今年でもう10年になるのか…
実は私、大学院を終了してそのまま広島に残り、広島市内の中学校に1年間だけ勤務しました。
そこは、のちに広島土砂災害の被災地となった地域。
当時は1年生の担任をしていたので、年度当初にまさに土砂が流れた地域を家庭訪問で回っていました。
そして、岡山に帰った後の2014年。
土砂災害が起こりました。
当時関わっていた生徒で、自分の家も浸水したけど友達の家が半壊した…と連絡を受けました。
いてもたってもいられず、私は何かできることは?と被災地に復興ボランティアとして出向きました。
避難所である小学校の体育館に足を運び、被災者の皆様が使用していたトイレをこれでもかとキレイにさせていただきました。
この時、被災者の皆様が「ありがとう」と言ってくださる言葉に、こちらが励まされ心が温かくなったことを今でも思い出します。
黙々と掃除を終えて、他にできることは?とキョロキョロと周りを見渡した時、はっとしました。
中学校で働いていた時の同僚の先生が、体育館内での物資の支給や、各教室の環境整備などをして働いていました。
ある先生に声をかけました
「先生!ご無事だったんですね。何かできることありませんか?」
すると、キッと表情が変わり、怒られました
「周りの先生見てください!」
ここだけ切り取ると、なぜ?ですが、今思うと多分いっぱいいっぱいだったんだと思います。
ほぼ休むことなく、ずっとずっと自分よりもそこにいる方に配慮し続ける毎日。
きっと、その先生はもう心が疲れていて、元気な私たちと普通に話をする余裕は残されてなかったから怒りという感情を私に発散することで心を保とうと思ったんだと思います。
今年、能登でも大きな震災による被害が出ました。
きっと今もなお、避難所となっている場所では学校の先生も働いています。
年始は休み返上で出勤し、地域住民のために体を張って勤務してくれていたはずです。
学校の先生、すごくないですか?
私は被災地の先生の話もお手紙で届いたらいいな…と実は思っています。
もしも届いたら、そのストーリーを本に載せて、能登の学校に届けたいな。
そんな思いもあります。
当たり前な先生の姿を、スポットが当たるステージに乗せることがこのプロジェクトだと考えています。
どうかどうか、届きますように。
ぜひこの思いをみなさんの力で繋いでください!