こんばんは♪いつもご支援、ご声援を頂きまして有り難うございます。本当に有り難くて、泣けてきます。有り難うございます(泣)雨が降って、少し肌寒く感じます。暖かくしてお過ごし下さいね。
さて、年の順番からご紹介していますので、今日は・・・こちらのお馬さん♥
スピードリュウオー(騙20)
えっ!??オレ??(笑)
セキテイリュウオー×ヒカルライバ(母父ホリスキー)
『リュウスケ』と呼ばれる栗毛のイケメン君♥ファンシーベル(ハナちゃん)のお兄ちゃん(全兄)です。
2004年6月13日産まれ
おじいちゃんは天馬と呼ばれていたトウショウボーイです。カッコいい♥
岩手の村上実厩舎におりました。139戦11勝。850〜1800メートルを走っていました(幅広っ)貴方もたくさん走りましたねぇ・・・
2006年8月26日フューチャー2歳新馬戦(水沢)がデビュー戦。2006年10月盛岡・ホープフル(中央認定)芝1000メートルでは6番人気で1着になりました♪(グッジョブ)ダートより芝向きだったのかもしれないですね。当時のファンの方々はきっと、中央競馬の芝レースで父セキテイリュウオーの主戦ジョッキーであった田中勝春さんに乗って貰いたかったでしょう。
2007年〜2009年も1着~3着が多かったので、調子も良く、よいレース運びが出来ていたのではないかなぁと思わます。
そして2012年9月16日水沢でラストランになります。現役生活は6年間でした。その後・・禁断の場所へ・・・廃馬にするなら牧場へ返して下さいと約束していた筈です・・・(クラウンホースメイトはいつもそうやって馬を送り出す牧場でした。)ここに当時の切羽詰まった状態を記したひとつの記録があります。人物関係が判り難いかもしれませんが競馬場から肥育場に出される現状、そう言う事が普通にある事を知って下さい。


もうアカンです。泣けて来ます・・伊藤さん達のリュウスケ君に対する想いが・・よく戻って来てくれました。生きていてくれた事に感謝です(泣)
こうして、2012年10月12日スピードリュウオーは産まれ故郷の牧場に帰る事が出来ました。なるほど~馬運車が苦手で汗ビッショリになるんですね・・判る気がします。今もウォーキングマシーンに入ると汗ビッショリになります(笑) 1人(1頭)になるとソワソワしたりバタバタしたりするのは、きっと肥育場が恐かったんだね・・心細くて・・・何か命の危機が近くにあった事を感じたのでしょう。
そして12年間のんびり牧場で暮らしていましたが2024年6月、同じ牧場の仲間たちと一緒に岡山へ・・・もうずっとみんなと一緒だからね♪
「この子は健康手帳が無かったので名前が判らなくて・・・」と移動先の牧場の方に言われました。馬には1頭ずつ健康手帳という(人間でいう母子手帳みたいな)物があります。その子のワクチン接種履歴とか、移動先とかを記した手帳です。でもリュウスケ君にはありません。そうです、肥育場に渡ると言う事はもう手帳は必要無いので全て処分されてしまいます(泣)産まれた事実さえ無くなるじゃないかっ!!!! 怒りと悲しみで言葉にならなかった事、忘れません。絶対、再交付してもらう!!! 無理なら作る!!! スタッフと決めました。
他の4頭の馬と経緯が違い、スピードリュウオーとファンシーベルは競馬場から養老牧場に入りました。乗馬の経験もありません。この2頭は現役以前からチームリュウオーの所有ですが、私達、DreamHorseClubの仲間であり一員です。
肥育場から牧場に帰った直後のチームリュウオーの方の愛情溢れるリュウスケ君の記事をごらんください。写真が仔馬時代ですね。可愛いぃ♥

こんな経緯の中、頑張って生きてきた馬達のうちの1頭です。
牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。




