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400 年越しに大阪へ!「残念石」を「万歳石」へプロジェクト

大坂城築城のために切り出されたが運ばれず切り出した場所に残された石 “残念石” 約 400 年の時を経て、大阪(夢洲)に。道半ばの残念石を引き上げ、大阪へ運ぶ前から建築が出来上がるまでの過程を祭りのように皆さんと運んでいく事で、大阪の地で “バンザイ !” したいと思っています!

現在の支援総額

1,429,500

47%

目標金額は3,000,000円

支援者数

141

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2023/12/28に募集を開始し、 141人の支援により 1,429,500円の資金を集め、 2024/02/18に募集を終了しました

400 年越しに大阪へ!「残念石」を「万歳石」へプロジェクト

現在の支援総額

1,429,500

47%達成

終了

目標金額3,000,000

支援者数141

このプロジェクトは、2023/12/28に募集を開始し、 141人の支援により 1,429,500円の資金を集め、 2024/02/18に募集を終了しました

大坂城築城のために切り出されたが運ばれず切り出した場所に残された石 “残念石” 約 400 年の時を経て、大阪(夢洲)に。道半ばの残念石を引き上げ、大阪へ運ぶ前から建築が出来上がるまでの過程を祭りのように皆さんと運んでいく事で、大阪の地で “バンザイ !” したいと思っています!

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-未来を刻む石:2025大阪(夢洲)への軌跡-

400年前、大阪城の建設の為に各地の山から巨石を切り出しました。それらの石は人力で大坂城まで運ばれましたが、途中で落下してしまったり使われずに残置されている巨石達が各地に残っています。 それらの石は総じて大坂城へ行けなかった残念な石として”残念石”と呼ばれ今もなおいたるところに転がっています。

本計画ではその”残念石”を皆様に関わっていただきながら大阪(夢洲)の地に運び、”残念石”(いのち)を建築の一部として用いることで、いのちのある建築とし新たな命を吹き込んだ”万歳石”にしたいと考えています。

最終的にこの残念石達が万歳石となった暁には、プロジェクトに参加してくださった方々と《バンザイ》したい!という想いで《バンザイ石プロジェクト》を立ち上げました。

徳川幕府が 1620 年頃から大坂城を再建するために、近畿・中国地方を中心に各地から何トンもある石を切り出し、人力で地を転がし、川を流し大坂城へと運びました。切り出したが運搬の途中で落下したり、何らかの事情で運ばれなかった石や運んでいる途中に動かせなくなった石が未だ関西エリアを中心に各地に取り残され、”大坂城へ行かなかった残念な石”として”残念石”と呼ばれています。
山から切り出し河川沿いに残置される残念石


400年前の残念石を運ぶ”築城図屏風”を観ると、石の上で太鼓を叩き音頭を取る人がいたり、大勢で石を引く姿はまるで祭りのように見え、多くの人の力を合わせて大坂城をつくったことが想像できます。今回バンザイ石プロジェクトでも大阪へ石を運ぶ過程や建築ができる過程でイベントを開きながら、多くの方に参加していただいて祭りのように先人達が切り出した石を運び、現代の私たちの力で、新たな建築を作り上げることを考えています。

400 年前の祭りのように石を運ぶ 『築城図屏風』 名古屋市博物館蔵



今回大阪に運ぶ予定の石は、元和~寛永(1615~44年)の時代に山城国相楽郡(現在の府南部)を治めていた築城の名手・藤堂高虎が指揮して切り出したとされる木津川上流にある残念石です。大きいもので 15 トン程度ある残念石には、当時の藩の印がついた刻印や矢を使い切り出した跡が残っています。

築城の名手『藤堂高虎』と高虎が築城したとされるお城

これらの刻印は、藩の符号や高さ・寸法・個数・検査日と思われる日時や符号も刻まれています。当時は切断するための重機がありませんでしたので、職人が道具を駆使して石を必要な大きさに割っていました。分断したい箇所にこのような穴を掘り、そこに楔(くさび)を打ち込んで石を割ります。これらは矢跡(やあと)と呼ばれており、矢跡の大きさからも時代背景が読み取れる貴重な跡になっています。

矢跡の残る残念石

当時520個余りの石が運び出されたという記録がありますが、1975年運ばれず残された石60~70個の巨石が護岸改修中に見つかり、そのうちの十数個が河川敷の脇へと移動され、NPO法人「ふるさと案内・かも」の会の保全活動により共に見守られ続けきました。

河川に残された残念石 ※許可なく画像の転載やwebページの転用を禁ずる

2022年から、この残念石を大阪へ運び、新たな建築の一部として利用したいと計画していましたが、河川の中にある石を接道部分へ引き上げるには費用が多くかかり、また工事期間が極端にずれるため建築工事ではどうにも手出しできませんでした。しかし、府の道路工事のルートに被っていたこともあり石を河川から動かす必要があり、木津川市・NPO法人の保全の呼びかけにより、河川から11個の残念石が引き上げられ、道路と接道する仮置き場へと移設がされました。1615年の切り出しから、度重なる奇跡により、”残念石”として守られ続け”万歳石”になる日を目前としています。
大阪運びやすい場所に移設された残念石 ※許可なく画像の転載やwebページの転用を禁ずる


