思っています。麻痺のある方だけに理解できることですが、動かない手を動かすのはすごく億劫で、さぼってしまいがち。でもやらなくてはいけない場面にさらされたので、おどろくほど動くようになってきました。


夜ふけると寂し~い駅前、、、お客様、いても、いなくても、労働時間って変わらないものなのですよね。仕込みや掃除。
脳の何分の一かがないプルナは疲れやすいので、私としては集中してお客様を呼んで、休みの日を増やしてあげたいのですが、なかなかそれが出来ない日が続いています。それでも、思い切って子どもの行事などでは休んだり、リフレッシュを取り入れるようになり、そこが今までと違い、家族で過ごす時間が増えました。

そしてこれもミラクルなのですが、仕事量は2倍以上になってしまったはずなのですが、体も以前よりよく動き、元気になったように見えます。前は、私も厨房のことには無関心で、従業員を抱え、店長として孤独の闘いをしていたのだろうと思います。今は状況がよくわかるので、話し合いながら決められます。
でも無理してまた倒れないように、精一杯協力して支えたいと思っているところです。


資金の使い道

集めた支援は、15周年の数々のイベントの成功のために。また、今月を乗り切るために必要なことに使わせていただきたいと思っています。
資金ができたらやりたいこと。
・15年が経ち、素焼きなので限界が来ているナン窯を買い替えたい。30万ほどします。
・古い冷蔵庫のメンテナンス(夏の暑さもあるのかメンテナンスしないと調子が悪くなったら大変です)
・椅子とシートの張替え(見積もりはとって色も素材も決めてあるのですが、ずっとできないでいます)
・お客様が入りやすいような店づくりをする(手作りでも費用はかかります)
その他いろいろありますが、お店の存続のためにいろいろ資金を必要としています。

CAMPFIRE手数料も支援金の中から使わせていただきます。
今回の支援が少しであっても、まずはお店を続けるためにはひとりでも多くのお客様にご来店いただきたい。当店があることを知っていただきたい。
みなさまからの温かいご支援・拡散・そしてご来店をお待ちしています。
なんでもできることは手作りで節約

画像キャプション

店頭も気がつけばごっちゃ~
15周年までに!
☆手づくり改造計画中☆
リターンについて

15周年記念イベントをいろいろ用意しました!リターン画面よりご確認ください。

①「ダルバートタルカリセット」

②「ビリヤニセット」

※9月の週末を利用し、1日30食のご予約を目指したいと思っています!いつもなら、予約が入らず計画倒れで終わることが多いのですが、ぜひ実現させたいと。30食出せたら、その日はその料理に集中できます。

③音楽×ネパール料理のイベント

5年前ほどから、音楽ライブをよくやっています。お客さん集まるか毎回ドキドキなのですが、毎回、とても充実したライブとなっています。出演者さんたちも、なんの設備があるわけではないのですが、膝を付き合わすようなライブをとても楽しんでくださっています。みなさん当店のことを応援してくださっている仲間です。
ピンときたら!ぜひご参加ください。

④お祭のイベントをしたい ネパールで一番人気のあるお祭り。ラクシュミという女神にお祈りし、これから1年の幸せを祈ります。街中が光に包まれるため、光のお祭りとも呼ばれます。そのため、光のお祭りとも呼ばれます。そんなお祭りの一端を体験していただけたらと思います。ネパール料理と、サリーを着てみたい方は着付けもいたします。飲み放題付き 伝統のお祝い料理

⑤「いつもの」当店の料理を召し上がれる食事券付きの支援をうけたまわります。

⑤当店では、「小さな整体師 あしなか」を販売しています。 ぞうりですが、寝る時に履きます。歩き方の改善、姿勢の改善、睡眠の質の向上に一役立つと、岐阜県の整体師さんが考案したオリジナルの手作りぞうりです。

