2年前、私の舅は元気にゴルフを楽しんでいました。持病があったものの、まさか大動脈解離を起こして突然下半身不随になるとは思いもよらず…。その日、ゴルフのスイングと同時に症状が現れ、その翌日に大病院での手術が決まりました。「必ず後遺症が残る」と医師から説明を受けたとき、正直、私は事態を飲み込めていませんでした。でも、手術後の舅は下半身が動かない状態で、そこから2年間の闘病生活が始まったのです。介護なんて全く考えていなかった私ですが、舅が「自宅で過ごしたい」と希望し、義母と一緒にお世話をすることになりました。私は長男の嫁として、できる限りのことをしようと決意しましたが、心の準備ができていないまま始まった介護生活は、思った以上に大変でした。自分の時間がなくなり、毎日のように舅の体調の悪化を目の当たりにする日々は、神経がすり減るものでした。でも、舅はとても穏やかな人で、その性格に何度も助けられました。義母がパニックになりやすく、その対応にも苦労しましたが、舅はいつも感謝の言葉をくれました。「ありがとう」という言葉の深さを、あのときほど感じたことはありません。介護をする前は、舅と私は「遠からず近からず」の関係でしたが、介護を通して、彼に対して深い愛着が生まれたのを感じました。舅が亡くなる前日まで、自宅で一緒に過ごすことができたのは、今となってはかけがえのない時間です。毎朝、舅の家に行くのは正直しんどかったですが、いつも帰り道には涙が止まりませんでした。何も言わず、ただ二人で過ごした静かな時間が、今でも忘れられません。私の母が祖父母を介護する姿を見ていたので、介護に対して特に悪いイメージは持っていませんでした。それでも、いざ自分が向き合うと、思っていた以上に辛く、戸惑うこともありました。でも、介護を「させてもらうもの」と考えるようになったことで、舅との別れの時間をより大切に感じられたのだと思います。舅を看取った後、私は自分の終活についても考えるようになりました。自分がいつか介護を必要とするとき、家族に負担をかけたくないと思い、施設に入ることを決めました。また、葬式も行わないつもりです。亡くなった人はお墓にいるのではなく、供養は自分のためにするものだと感じています。舅の介護は、私にとって大変な日々でしたが、同時に尊い経験でもありました。あの「ありがとう」の言葉を心に刻み、これからも家族を大切にしていきたいと思います。