山崎マイキ - GROW UP ワンマンライブを満員のお客さんで大成功させたい!

山崎マイキの初のワンマンライブを12月6日に開催するため、クラウドファンディングがスタート。ドームでのライブを目標に関東に拠点を移し、のし上ろうとする山崎マイキのステージで劣等感から出るポジティブなパワーを届けます。ネガティブな思考から抜け出す『起点』となるワンマンライブになることをお約束します。

現在の支援総額

296,000

59%

目標金額は500,000円

支援者数

53

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/08/10に募集を開始し、 53人の支援により 296,000円の資金を集め、 2024/09/30に募集を終了しました

山崎マイキ - GROW UP ワンマンライブを満員のお客さんで大成功させたい!

現在の支援総額

296,000

59%達成

終了

目標金額500,000

支援者数53

このプロジェクトは、2024/08/10に募集を開始し、 53人の支援により 296,000円の資金を集め、 2024/09/30に募集を終了しました

山崎マイキの初のワンマンライブを12月6日に開催するため、クラウドファンディングがスタート。ドームでのライブを目標に関東に拠点を移し、のし上ろうとする山崎マイキのステージで劣等感から出るポジティブなパワーを届けます。ネガティブな思考から抜け出す『起点』となるワンマンライブになることをお約束します。

エンタメ領域特化型クラファン

手数料0円から実施可能。 企画からリターン配送まで、すべてお任せのプランもあります!

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

※山崎マイキができるまで2st STAGEの続編をこのままお楽しみください。日々、いろんなラップの動画を見たりして勉強をしていた。ぼくは、モデル事務所とグループを掛け持ちしている様な状況で完全にこの頃にはグループでの活動ばかりでモデルの仕事は少なかったです。ここでまた、心の中で決めます。「グループで売れたい!てか、売れる!!」1人で舞い上がりそんな気持ちを秘めて勢いのまま、自分の判断でモデル事務所を退所。。。退所した日の数週間後、、、メンバー全員招集された。(何事だ。。。?)そう思って恐る恐る話をきく。’’ 解散します。 ’’・・・え?心がぎゅうっと締め付けられる感覚になった。いきなり、行き場がなくなった様な感じでどうしようか悩みました。解散後、別でグループ活動をしましたがコロナ禍の影響で1年で解散。本当にフリーになって崖っぷちみたいな気持ちに陥ってましたが違いました。むしろ、これはチャンス。ぼくの変われる唯一のタイミングなのだと気づきました。ピンチはチャンスって言いますよね?そんな感じです!なので、2020年4月からソロアーティストとして活動を始めました。11月14日に最初のEP『WHAT YOU WANT』をリリースしてソロとしてのキャリアは本格的に開始しました。コロナ禍だったこともあってほとんど配信をやる毎日でした。自分の中での「コンセプト」が定まっておらず「誰にどんなことを与えたいのか」が決まってませんでした。あの時期は、応援してくださるファンの方はいましたが、ステージでパフォーマンスができない時期だったのでもどかしかったです。結果として、2年間配信の毎日を過ごしました。活動の中で楽曲は10曲のリリースして、リスナーが聴いてくれて、音楽活動が途絶えることはありませんでした。だけどぼくの中で、このままだといけないと思いソロ活動開始以来に大きく動くことを決めました。それは「新天地へ拠点を移すこと。」でした。思い立ったら即行動するタイプなので、貯金も下準備もなく関東にやってきました。友人の家を転々として約1年かけてなんとか衣食住を手に入れました(お金がなかったので不安定だった!)。ちょくちょくライブは行っていましたが、やはりまだぼくのことを知らない人ばかりでそこにはぼくのファンはいません。自分のステージは目の前のフロアに大きなスペースが出来てました。当時はとても心細く恥ずかしかったです。現実は厳しいと思い知らされました。いっそのこと「もう辞めてしまおう。」と本気で思いました。いざ、そうしようとすると今まで積んできた努力や家族、そしてマネージャーや支えてくれた数少ないファンの皆のことを思い出し、「本当にこれでいいのか?」と自分に問いかけました。「いい訳がない。」しっかり前に進みたい気持ちに気づけてなかっただけで見切りをつけようとしていました。こんな理由で辞めるのはあまりにも勿体無い、まだ諦めたくない!ともう一度心に決めて、人の心を動かす前に自分が変わらなきゃと考えました。「MYK GROW UP」というチームと新しい山崎マイキとして黒と黄色のメインカラーの衣装、ガイコツマイクがトレードマークのバイリンガルラッパーとしての活動を2022年12年からスタートさせました。定まらないコンセプトも今のマネージャーが居てからしっかりと「人生にキッカケを与える」と決めて、僕からどんどん変わる行動をお越し、みんなの変わる"起点"を作り出すことをコンセプトとしました。それから2年が経とうとしてます。ワンマンライブを控えており、100人のお客さんが会場のフロアいっぱいになって一緒に音楽を楽しみたい。関東に来て間もない頃の目の前のフロアがら空きの状態から大きく成長したぼくと、ぼくの想いに共感してくださった皆様で最高の初めてのワンマンライブにしたいです。このイベントがあなたにとっての‘‘起点‘‘となる一夜にして見せます。最後まで読んでいただきありがとうございます。引き続き、山崎マイキの応援をよろしくお願い申し上げます。


