Check our Terms and Privacy Policy.

詐欺に遭い全てを失った妻の夢、故郷京都で割烹店をオープンしたい!

現在世田谷で営業中の割烹料理店を、今年の10月に、妻の故郷である京都の町家に移転し、小さくても居心地が良く、本当に美味しいお出汁と丁寧に作った日本料理を、沢山の方々に堪能していただける「割烹おか田」をOPENし、夫婦仲良く生涯に渡り皆様に喜んでいただける料理屋を営みたいと思っています。

現在の支援総額

390,000

13%

目標金額は3,000,000円

支援者数

6

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/07/01に募集を開始し、 6人の支援により 390,000円の資金を集め、 2024/07/31に募集を終了しました

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

詐欺に遭い全てを失った妻の夢、故郷京都で割烹店をオープンしたい!

現在の支援総額

390,000

13%達成

終了

目標金額3,000,000

支援者数6

このプロジェクトは、2024/07/01に募集を開始し、 6人の支援により 390,000円の資金を集め、 2024/07/31に募集を終了しました

現在世田谷で営業中の割烹料理店を、今年の10月に、妻の故郷である京都の町家に移転し、小さくても居心地が良く、本当に美味しいお出汁と丁寧に作った日本料理を、沢山の方々に堪能していただける「割烹おか田」をOPENし、夫婦仲良く生涯に渡り皆様に喜んでいただける料理屋を営みたいと思っています。

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

詐欺被害に遭い 一文無しの妻が、餓死寸前で絶対絶命の暗闇で出会った料理人

岡田 洋介 (yosuke okada)
日本料理 板前歴25年 調理師免許、ふぐ調理師免許取得
前職時ミシュラン受賞歴有り
18歳で両親の同級生である日本料理の親方のところに修行入りする
いろいろな経験を積むために様々なジャンルの料理屋で修行
料理長や副料理長を努める
蕎麦、天ぷら、割烹、懐石料理屋など

趣味:料理と釣り

岡田 裕紀  (yuki okada)
シングルマザーで娘と息子どちらも成人
施術家25年(柔道整復師):リハビリや介護
大学3年中退
デジタルクリエイター専門学校卒
デジタルマーケティング専門学校卒
20代で大阪にエステサロン&アロマセラピーサロンを開業
脱毛サロン開業
アロマセラピー認定校及び認定講師となる
美容専門学校講師
30代で京都町家移転後リラクゼーションサロンやヨガスクールを開業
京都町家で大学生の為のCAFE OPEN
株式会社設立後ネット通販業(主な取り扱い商品:釣り具とアウトドア用品)
2020年3月東京支店設立に単身東京へ
2020年4月第一回目のコロナウイルス緊急事態宣言発出
2021年 詐欺被害に遭う

趣味:釣りとパン&お菓子作り


このプロジェクトで実現したいこと

妻の故郷である京都に夫婦で帰り、町家を改装し、日本料理のお店「割烹おか田」をOPENしたいです。
一流の腕を持つ料理人の夫が作る料理を、世界中の人が集まる京都で、世界中の人に食べてもらいたい!!

奥が深く、温かくて優しい、日本の四季を感じる、最高峰である本物の日本料理を食べて頂きたい!

東京に来て1年後 私は被害額日本1位の国際ロマンス詐欺に遭いました。

はじめまして。割烹料理おか田、女将のゆうきです。私は2020年3月友人から誘われ京都から東京へ自分の会社の支店を立ち上げにやってきました。釣り具とアウトドア用品のネットショップの為の東京支店でした。

東京へ来て1カ月も経たず第1回目のコロナウイルスの緊急事態宣言が発出されました。

私の東京プロジェクトは始まることなく頓挫してしまいましたが、すぐに京都に帰ることができず東京で一人黙々と仕事し、緊急事態宣言が解除されるのを待つ事になりました。しかしコロナウイルスは収まることはありませんでした。