もうひとつの役割として

私たちは飲食店である以上の、おこがましい希望をもっているわけではありません。それ以上の立派なこともできません。
けど、つい先日、常連のお客様がご来店されたのです。いつもよりも静かなランチタイムの終わりごろ。少しゆっくりお話しができました。その方もプルナと同じ病気を抱えておいででした。
この病気は、人それぞれ後遺症の症状も違い、プルナとその方も、違う症状で困っているのですが、この病気を持つものにしか解らない ”共感”がそこにありました。突然失った肉体の機能と心のバランスを保って社会生活を送るのは思いのほか孤独な闘いです。見た目以上の苦労をそれぞれがされています。
ホームページに、「バール=タラ 右麻痺クラブ」と紹介してあります。誰もみてないし、なんのイベントもできてないよなーと思っていたのですが
話していてわかりました。こうやって、訪ねてきてくれて、共感できる、ほっとできる、これが当店の「右麻痺クラブ」です。
右麻痺と銘打ったのは、左の麻痺とはまた違う、失語症や高次脳機能障害で悩む方が多いからなのですが、どちらでも、共感できるひとときが提供できればなと思います。

お客さんが店長を心配して会いに来てくれる店です(^^;;

うちは便利でもないし、今どきのシステムは何もありませんが、駅前なことと、ざっくばらんでアットホームなことが強みです。なんなら世間話、お悩み相談にも応じます(^^ゞ
時にはがんこでわがままにみえる店長なもので、不快に思われた方も多分、いや確実にいらしたと思います。
本当はお客様のことを大切に考える心優しい店長です。真面目です。
それは、お出しする料理で表わしているし、人柄を感じ取って大好きになってくれるお客様も多いです。
もちろん、小さなお店なので、苦手と思われる方は無理かもしれませんが、、、私でよければサポートしますのでご安心を(*^^)v

これから何日営業できるかわかりませんが、ひとりでも多くの方に、ネパール料理でも、そうでない料理でも、美味しいものを味わっていただいて、温かい気持ちになっていただけたらと思っています。
そして、、、もし叶うなら、いつかもう少し人口の多い街でもう一度出店し、毎日にぎやかな店を作りたいなあと。
そこではやりたくてもできなかったメニューやできなかったアレコレもやってみたいなと。ボランティアや地域の活動みたいなこともしてみたいなあと。
まずは、なにより、お客様を増やしてプルナを元気にしたい、こんな、超不器用な私たちの成功体験のために、ご協力をお願いします!

昼は900円~ 夜も1200円からお食事できる店です。もちろんお酒も飲めます。各種ご宴会もできます。
ぜひ皆様の足が当店へ向きますように、、、ご来店お待ちしておりますm(__)m


<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

支援に関するよくある質問

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このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください

最新の活動報告

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  • おかげさまで目標額を達成することができました!みなさまの温かい支援、そして、温かいお言葉をありがとうございます。直接に祝福のメッセージもいただいたりしました。こんな風に元気づけてもらえるとは、正直想像していませんでしたので、このような形ですが表現してみてよかったです!9月のイベントの成功のために、30万円を目標に、残りわずかですがお願いしていきます。少しずつリニューアルして、居心地の良いお店にすることでみなさまに還元していきます。おひとりおひとりには、期間終了後ていねいにお返事していきたいと思います。それでは残り11日、よろしくお願いいたします。 もっと見る
  • 開店してから15年が経ちました!夫プルナと、ほんとうにいろいろな経験をしながらやってきました。いろいろ自分なりにはやってみたもののプロデュースが下手なので、集客には万年苦労し、お金もぜんぜんためることが出来ませんでした。でも、楽しいスタッフたち、応援してくれる優しいお客さん、たくさん相談に乗ってくれた仲間を得ることが出来ました。子どもにも経済的に苦労かけてますが私たちの仕事を好きでいてくれてます。プルナが病気から復活して4年、もう少しみなさまに当店の料理を味わってもらいたい。もう少し人気なお店になってみたい!小さいお店の大きな希望です。15年たってやっと解ってきたこともあります。料理だけでなく楽しい店作りに取り組んで行くために、ご支援をいただき、なによりも、ご来店いただけたらとても嬉しいです。15周年をきっかけに、皆さまとお会いできるのを心よりお待ちしています。 もっと見る

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