皆さんこんばんは。MYK GROW UP、山崎マイキのマネージャーです。先週末にフライヤーが完成しまして、秋葉原の電気街口の方でビラ配りを頑張っていて昨日も1時間弱配っていた山崎マイキですが、そのフライヤーのデザインを是非ともみんなに見て欲しい!!こちらです!!じゃじゃーーーんっ!こんな感じで完成しました。デザインは山崎マイキが自分で構成も考えて制作しました!真ん中のQRコードはYouTubeで作ってある「オススメ曲」リストとして4曲ほど入れてあります。街中の皆さんはきっと見知らぬ外国人から日本語でいきなりこの紙を渡されても何者かわからないだろうからまずは、QRコードを読み込んでいただいて初見さん用の音源を聴いていただくという意図ですね。YouTubeの登録者数も少しずつですが伸びてます。ビラ配り頑張っている成果ですね!まだまだ頑張ってもらいたいので本人を直接褒めるのは、もっと先にします。過ぎた話をしますと、実はこのフライヤーは2度目なんですよねーなぜかというと、本来なら裏面に詳細があったのですが、なんとワンマンライブ開催の上野音横丁の住所を間違えていたのです!!!!あああああああ、けしからん!なんて紙の無駄。( ゚д゚)もうそれは配れません。やれやれですね。なので今回は詳細を記載しておりません。間違ったものを配られてしまった方、申し訳ありません!場所、間違えないようにお気をつけください!(( _ _ ))皆様も、街中で見かけたら是非フライヤー受け取ってくださいね〜!!★引き続き、応援のほどよろしくお願い申し上げます。