東京へ来て約1年後、ネットを通じて友人となった外国人から国際ロマンス詐欺に遭いました。一度も逢っていない相手に特殊な方法で財産の全てを奪われてしまいました。

京都へ帰る資金も、まともな食事をするお金さえも無くしてしまった私はどうして生きていけば良いのか?
誰に相談すればこの事態を乗り越えられるのか?わからないまま会社をなんとか倒産させない事に力を尽くしましたが、状況は悪くなる一方で生きていくのが困難になり、気力も体力も無く起き上がる事すら出来なくなっていきました。

生きる気力が失われていく長い長い1日

毎日カーテンが開けっ放しの窓から見える空をみて、仰向けで何時間。。何日過ごしたか分かりません。
トイレにいくのすら億劫になっていきました。
部屋ひとつが海になるほど泣きました。何日も何日も食事をしていなかった私は、病院で脱水症状と診断され点滴をすることになりました。もっと早く来るべきと医者に注意されましたが、数百円で暮らしている私には、病院にいく事すら簡単ではなかったのです。

警視庁に被害届を出しに、詐欺に遭った当日に行きましたが、国際的な犯罪なので被害届は受理できないと言われました。弁護士も仲間が手分けして探してくれましたが、国際的な犯罪を弁護できる弁護士は日本にはほとんどいないと何十件もの弁護士事務所に断られました。見つけれたとしても弁護士に依頼する着手金すら無い状態でした。

そんな中、どうする事も出来ない状態となり京都の税理士に相談しました。命が第一だから自己破産しましょう。これ以上、資金繰りを何とかするのは無理です。自己破産してやり直せばいいとアドバイスをもらい、詐欺被害の8カ月後 自己破産をする決断をしました。しかし自己破産は無料ではなく弁護士に依頼する為のお金が100万程必要でした。無知な私が知りもしない現実でした。すぐに支払えるまとまったお金は持ち合わせてはいませんでした。
弁護士へ依頼するお金を作るのにさらに時間を要しました。

その後、税理士さんたちの協力により、ようやくお金の準備ができました。依頼した弁護士さんからの配慮でお金を全部受け取ると貴方が生きていけなくなると、数日して少し返金されました。それ程にひっ迫した状態でした。

昨年1度だけ会った料理人からの連絡

そんな弁護士依頼を終えた日、1年ほど前に、私が運営していたウェブショップに1度だけ釣り具の質問をして来た料理人からLINEがきました。「元気ですか?」「東京にはまだいるのですか?」そのLINEが来た日、私は詐欺に遭って9カ月経ち、ようやく自己破産申請の手続きができた日でした。日々食べれる物といえば人参だけ、少量のオートミールと牛乳だけ、歩く気力も生きる気力もなくなっていました。誰かに聞いてもらいたかったのか、私はそんな状況をその料理人にポロッと話しました。

状況を知った料理人は、仕事が終わってから自転車で30分以上かけて、何と、ほぼ毎日食事を作りに来てくれたのです。生きる事も考える事も、これから先どうするかも全て面倒になっていた私でしたが、食事を作ってもらい、食べれるようになり少しずつ生きる気力を取り戻していきました。
そんな数カ月経ったある日、昔の知人から数年ぶりに連絡がありました。私に起こった一連の出来事を聞いて、なんとか復活する手助けしたいと申し入れがありました。この頃の私は、裁判が終わったら子供たちのいる京都へ帰りたい、という気持ちしかなく、目標とか会社を立て直したい気持ちなどありませんでした。
光栄なお話でしたが「お気持ちだけいただきます。ありがとうございます。」と、その時はお断わりしました。
その1週間後、再び連絡があり「何か・・何でもいいから考えてみて!」と言われ、

私は、自分を救ってくれた料理人の彼の事を思い出し、彼が諦めてしまっていた自分のお店を作る夢を手伝えたら。。と思っていることを知人に伝えました。その為にも、元気になって自分自身が復活して、数年後にそれができる私に戻っていたいと話したのです。
するとその話を聞いた知人から、私を救ってくれた料理人のお店を、本当に作ってみればどうかと提案がありました。だから生きて元気になって、精一杯頑張ってお店を彼と共に作ってみて!と。

