クラウドランディングも残り1週間となり、ラストスパートに入ってきました。
最後まで達成に向けて頑張っていきたいと思います。
さて、本日は「甚五郎ごって」(じんごろうごって)という話を紹介します。
今から1,200年ばかり前、上善寺の先祖に藤将軍近江公という方がおられました。その頃は小値賀の西に高麗島(こうらいじま、以前紹介した島と同じ島ですが色々と異なる伝説があるようです)という大きな島があって、この島には土公悪鬼という悪魔の大将がおり、たくさんの手下を使って牡鹿島の人々を苦しめておりました。
これを聞いた藤将軍は土公悪鬼どもを退治して人民の難儀を救ってやろうと家来の中から強者を選んで成敗に向かうことになりました。するとその時、どこからともなく一人の白髪の老人が瀬には苔が生え、又先になった角を持つ大きなこって牛を連れて現れ、「私は早助と申す翁、この牛は背丈八尺五寸(約2.5m)の二又角をもつ大力無想『甚五郎ごって』と申す牛であります。何卒、高麗島征伐のお供に加えていただきたい」と申し出ました。
将軍が老体とみて断ると、早助翁はそばにあった大岩を軽々と持ち上げてみせたことでただ者ではないと感じ、将軍は力を貸してもらえるようお願いしました。
仲間になった早助翁は立派な船を用意し、一同はそれに乗船して島に向かいました。島に近づくにつれて雲行きが怪しくなり、いざ上陸というときには一天俄かに掻き曇り思わず耳をふさぎたくなるほどの雷鳴とともに豪雨となり、一同生きた心地もしませんでした。
この時、今まで選定にうずくまっていた甚五郎が突如起き上がって目を怒らせ角を振り立てて島に飛び上がり空の一方とにらんで一声ウオーッと天地に響き島も崩れんばかりに吠えたてました。すると今までものすごかった雷雨はぴたりと止み、妖雲も髪をはぐように元の青空に立ち直り一同は気を取り戻して上陸しました。
その様子を見て仰天したのは悪魔の大将と家来たちでした。
自分たちの妖術が破られ、かくなる上は腕力でこいと一同どっと打って出てきました。
敵味方入り乱れた白兵戦となりましたが、甚五郎ごって、早助翁の働きぶりはものすごく敵を二又の角で引っ掛けては投げ上げ突き飛ばし、大きな足で踏みつぶしとうとう残らず打ち取ってしまいました。
戦いが終わって一息ついたころ、早翁の助言もあり一同は船に乗り島を離れました。少しして振り返ってみると島は最初からなかったかのように消え去っていました。これが現在の高麗瀬です。
一同無事に小値賀に凱旋したとき、将軍は早助翁にお礼を言い、ぜひ住居までお供したいと申しますと「実は自分は神島大明神である。あなたは人民を大切になさる人なので、人間の姿をしてお助けした次第です。私の住居は野崎の神島山の絶頂にある柴の庵がそれです。」と言って煙のように消え失せました。甚五郎ごっても船から降りて東のほうへ砂の中を歩いていましたが、やがて一声高くいななくとともに海中に沈んで瀬となりました。
将軍はこの瀬を「特牛瀬」(こってせ)と名づけられました。
その後、将軍は翌年お正月に野崎島の神島山の絶頂にある柴の庵をお訪ねになりました。頂上には丸い石を積み重ねたお墓がありましたので、これが早助翁のお墓だろうと一同ともに節拝み厚くお礼を申されました。
将軍は都にとどまることを思いとどまり、永く小値賀に住むことになりましたが延歴15年中村に上善寺を建立、開基となり、その子国千代丸を開山第一世とされました。
おわり