改めまして、このたびはクラウドファンディング『ライフエンディングの体験談を集めたWebメディアを立ち上げたい!』にて、多大なるご支援と応援をいただき、誠にありがとうございました。皆さまのお力添えにより、当初の目標金額を達成し、最終的には30名の方々から合計1,005,000円のご支援を賜ることができました。そしてこのたび、その資金をもとに準備を進めてきたWebメディア『アカシカレコーズ』を、正式に公開いたしました。まずは、この場を借りて心より御礼申し上げます。■ 立ち上げが遅れたことへのお詫び本来であれば、クラウドファンディング終了後、できるだけ早く皆さまにお披露目できる形にしたかったのですが、実際には企画のブラッシュアップやサイト構築、編集体制の準備に予想以上の時間を要しました。その結果、当初の想定よりも公開までお時間をいただくこととなり、楽しみにお待ちいただいていた皆さまには、ご心配やご迷惑をおかけしてしまったこと、深くお詫び申し上げます。一方で、この期間を通じてより良いメディア体験を届けるための基盤を整えることができたと感じています。時間はかかりましたが、その分、これから長く続けられる形にできたと考えています。■ 『アカシカレコーズ』とは『アカシカレコーズ』は、ライフエンディングに関するさまざまな体験談を集め、社会にオープンにしていくWebメディアです。終活や相続、介護、看取り、葬儀、デジタル遺品といった、誰もがいつか直面するテーマを、実際にそれを経験した方々の声を通してお届けします。終活や死後の準備というと、どうしても「まだ先のこと」「できれば考えたくないこと」と捉えられがちです。しかし、いざという時は突然訪れます。そしてその時、多くの人が何をどうすればいいかわからず、情報を探すことすら難しい状況に直面します。そんな時に役立つのが、「誰かの実際の経験談」です。教科書のように正しい答えだけが並んでいるわけではありませんが、その中には、自分や大切な人の状況に重ねて考えられる具体的なヒントや安心感があります。『アカシカレコーズ』は、この「経験知」を社会全体で共有できる場をつくることを目指しています。■ 複数の記事とコラムを公開中!現在、サイトではすでに複数の記事を公開しています。内容は、・相続税対策で直面した思わぬ落とし穴・経営者だからこそ抱えた、遺された家族の葛藤・福祉施設での忘れられない最期の時間といった体験談に加え、・エンディングノートの書き方・老後に必要とされる資金・デジタル遺品整理の進め方など、終活に役立つ情報をまとめたコラムも掲載しています。体験談とコラムをあわせて読むことで、「実際のケース」と「具体的な方法」の両方を知ることができ、行動に移しやすくなります。ぜひアクセスいただき、気になる記事からご覧ください。▶ 『アカシカレコーズ』 https://records.akashica.jp■ これからの展望今回の立ち上げはゴールではなく、むしろスタートラインです。これからは以下のような展開を進めてまいります。◆体験談の幅をさらに広げる世代や地域、家族構成の異なる方々の声を集め、より多様なケースを紹介します。◆動画やマンガによるコンテンツ化文章だけでなく、短い動画やマンガ形式で体験談を届けることで、より多くの方に関心を持ってもらえる形を模索します。◆ユーザー参加型のメディアへ「自分の経験を残したい」「誰かの役に立てたい」という方の投稿を受け付け、編集を経て掲載する仕組みを構築します。終活やライフエンディングに関するイベント開催 記事の延長として、経験者同士の交流や専門家を交えた勉強会も検討しています。■ 支援者の皆さまへのお願い『アカシカレコーズ』は、皆さまのご支援と応援を糧に育っていくメディアです。もし記事をご覧になって「役に立った」「誰かにも知ってほしい」と思っていただけましたら、ぜひSNSなどでシェアしてください。また、「こんなテーマの記事を読んでみたい」というご意見や、「自分の経験を共有したい」というお申し出も大歓迎です。■ 最後にクラウドファンディングでいただいたご支援は、Webサイトの制作費、記事制作の取材・編集費用、そしてメディア運営の初期費用として大切に活用させていただきました。時間はかかってしまいましたが、その分、しっかりとした形で皆さまにお届けできたと感じています。今後も、『アカシカレコーズ』を通じて「前向きな終活」の輪を広げ、誰もが安心して人生の最期を迎えられる社会づくりに挑戦してまいります。引き続きの応援を、どうぞよろしくお願いいたします。2026年1月Waterhuman株式会社代表取締役/起業家僧侶新谷 覚亮