そして一大プロジェクトがスタートしました。私の復活にそのチャンスを使わず、私を救ってくれた恩返しに、その奇跡を使って彼のお店を作ると決めたのです。

2022年11月彼の店作りがスタート

2023年1月世田谷深沢に凛とした佇まいでどこか懐かしい昭和を感じさせる造りの「割烹おか田」が完成しました。OPENして数カ月後、私の裁判もようやく終結することとなりました。破産申請をして約1年かかりました。

当初、お店を開店から1週間だけ手伝う予定をしていたのですが、なんと彼はこんな私に結婚を申し込んでくれ、私は再婚することとなり、割烹おか田の女将さんとなりました。

OPENした当時は、コロナが収まりつつありましたが、まだまだ人で町がにぎわうには程遠い状況でした。それでも陸の孤島にOPENした「割烹おか田」に来ていただけるお客様が少しずつ増えていきました。その後コロナウイルスは2023年5月に感染症法上5類に移行しました。

夢を持ってやっと作ったお店ですが、開業してからは苦労の連続でした。ですが、ご近所の方々が常連さんになってくれたり、少しずつSNSでも認知され足を運んでくださるお客様が増えていきました。

世田谷深沢に「割烹おか田」完成

やりたい事と行きたい場所 人生は選択の連続

OPENから1年と少し経ちました。

正直、主人の料理は一流。お店も毎日ピカピカに磨き、毎日早朝から市場へ足を運び仕込みをし、毎日毎日本当に手間暇かけた料理をお出ししています。しかし、立地や仕入れの高騰の問題などの理由で経営は厳しく、資金繰りや今後の事を二人で話し合いました。
頑張ってギリギリ生き残れるか?
苦境に立たされ沈没してしまうのか?
世田谷で料理屋を何とか存続させる事ができるのか?

でも、主人の口から出たのは世田谷でお店を存続させる事ではありませんでした。
「俺は、君を ずっと帰りたがっていた故郷の京都に帰らせてあげたい!」
夢だった自分の店は持てたし、楽しかったし、沢山の良いお客様たちとも出会えたし、君がずっと帰りたがってた京都に行って俺はそこで働くよ!

俺の夢を叶えてくれたから、次は君の夢を叶えたい。
大丈夫!きっと仲良く二人でいればなんとか生きていけるよ!だって君にとっては京都がホームでしょ?

上手くいくはずない
お金もない
そんな都合よくはいかない
今まで何回も危ない橋を渡って、挑戦しては命からがら生きてきた
もう失敗はしたくないし、残念な結果にもなりたくない。

私はそう思っていたのですが
朝、起きて・・目覚ましのベルが頭の中で鳴り響き、音をたててスイッチが入るような感覚になり

これまで沢山困難を乗り越えてきた、もしかしたら生きていなかったかもしれない
家族のいる京都に帰りたい
だから帰ろう・・京都に帰って 彼の店をもう一度作ろう!

こんな料理人は他のどこを探してもいないし、私が彼の料理で救われたんだから。。

彼の素晴らしい料理を、もっともっと多くの人に食べてもらいたい!

そして世田谷深沢から京都へ移転するプロジェクト開始

悲しい時も
つらい時も
落ち込んでいる時も
闇の中にいても

「美味しいものは美味しいのです。」
「美味しくないものは美味しくないのです。」

私は彼の料理を食べて「美味しい!」って言ってくれたお客さんたちが大好きです。
私と一緒だからです。
もちろん、この世に万人受けする料理はありません。でも楽しく笑って、大切な人たちと一緒に、1人でも、大勢でも私達と一緒に、
食べて飲んでお話して、そんな場所 そんな空間「割烹おか田」を京都に作ろうと決めたのです。







私にとって彼は魂の料理人

彼の料理は本当に本当に丁寧で、端から端までに魂が込められています。料理が大好きな彼は休みの日でも料理をしてくれます。私を救ってくれた料理を世界中の人に食べてもらいたいと思っています。シンプルだけど深くて温かくて優しい彼の日本料理は日本一だと思っています。美味しい料理を作れる料理人はきっと沢山いると思います。その中でも、私が彼を料理人としてとても尊敬している理由は、料理が素晴らしいのはもちろんですが、道具や店内に至る全てを大切つにし、毎日必ず包丁を研ぎ、鍋を曇りひとつないほどに磨き、フードも鏡ぐらいきれいに拭き上げ、修業時代に教えてもらった事を未だに習慣とし実行しているところです。
私達は現在、京都の町家に店を作るには到底足りない資金しか持ち合わせていません。けれどこのクラウドファンディングで皆様のお力をお借りして、故郷京都の町家で、彼が作る奥深くて温かい日本の四季を活かした日本料理を多くの方に食べて頂き、そして美味しく楽しい時間を過ごしてもらえる、そんなお店を作りたいと思っています。