※山崎マイキができるまで1st STAGEの続編をこのままお楽しみください。その時には、まだアーティストやラッパーになるといった夢は持ってませんでした。。。漠然と、「モデルで頑張る」ということだけが脳裏にあったのを覚えてます。モデルとしてランウェイは身長の関係で厳しかったけど、被写体系のお仕事はちょこちょこいただけた。美容室新店舗のイメージモデル、ECサイト掲載のUSブランド(NIKEやadidasなど)の着用モデル、団体活動の冊子の表紙、、、などなど。ありがたいことに仕事はありました。(カメラマン:仲野光衛)半年ほど経ってオーディション番組の企画が事務所にきました。このオーディション番組がぼくの人生を大きく動かす仕事となります。モデル事務所の社長の意向でモデル事務所のメンズはみんな応募するとのことだった。1人は内容が特殊だと社長に直談判して辞退し、1人は条件に合わないと事前オーディションに勝手に応募せず、また1人はわざと別の予定を入れていた。それだけ、ハードルが高く特殊な内容だった。それでもぼくはそこで自分にとってのなにかを掴みたくて応募した。1回目のオーディションに残ったのは所属事務所からは3人。次で最終審査。ここで更に人が減る。結局ぼく以外の2人は最終審査の当日、もう一人はいなかった。結果、ぼくだけで挑みオーディションは合格。オーディション番組なので、番組内で更にオーディションが続く。ふんどしを締めてのオーディションとは、当日までは聞かされてなかったのでびっくりしたのは今でも鮮明に覚えてます。あれはほんとに驚いた。。。放送されるたびにランキング形式でそれぞれのその日の評価を公開する仕組みの番組。ちなみにぼくは下から数えた方が早かったです。そんな、ふんどし男たちのオーディション番組を通してSEAMOさん、DJ AViAさん、監督の佐藤徹也さんとの出会いがあり、ひとりひとりからぼくは多くのアドバイスをいただき、そのおかげでこの業界について、表に立つ人間としての在り方などなど教わり、少しずつ成長していくことができました。現在、ラッパーとして活動しているぼくの原点でもあるラップオーディションの話は外せません。オーディション番組から結成されたグループで活動が始まり、最初は様々なゲストを呼び演技などを行ってましたが、後半からは歌とダンスがメインになっていました。その流れでメインボーカル、ラップ担当のオーディションも行われた。ぼくは、このオーディションがあると知ったその日から(これだ!)と直感で感じて稽古そっちのけでラップ動画や当時流行っていたフリースタイルダンジョンという番組も見たりして少しでも周りよりラップが出来るように見漁った。審査員には紅白にも出演歴のあるラッパーSEAMOさん、名古屋のHIPHOPユニット「カルテット.」からDJ AViAさんのお二方。審査内容は即興ラップバトル、歌唱審査、最終審査といった内容だった。ぼくのランキングは最下位、自業自得だがあまり稽古に集中してなくて調子は最悪でした。ラップバトルの対戦相手はメンバー内実力はNo1。どんな分野でも一番にこなせちゃうグループのエース。いきなり、もう詰んでしまった、、、きっと番組としては下剋上が起きた!!みたいなのを期待していたと思います。でも、相手が相手。本当に勝てる気がしない。。。どうしようとみんながいないところで頭を抱えました。あの時の直感、ここまで費やした時間、今まで他を捨ててでも頑張ってきた自分を無駄にしたくない、自分を信じよう。と委縮することなく彼に挑みました。結果、、、勝利。本当に下剋上が起きた。(え、、?やばすぎる。何が起きてるの?)と本気で思いました。いきなり、ランキング一位。この調子で二次審査の歌唱審査では洋楽ラップをカマし最終審査では、SEAMOさんの代表曲のひとつ「マタアイマショウ」を本人の前で歌唱するという審査。ラップパートは完璧。サビが来た瞬間、大裏返り。これは大失点だったと思いましたがなんとか、ラップでカバーして大きなマイナスは生じませんでした。そのまま、1位で逃げ切り。1位、、、!初めて何かで1番になり、ラップ担当という役割をいただけた。小さいですが、これがぼくのアーティストとしての最初の快挙なのです。これを機に、ラップについてやヒップホップについて、もっと音楽にのめりこみました。でも、1番になったからといっても素人同然。。。浮かれてる暇はなかったです。頑張って積み重ねて数あるステージで場数を踏み、笑われてもグッと堪えて耐え抜きました。「自分はまだ下手くそだ。」と悔しく思いながらも積み重ねました。そんな中で芽生えたのが「自分もSEAMOさんやDJ AViAさんのようなアーティストになりたい。」と思うようにいつの間にかなってました。To be continued.....


