2023/10/06 12:00

きっかけは不倫カップルだった。

5年前、あるカップルからの依頼が舞い込んだ。「2人だけの秘密の結婚写真が欲しいんです。」このように男女からの依頼は過去にも幾度かあった。私はこれといった実績のない無名のフリーカメラマンだが、撮影者が女性だと、彼女が安心するという理由で選ばれることが多い

きっと2人のヌードを撮影するんだろう。そう思っていた。

撮影の舞台に選ばれたのは、川崎市の『川崎迎賓館』という、昭和のラブホの最高峰のようなホテルだった。ロココ調メゾネットの部屋には、お姫様が下りてきそうな美しくカーブした白い階段があり、見上げれば天使が描かれた天井画と、ベネチアングラスのシャンデリア。その名に相応しく、桁外れの豪華で息を飲むほど美しい内装の下、私はカップルの幸せそうな姿をシャッターに納め続けた。

2人にはそれぞれ、家族がいた。明日の朝にはもう会えないかもしれない、儚い2人だった。撮影のために用意したウエディングドレス姿で「朝になったら別れなきゃいけないのが辛い。だからいつも朝陽が憎いのよ。」と微笑む可愛らしい彼女。男性は小太りで決してハンサムとは言えないが、穏やかで優しく、そこに惹かれたのだろう。その部屋はすべての電気を落としても、天井の窓から僅かだが自然光が入る部屋だった。私は「ここからはすべての照明を落として窓の光で撮影しませんか?」と提案した。それには理由がある。この2人を照らすのはいつも閉鎖的なホテルの人工光なのだ。陽の光だけで微笑む2人が見てみたい。純粋にそう思った。これで儚い2人を写真というタイムカプセルに永遠に閉じ込めることに成功した。

正式なカップルではない。でも、それが一体何になる?ここでは全てが許される。
この撮影がたとえ不貞の幇助だと言われても。

それまでの私は「ラブホテル」はベッドと風呂があれば良いという考えだったが、これを機に考えが大きく変わった。
どんなカップルも素敵な思い出を作れるようにと、知恵を絞って演出やデザインを形にした人たちがいたのだ。その方々に心からの敬意を表したいと思うようになった。何かと世間の風当たりが強いラブホテルだが、日本が誇る至極の文化なのだ。私にとってラブホテルはその方々と触れ合える「逢瀬の間」なのだ。

そして、ラブホテルのデザインを記録する活動が始まった。対象は、「個性的なラブホテルの部屋」。

続く

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那部亜弓 Ayumi Nabe
千葉県出身在住。2005年に親の死をきっかけに廃墟に目覚める。
2018年頃から現役廃墟問わず、全国の個性的ラブホテルを追求する。
カメラマンとして出張でカップルの撮影なども行なっている。
Instagram毎日更新。トークイベント、写真展、ホテルの見学会などを実施
閉店したラブホテルから回転ベッドを自宅に移設。
絶滅危惧種である回転ベッドを保護し、現在、撮影スタジオにするべく、内装をDIYしている。
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出版物
SILENTxRUINS
知られざる日本遺産 ~ 日本統治時代のサハリン廃墟巡礼 ~
モーテル☆エロチカ 消し忘れ廃墟ラブホテル選集
全て廃墟本で八画出版
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ブログ 愛欲空間 http://furuyado.blog.fc2.com
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写真:那部亜弓さん