皆様どうか!どうかお力をお借しください。

私は17年間シングルマザーで二人の子供を育てたのですが、詐欺に遭い家族に心配をかけ、いろんな人を巻き添えにし迷惑をかけました。週刊誌に載り、ニュースになり、本にもなりました。一般人の中では詐欺被害額が日本一でした。罪悪感で家族に合わす顔がなく、京都に帰るのを諦めようしていた、こんなボロボロの私と再婚し救ってくれた料理人の日本料理のお店を京都に作りたい。そして私も家族のいる故郷に帰りたい。皆様どうか私達に力を貸してください!どうぞよろしくお願い致します!

京都移転までの道のり

現在東京世田谷で「割烹おか田」を営業しています。京都店がOPENするギリギリまで「割烹おか田」を応援してくれた世田谷深沢のお客様に来ていただけるよう尽力したいと思っています。京都で開業までの道のりを一緒にサポートしてくれる仲間と物件探しや、今後の打ち合わせに定休日を利用して京都に行きます。

京都上京区町家でヘアーサロンをしている弟のお店は、元々私の会社とお店でもあった場所で、弟と私が仲間と一緒に8カ月かけて素人だけでリノベーションしたお店です。
町家リノベーションの監督やアドバイスには三重県農家民宿「源」のオーナーがサポートしてくれました。
弟の京都上京区町家ヘアーサロンのうか民宿 源

私の叔母も、70歳を過ぎておりますが上京区町家で1人で民泊を営んでおります。
叔母の京都上京区町家民泊

リターンについて

新しくOPENする京都店「割烹おか田」でお食事を楽しんでいただきたいので、遠方の方にも京都旅行のきっかけになるよう「お食事券」や、東京でもお土産として人気の「米粉クッキー缶」などをご用意させいただきました。
京都でも東京と同様に昼、夜共に営業予定をしております。春夏秋冬いろいろな表情のある古都京都へ、是非足をお運びいただけましたら幸いです。


今後のスケジュール

できるだけ手元に資金を残し、新しい状況を乗り越えていき、お店を多くの方に来ていただける繁盛店にしたいと考えております。固定費や経費を抑える為、住居兼店舗と考えています。支援金は町家の一部契約金、改装修繕費、当面の運転資金、新たなプロモーションの動画や、海外の方へ向けたフライヤーやショップカードなどの制作費にしたいと思っております。

【京都店開業までのスケジュール】

 6月     物件の内覧
7月    クラウドファンディング開始
7月初旬 【店舗の確定時期】2024年7月31日までに確定予定
7月    町家改修工事の打ち合わせ
7月末   クラウドファンディング終了
8月    町家リノベーション開始
8月上旬   HP内容変更準備、予約媒体の準備、フライヤーやショップカード作成
8月24日   世田谷店移転の為に閉店
8月末    設備の移送、自宅京都へ引っ越し
9月中旬  保健所やふぐ免許、消防、菓子製造などの許可申請新たに取得
9年末頃   京都町家店オープン
10年初旬  準備出来次第リターン発送


今思うこと「ご縁は偶然ではなく必然」

私達は、何かひとつが違っていても出会っていなかったと思います。彼は、自分の店を持つことは諦めていて、私は詐欺に遭って築き上げた全てを失い、生きる事を諦めそうになっていました。

あの時もう少し考えていれば、あの時に気が付いていれば・・後悔しても元に戻る事は何ひとつとして無く、前をむいて歩く事も、開き直る事もできませんでした。

けれど彼の温かくて美味しい料理を食べるようになり、本当に少しずつですが元気になっていきました。
笑えるようにもなりました。

「食べることは生きること」本当にその通りでした。素材の良さをとことん活かした彼の日本料理は野菜、魚、薬味に至るまで人間と同じように個性があり、ひとつひとつに味わい深い違いがあります。