約400年前に我々の先祖によって切り出され日本全国の人が力を合わせて作り上げた大坂城のように、多くの人に関わってもらいながら新たな建物にしたいと考えています。

プロポーザル時の案(※現在の計画では、敷地が変わり建物の規模や形は変わっています)※許可なく画像の転載やwebページの転用を禁ずる新たにつくる建物に利用する残念石と同種の石を人力で割るワークショップや、過去残念石を運んでいた運び方を参考に10トン程の石を祭りのように引くデモンストレーション、残念石について深く知るツアー、大阪へ向けて残念石を送り出す出航祭り等々、多くの人に残念石に関わりを持っていただきながらみんなで建物をつくりあげ、完成した暁には関わっていただいた方達と《バンザイ》したいと考えております。
石割り体験・石引デモンストレーション(イメージ) などまた残念石を夢洲に運び一定期間建築材として利用した後に、その建物をまた大阪内のどこかの土地に建物ごと移設を行い残念石を空間化した形で次の世代に受け継いでいくことが出来ないかと検討しています。

今回の建築では約3m、7~15tある巨石を建てその上に屋根をのせることで、空間をつくろうとしています。

3mの石の上に屋根を載せるイメージ模型  ※許可なく画像の転載やwebページの転用を禁ずる

屋根と石の接点には、神社等で見られる石形状に合わせてピッタリ柱を加工する宮大工の《光付け》の技術を応用して建築をつくろうとしています。この技術を現代のデジタル技術 ( スキャンと NC 加工 ) 利用して再現し、石にピッタリ合う接合部材をつくり、残念石の上に屋根を乗せる建築を設計しています。
石にピッタリ合う接合部を使って作成したベットまた石をスキャンすることにより、それぞれの石の表情を見ながら、実際の残念石とデジタルのデータを見比べで建築を設計しております。石を切り形を変えて使うのではなく、ありのままの石の形・表情を読み、その石にあった形で建物を設計することで、500万年マグマが冷え固まってできた石の表情や、400年前に人の手によって切り出された手の跡を感じられる空間を作り出します。
残念石をスキャンした3Dデータ  ※許可なく画像の転載やwebページの転用を禁ずる


2024年2月中旬      クラウドファンディング終了
2024年3月~5月       イベント開催
2024年4月         建物着工予定
2024年5月           リターン発送
2024年6月         石の運搬
2025年4月         建物完成・お披露目
2025年5月         建物解説ツアー
※建設スケジュールや完成スケジュールにより、時期は前後する可能性はあります。

集まった資金は石割りワークショップや石引きデモンストレーション・お祭り等の資金に当てると同時に資金が集まれば集まるだけ多くの残念石を大阪(夢洲)に持っていくことが可能になります。現在、建設費の兼ね合いで残念石の運搬個数が当初の計画より減ってしまったため一つでも多くの残念石を運び出し石の力が感じられる建物をつくれるよう資金を集めたいと考えています。

追加の石の運搬費等の建設費:約200万円 
イベント開催費:約55万円 
手数料(17%+税):約45万円


企画発起人の私たちは、2025年に開催される大阪・関西万博で
小さな施設を設計するために集まった3人組
小林・大野・竹村です

Studio m!kke   小林広美
1992年滋賀県生まれ 一級建築士
2015年滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科卒
滋賀を中心として設計活動を行う。

 Studio on_site   大野宏
1992年滋賀県生まれ
滋賀県立大学環境科学研究科環境計画学専攻博士後期課程 在籍
発展途上国や日本等の様々な地域で活動を行い
現地の「もの」と「ひと」で、土地の手跡の残る家具・建築をつくる。

Yurica Design&Architecture  竹村 優里佳
1991年奈良県生まれ 一級建築士
2015年近畿大学建築学部環境都市デザイン学科卒
2017年立命館大学大学院理工学研究科環境都市専攻卒
奈良と海外(イスラエル)を両拠点に活動。
歴史とテクノロジーを融合させ人々の新たな気づきが生まれるような建築を創造する。


ただただ建物をつくるだけではなく、皆さんと一緒に《残念石》を《万歳石》へと変えて、400年前の先人たちの力も借り、みんなでつくりあげる建物が出来ればと思います。良い建物になるようまで精一杯頑張りますので≪バンザイ石プロジェクト≫へご参加・ご協力よろしくおねがいたします!
【バンザイ石プロジェクト Instagram】
https://www.instagram.com/banzai_stone


【NPO法人 ふるさと案内 かも】
https://www.furukamo.org/
※残念石・藤堂高虎ツアーの案内をしてくださる団体


<募集方式について>
本プロジェクトはAll-in方式で実施します。目標金額に満たない場合も、計画を実行し、リターンをお届けします。

支援に関するよくある質問

ヘルプページを見る

このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください

最新の活動報告

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  • 【対談】万博・残念石から考えるパブリックアーケオロジーと未来。 〜 建築学・考古学・人類学を横断して 〜 ご案内

    2025/09/29 12:00
    こちらの活動報告は支援者限定の公開です。
  • 先日、残念石の運搬を行いました

    2024/05/17 23:27
    こちらの活動報告は支援者限定の公開です。
  • クラウドファンディングが終了いたしました。応援・ご支援いただき本当にありがとうございます。100%達成はできませんでしたが、賛否両論で様々なご意見をいただく中、47%達成することが出来たことは、私達にとって力になっております。今回の件で、本当に多くの方に手を差し伸べていただき、一緒に考えてくださる方に助けられ、まさしく、皆さんと一緒に作り上げていくプロジェクトだなと実感しております。まだ、様々な課題がありますが、精一杯頑張ってまいります。これからも、引き続き応援よろしくお願いいたします。リターン品等々、準備に取り掛かってまいります。もう少々お待ちください。 もっと見る

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