皆さんこんばんは。MYK GROW UP、山崎マイキのマネージャーです。先週の日曜日に行われた氏神一番さんと香寿美さんによる西城秀樹さんのトリビュートライブに、この夏も出演したFM市川のラジオパーソナリティーの髙井さんからお誘いをいただきライブへ山崎マイキが行ってきました!現地でしっかりパフォーマンスを噛み締めたいから行きの電車でめっちゃ調べたとのこと氏神一番さんから香寿美さんや再度、西城秀樹さんについてなどなど。今年の2月まで山崎マイキは西城秀樹さんについて、正直あまり詳しくなくて色々楽曲を紹介してもらって聴いたみたい!その中で好きだなあって思った曲があってそれが『MAD DOG』のタイトル曲である「MAD DOG」と『HIDEKI DANCE3』から「Beat sreet」が気に入ったみたいでした!「MAD DOG」に関しては「めっちゃエルヴィスプレスリー感があってなんかワクワクするw」とか言ってました(笑)「Beat street」は「一昔前の四つ打ちとベースのスラップがかなりカッコ良い!ノリやすくて好きだな」と言ってましたよ会場に入り、ディナーショーということもあり、慣れない空気感があってきっと緊張していたでしょう。ちゃんと周りに挨拶できたのか。常識の範囲内で楽しめたのか。不在な私は心配でした(笑)SNSでの反応などを見る限りは、楽しめたみたいでホッとしてます氏神一番さん、香寿美さんお二人の衣装はとても綺麗で氏神一番さんのメイクもだんだん気にならなくなるくらいだったと聞きました(笑)写真などを見ると確かにとても派手で煌びやか!山崎マイキ的に一番楽しかったのは、本人もよく知っている一番最後の曲「ヤングマン」だそう。他の曲で楽しかったのは「Don’t stop the Rhythm」だったと!ミュージカルっぽくてノリノリだった!いやー、楽しめたならいいけどちゃんと勉強してきたのだろうか。。。私から質問してみました。「今回のバンドの演奏や特にキーボードの大久保治信さんの演奏がすごかった。ステージ演出も自分のパフォーマンスで使えそうなライトパターンもいくつかあってとても参考になった。」と言ってました。うむ。ちゃんとそういう側面でも会場行ってライブ見ていたのなら良し。最後に、皆さんの前で紹介もされて、認知もしてもらえたみたいで本人も喜んでました。帰りもたくさん今回のクラウドファンディングについて皆さんに説明して知ってもらって新しいご縁もあり良い機会になっていて本当によかったです。今回声をかけてくださったFM立川のラジオパーソナリティー髙井さん本当にありがとうございました。


皆さん、こんばんはMYK GROW UP、山崎マイキのマネージャーです。今回は、プロジェクト最初の時に記載していた山崎マイキの過去について皆さんに再度知ってもらおうということで長いですが、お時間ある時に是非、ご一読いただけますと幸いです。ぼくは、差別がとても嫌いです。ぼくもかつては、いじめや差別に悩み、周りに馴染めない孤独を感じていました。両親が日本、ブラジル、イタリア、ポルトガルの日系ブラジル人の間に生まれ、国籍はブラジルの日系ブラジル人として日本の小さな団地で育ちました。幼少期は、親に連れて行ってもらった戦隊モノのヒーローショーを観に行って、ツーショットを撮ってもらって少し公園で遊ぶ。そういうことが楽しくて仕方がなかった時期でした(笑)学校には、友達が少なく、独りの時間が多かったから唯一好きな洋楽を毎週のようにYoutubeでBillboardランキングをチェックして、洋楽を聴いて楽しんでいたのを覚えてます。洋楽が大好きになったキッカケは当時小学生だった僕が初めて聴いたNe-yoの『Sexy love』に衝撃を受けたのがキッカケでした。外見の違い、生活の違いで仲間外れにされる事が多かったです。うまくみんなと一緒に馴染めなくて女の子たちから集団で罵倒され、男の子たちはぼくと遊んでくれないどころか見えてない存在の様な扱いをうけた事が多々ありました。いわゆる、「いじめ」です。「どうしてぼくだけこんな風なの?」、「みんなと何がちがうの?」と心の中で思ってても親には相談できませんでした。そんな生活を生きてきました。周りの様子は伺うし、目立つことが嫌いだったし、勇気をもって発言をすることができませんでした。差別を受けてきた小中学。高校生になってからいじめ→仲良くしようとする。に変わり、「人ってこんなコロッと手のひら返しをするんだ。」とその時に初めて人の感情が変わる瞬間を見ました。高校に上がってからは日本語とポルトガル語の通訳士を目指して勉強を頑張りました。お金がなかったので、奨学金で大学進学の道もありましたが借金を抱えて大学進学は嫌だったので諦めました。リスクを負うのであれば、逆にこの見た目を武器にモデルの仕事をしようと思った。高校卒業したばかりの僕にはこの決断はとても勇気が必要でした。親からもらったこの外見を使ってできることしようと思いました。本気で頑張る為に、当時付き合っていた彼女に別れを告げ、高校卒業した年の秋頃、モデル事務所に所属して芸能界で頑張る決心をしました。あの日の決心がなければ今こうやってこの話を皆さんにお伝えすることはできてません。そして、まさか数年後に自分が衝撃を受けたアーティストの様にアーティストを志す様になるとはこの時は思いもよりませんでした。To be continued。。。


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!