おはようございます。今日は、瀧宮八坂神社について少し説明させていただきます。御祭神:素盞嗚命鎮座地:徳島県板野郡上板町西分字瀧宮弐番地主な祭典日:例祭(秋祭) 十月二十八日、代々神楽 四月第一日曜日鎮座年歴不詳であるが、古記録によれば天長年間弘法大師の開基と伝えられ、歴代藩主蜂須賀家の崇敬厚く、瀧宮牛頭天王と称し、近郷の二十八ヶ村の氏神として、崇拝せられ、悪病退散・雨乞の霊験あらたかな神として信仰されている。明治三年神仏分離の際に、「八坂神社」と改称し郷社に列せられた。現在、神社本庁所属の宗教法人である。天長年間というとあまりピンときませんが、年代にして824年~834年の10年間のことを指しており、時代にして平安時代の一時期を指します。現在も「金光寺」というお寺さんはございますが、その別館として存在していたようです。その範囲も現在の上板町のみならず、六條大橋を渡った石井町の少し入ったところの村までが氏子地域でした。それだけ広い範囲でしたので、お祭りの際には多くの氏子さんが参拝に来られお祭りの際には、多くの出店が軒を連ね大変賑わっていたようです。時代は流れ、現在では地域のお宮さんを含め2つの氏神に支持するのは難しいとの理由から、氏子区域からは外れたいとの申し出がいくつかの氏子・総代さんよりあったとかなかったとか、現在ではお祭りに参加されない氏子さんが現れはじめたようです。そこから次第に参拝者が少なくなり、現在では年に2回ある例祭のときに総代さん達にご尽力いただき、なんとか神社の運営をしている状況です。誤解なきように申し上げますと、私はその当時の氏子さん・総代さん・神職さんが悪いとは思っていません。時代の流れとともに支持することが難しくなり、またそれを理解する総代・神職さんも無理に止めることはできなかったことなんだと理解しております。ただ、このままこれまでの状況を続けているとどうしてもある問題に引っかかってしまいます。2022年に発表された内閣府の「令和4年版高齢社会白書」において、 2050年には5,275万人(2021年から29.2%減)に減少すると見込まれているようです。この問題は、同様に神社の存続にも大きく関わります。現在でも起きていることではありますが、今後更に神社の廃社と合祀を余儀なくされる神社も増えてくると思われます。瀧宮八坂神社また上板町内にある神社も例外ではなく起こりえる問題と考えています。それは、神主の一人である私にとっても非常に大きい悩みとなっています。夜灯祭りは、そういった不安や希薄になってきている子供達の神社離れを少しでも解消できそうな一粒の光のように感じています。瀧宮八坂神社としての初めての挑戦でもあります。本気で取り組んでいます。3,000円からのご支援、また友人・知人の方への拡散をどうぞよろしくお願い申し上げます。



