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1960年代の「ニューヨークの写真」を後世に残したい

写真家・渡辺澄晴氏(1928年生)が、1960年代にNYで撮影した写真をデータ化し、後世に残します。その作品の一部は1965年に写真集になりましたが、欧米のオークションで12万円もするなど入手困難です。50年が経ったいま、未公開の作品も含めた新たな写真集を作り、アーカイブの構築と写真展を開催します。

現在の支援総額

880,000

100%

目標金額は880,000円

支援者数

40

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2016/06/03に募集を開始し、 40人の支援により 880,000円の資金を集め、 2016/07/20に募集を終了しました

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現在の支援総額

880,000

100%達成

終了

目標金額880,000

支援者数40

このプロジェクトは、2016/06/03に募集を開始し、 40人の支援により 880,000円の資金を集め、 2016/07/20に募集を終了しました

写真家・渡辺澄晴氏(1928年生)が、1960年代にNYで撮影した写真をデータ化し、後世に残します。その作品の一部は1965年に写真集になりましたが、欧米のオークションで12万円もするなど入手困難です。50年が経ったいま、未公開の作品も含めた新たな写真集を作り、アーカイブの構築と写真展を開催します。

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「モハメド・アリと渡辺澄晴氏」の中でご紹介させていただきました、渡辺氏が指揮を取って5台のカメラをリングの真上に設置したのは、1963年のケネディ大統領暗殺事件をスクープした事でも有名なアメリカの通信社「UPI」の依頼によるものでした。

 しかし、当時のフィルムカメラでは、1本のフィルムで撮影出来る枚数(24枚 or 36枚)に制限があります。そこで渡辺氏は、33フィート(約10メートル)の長さのフィルムを入れることが出来る専用マガジンと、モータードライブ(連続シャッターが可能)を取り付けた、250枚もの連写が出来るカメラを5台準備したのです。

 それをUPI通信社のカメラマンが、リングサイドから操作します。勝負は、たったの1ラウンドでついてしまった訳ですが、翌日、フロイド・パターソンがマットに沈む瞬間や、チャールズ・ソニー・リストンの勝ち誇る姿を捉えた大胆なアングルの写真が新聞紙面を飾ったのです。

 この素晴らしい撮影を可能にしたのは、まさしく渡辺氏の功績であり、UPI通信社から感謝状が届いたそうです。

 これは、1962年にニューヨークに渡った渡辺氏の最初の大きな仕事でした。

 

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