【青春カフェさくらい】(セイシュンカフェサクライ)
「非モテの星」とも噂される「シンガーソングライター芸人」
《プロフィール》
1982年(昭和57年)東京・八王子市生まれ。
小学生でギターに興味を持ち始めたところから音楽活動を開始し、
吹奏楽部でトロンボーン・指揮・作曲(文化祭で自作曲発表)などを楽しむ。
大学卒業後会社員を経て、2010年ピン芸人「teru荒井(てるあらい)」としてデビュー。
全く売れず2015年に「青春カフェさくらい」として作詞作曲活動をはじめると、
お笑い・音楽ライブ・フェスなど各方面から注目され、都内ライブハウスなどに多数出演。現在に至る。
《生きづらさ履歴》
寄席芸人の孫として生まれ、
地元で幼少期から周囲に気を遣われながら育つ。
責任感の強い母親にそのプレッシャー(本人の思い込み)から言動・行動・作法など厳しく育てられ、
母の機嫌によって人格を全否定する叱責の言葉がいつ何時発せられるかわからない恐怖に毎日おびえ、
常に目の前のことよりもいずれやってくる不機嫌な母の姿を想像し、
先を読み目を盗んで行動する癖がつき、
家庭では冗談も言えず、家族に依存させられ、チック症や強迫神経症に悩まされる。
フリーライターの父の自由な生き方に憧れていたが、当然公言できるわけもなく、
常に「トラブルが生まれる環境から回避すること」ばかりを考え、母の言うままに、
フリーランスの道(音大に行ってオーケストラの指揮者になりたかった)を諦め、
母の言うままに印刷会社に就職。
一人暮らしでつかの間の自由を手に入れるも、母は、「ケータイ料金は私が払う」と言い出したり、
合鍵を作らされ、予告なく下宿先を掃除し、自分勝手に「部屋が汚い」などとメモ書きを置いて帰っていく。
会社では、速さと正確さが要求される仕事が全く自分の性格に合わず、
また、怒られると察知すると喫茶店や会社のトイレに逃げ込んだりする日々の中で自分をなくしていく。
26歳で社会不安障害(SAD)と診断。サラリーマンは3年で退職。
帰りたくない実家に帰らざるを得ず、
また、これを機会に、母と大いにケンカを繰り返し、自らの力で情緒的自立を決意。
27歳でアルバイトの傍ら整体師養成学校卒業
30歳で借金をして家を飛び出し、独立を目指し、再度一人暮らし。
今までのストレスや不満が一気に爆発し、体重は増え、独立資金は食費に消えた。
このままではいけないと思い、整体師の独立をめざしながら、やりたかったピン芸人の活動を始める。
33歳でピン芸人を続けながら、過去に自分がしでかした失敗(主に恋愛に関する失敗)を歌詞にして、
ポエム・ラップ・歌にして表現する「青春カフェさくらい」のプロジェクトをスタート。
34歳で「お笑いナタリー」などインターネットで活動が取り上げられ、単独ライブも行い、
自ら背負った傷を「笑い」に変えて「昇華」する人生を本格的に始める。
※母は、この活動について特に何も思うところはないらしく、ライブにも一切来ない。
また、私としても、母に何か訴えたり、母に感謝したいなどと思って活動していない。
以降、現在まで47曲を製作・発表し、自らの「生きる意味」にしている。
【出演】
2015年「浜口浜村寄席」出演(お笑い)
2015年「フェスボルタ」(協賛:TVブロス)※以降毎回出演
2016年「やついフェス」出演(フェスボルタ推薦枠)
など
《青春カフェさくらい公式Twitter》
https://twitter.com/__teruarai__




