こんばんは♪『DreamHorseClub』河井です。
昨日は色々と夜中まで活動報告やXへの投稿作業をやっていたのですが、何とも解決しなくて(モヤモヤ)投稿出来ませんでした。これについては土曜日以降に投稿させて頂く予定です。楽しみにお待ち下さい♪
さて、さて・・今日のご紹介4頭目になります。
ドリーム・ハート(牝19)

キョウトシチー×ビジネススタイル(母父アンバーシャダイ)
2005年5月24日産まれ 愛称はユメちゃん
競走馬名は シンワユメタツ
お顔の長〜いネクタイ模様がチャームポイントです(笑)
名古屋・川西毅厩舎におりましたが・・出走の為の『ゲート試験』に合格できず又、厩舎の壁蹴りが激しく、腰を痛めていた為に未出走のまま引退しました。
この馬は私が乗馬を始めて半年後位からずっとお付き合いしている馬で当時3歳でした。最初は数人でお世話をしたり、乗り運動をしたりでしたが、まぁ〜ビックリして暴れる、人を乗せれば振り落とす(笑)、馬房で蹴りは入れてくる、気に入らなければ相手構わず噛み付いていく(笑)やりたい放題の危険馬でした。しかし、私は何故かこの馬のそう言う所が可愛くてたまらなく(笑)よく変態だと言われます(笑)付き合い続けると、ビックリするのは注意力がある事、人を振り落とすのは鞍上のバランスが悪く馬自身が恐怖を覚えているから嫌になっている事(実際は鞍上がバランスを崩して落馬するだけなんですが・・)、蹴りを入れてきたり、噛み付いてくるのは、何かの欲求や気分の損ない等である事が判りました。とにかく、生産された時にその年に産まれた馬がこの馬1頭だけだったので、可愛がり過ぎてワガママになったかもしれないと、亡くなった場長さんは言われていました。今でもすぐイライラしたり食に対する欲求が強く厩舎の壁ドンや前掻きは凄いです。(そーいえば、厩舎の仕切り板が斜めになってたなぁ・・・汗)
ほら、またすぐ怒る(笑)
そんな感じでしたから、乗馬でもダメ馬と言われ、競走馬失格、乗馬失格(人間が馬を理解出来ていなかっただけなのに・・)と言う不名誉なレッテルを貼られ、乗馬クラブから出される事になりました。出される=行き場がなければ殺処分と言う事になります。当時のインストラクターさんは、「ドリーム・ハートは次の場所に行くのは難しいでしょう」と言われました。だから、私、買い取りました!!(笑)だって、ある日、乗馬クラブに行ったら、馬房が空っぽだったとか考えれなかったのです。ここで私、この馬助けないと一生後悔するって思ったのです。
そして、私とユメちゃんは新たなクラブに移籍し本格的に馬術を始める事になりました。ユメちゃん4歳〜5歳になる頃でした。新転地に移動し、馬運車から降りてきた時に私の顔を見て初めて嘶いたユメの声を聞きました。その声は今も忘れられないです。程なくして、彼女は競技馬としてデビューし、彼女の性格が光を成したのか(笑)いつも上位入賞する様になりました。そして2014年9月北海道で行われた第66回全日本障害馬術大会パート2 MDクラスで優勝し日本1になり、故郷に錦を飾りました。ユメちゃん9歳の秋。
全日本での決勝以降乗馬を引退する2019年までの10年間、障害やダービーなどの競技に出場し、いつも入賞する活躍をしました。本当によく頑張りました。同じ頃に障害競技に出場されていたサラブレッドのオーナーさんに、「目指せ!ドリーム・ハート」「追いつけ! 追い越せ!ドリーム・ハート」と思ってやって来たのに・・引退は早すぎる。と、有り難く嬉しい言葉を頂きました。でも、もう、いいょね・・・ユメ・・・(泣)これは人間のトラブルに馬が巻き込まれる形になってしまったのです。だから、私は馬の命を守る為に北海道に向かわせるしかなかったのです。こうして2019年9月ドリーム・ハートと妹のハートオブハートは産まれ故郷のクラウンホースメイトに帰厩する事になりました。
牧場で何の心配もなく余生を送りのんびりと出来ると思っていましたが・・牧場長様の急死により再度、岡山へ・・牧場で過ごした5年間はドリーム・ハートにとってとても幸せな思い出となっているでしょう。
クラウンホースメイトにてハートオブハートと
2019年に馬が北海道に帰ってから、月に1回は訪ねて行く予定だったのですが、コロナの流行で1回だけしか行けなくて寂しい思いをさせたね。これからはずっと一緒だからね。だから、これからも宜しくね♪ユメちゃん♪
こんな経緯の中、頑張って生きてきた馬達のうちの1頭です。
牧場が閉鎖になり6頭分の大所帯での移動費、これから必要になる馬着、その他馬の為に必要な費用・・・6頭分になります。皆様のご支援宜しくお願い致します。