私は東京にくるまでの25年間、本業が施術家としてリハビリや運動療法を教えてきました。柔道整復師として治療にも携わり、介護やマッサージで、元気の無い人を少しでも元気になってもらえるような施術やカウンセリングを心がけてきました。しかし今更ながら人間の体を作っているのは食べ物をおいて他ならないと改めて思いました。いろいろ絶望的な事がありましたが、その先に彼と出会え、彼の夢を叶える手伝いができたことで、人生は悪い事ばかりでもなく、失うものがあれば新しい出逢いもあるという事を知りました。

私を救った彼の日本料理を食べて、全ての人に元気に笑顔になってもらいたいです。春夏秋冬の旬のお料理を食べてもらえる「割烹おか田」を京都に作り、ずっと帰りたいと願っていた京都で、沢山の方に喜んでもらえるようなお料理を作りたいと思っております。私達にどうぞ力をお貸しください。何卒宜しくお願い致します。
白衣に足袋に雪駄が仕事着ミシュラン受賞時写真


応援コメント

薬剤師:chika(女将Friend)薬剤師:大阪店からのSTAFF&仲間 

割烹おか田のInstagramをいつも楽しみに拝見していました。手仕事の確かさ、美しさ。
プロの技は見飽きることがありません。割烹おか田の日本料理は、目に美しく食べて美味しい、本物の日本の伝統芸術だと思います。
その素晴らしい芸術的なお料理を、京都でいただけるのですね。

ぜひぜひ、京都出店を叶えて下さい。応援します。



ピアニスト:マダムH(女将Friend)

ピアニスト:大阪店創業時からの仲間

世田谷深沢から京都移転の新たな挑戦応援してます!

上京区鞍馬口での町家コンサートは
実現しなかったので、次の場所での

町家コンサート実現できたら嬉しいです!

きっと成し遂げると思うので、頑張ってください!
OPENしたらお店に行きますね!

昔、お互い貧乏すぎてカレー屋「カンテ」で二人共、飲み物しかオーダーする事ができなかった時が懐かしい!また頻繁にお茶しようね!



看護師:たむちゃん(女将Friend)

看護師:大阪店からのSTAFF&仲間 
出会いは約25年前子育てで悩んで病んでいた私は奈良のアロマ教室に通っていて、そこに遊びに来ていた先生と出会いました。
先生は普通の人達が考えられないような苦労を沢山経験してましたが、いつも一番どん底の時を脱した頃に連絡があるので、今迄私は何も助ける事ができませんでした。シングルマザーでも、いつも挑戦し続けてた先生と一時期、共に働くこととなり人間としてやり直させてもらいました。
東京に行き、詐欺に遭い窮地に立たされたこともあったけど、その先に再婚して女将になったと聞いた時は本当にようやく幸せになれたんだなと、とても嬉しくもあり、すごく安心もしました。
これからは私が出来ることで何か恩返しが少しでも出来れば光栄です!
京都にお店が移転してくるのを心待ちにしています!応援してます!


デザイナー:Fumizo(女将Friend)

デザイナー: 大阪店創業時からの仲間

おか田さんの料理は、最初から最後まで繊細。

毎日毎日朝の4時から仕入れ、早朝から仕込み。丁寧に丁寧に、一人一人のお客様のために料理をする。これは日本伝統の大切な技術、まさに芸術だと思います。京都は世界各国からの観光客が訪れる場所です。そこで、たくさんの方に本当の日本料理を知っていただきたいです。

この才能を埋もれさすのは本当にもったいないと思います。

職人さんなので、自分をプロデュースするのは苦手で、その分、妻である女将さんが縁の下の力持ちをされていて、素敵なご夫婦だと思います。

必ず京都で素敵なお店ができますよう、応援しています!

支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

コメント

もっと見る

投稿するには ログイン が必要です。

プロジェクトオーナーの承認後に掲載されます。承認された内容を削除することはできません。


    同じカテゴリーの人気プロジェクト

    あなたにおすすめのプロジェクト