7年前、父が肺がんと診断されたとき、医師からは「今生きているのが奇跡」とまで言われました。しかし、父はその後も半年近く生きてくれ、その間に相続準備を進める時間を与えてくれました。私には兄がいますが、父は兄ではなく私を相続の中心に選び、家や仏壇、お墓の管理も私に託すことを決めました。兄は神奈川に住んでいて、実家のことに関わりたがらず、また金銭的な問題で父との関係も良くありませんでした。そのため、父は私を頼りにしてくれたのだと思います。父と一緒に、実家の土地を早めに売却し、その資金を相続税対策に充てました。また、生命保険や教育資金贈与、相続時精算課税制度など、父と相談しながら進めました。私自身の元建築士としての経験を活かし、土地の登記や相続手続きも自分で対応しましたが、情報不足や手続きの煩雑さに何度も壁にぶつかりました。父は肺がんで体力が落ちていく中でも、「これが家族のためになる」と言って前向きに準備を進めてくれました。その姿に励まされながら、私も全力でサポートしました。手続きの中では、いくつかの失敗もありました。例えば、父が持っていた土地について、制度を理解しきれずに余計な税金が発生してしまいました。また、以前には祖母の生命保険の受取人を母に変更したことで、母の所得が増え、税負担が大きくなってしまったこともあります。それでも、父が「お前がいてくれてよかった」と言ってくれた言葉が私の支えでした。これらの経験を通じて、私は相続診断士の資格を取得し、周囲の人々の相談に乗れるようになりました。家族を守るためには、他人任せにせず自分で動くことが必要です。その過程で失敗もありますが、一つひとつ乗り越えた経験が大切だと感じています。父の死後、私はシングルマザーとして2人の息子を育てています。長男には障害があり、生命保険信託を活用して将来の生活を支える計画を立てています。また、エンディングノートを作成し、銀行口座やクレジットカード、各種サービスの情報をExcelで管理しています。印刷した情報を家族が確認できるようにし、私がいなくなったときに困らないよう備えています。父が最後に教えてくれた「準備の大切さ」は、私の人生を変えました。その教訓を、同じように家族を思う多くの人と共有したいと思います。準備は、家族への愛情を形にするための第一歩です。この学びを胸に、私はこれからも家族とともに未来を考え、行動していきます。
家族の死は、私たちの人生観を大きく変えるものです。私は11年前の実母のがん闘病、7年前の妹の突然死、そして昨年の義父の穏やかな旅立ちを通して、家族の最期にどう向き合うべきかを深く考えるようになりました。それぞれの別れが教えてくれたのは、「準備の有無が遺された家族にとってどれほど重要か」ということでした。母が肺がんのステージ4と診断されたとき、私たち家族はできる限りの治療を試みましたが、最終的にホスピスでの生活を選びました。母の地元である滋賀県彦根に引っ越し、私は月の半分を母のそばで過ごしました。ホスピスでは母が大好きだった犬を連れていけたことが、彼女にとっても私たちにとっても救いでした。母は「きっと治る」と信じていましたが、私と妹は最期が近いことを察していました。「苦しまないでほしい」という願いの中、最期まで骨への転移を免れたのは幸いでした。母が旅立ったとき、私は「がんは準備の時間を与えてくれる病なのだ」と感じました。家族と本人がその時間をどう使うかで、別れの形は大きく変わるのだと。妹の死は、まったく違う形で訪れました。42歳で突然亡くなった妹は、目覚ましが鳴っても起きてこず、父が発見しました。司法解剖でも死因は不明で、慢性心不全の可能性があるというだけ。アクティブで元気だった妹の突然の死は、私たち家族に大きな衝撃を与えました。妹が生命保険に入っていたおかげで経済的な負担は軽減されましたが、パソコンのパスワードが分からず、必要なデータにアクセスできないまま処分せざるを得ませんでした。準備の時間がない突然死の困難さを痛感し、私は資産やパスワード情報を紙に書き留めるようになりました。そして昨年、義父が胃がんで亡くなりました。緩和ケア病棟での最期の2週間、点滴をやめ、自然に体の水分が枯れていくように旅立ちました。その選択に家族全員が納得し、孫たちも間に合う形で見送ることができたのは大きな救いでした。義父が旅立つ直前、私は「人間は最期まで耳が聞こえている」と聞き、感謝の言葉を何度も伝えました。「お義父さんのおかげで、私たちは幸せでした」と伝えたその瞬間、彼が穏やかに目を閉じるのを見届けました。この別れは、準備があったからこそ家族にとっても穏やかなものだったと感じました。母のがん闘病、妹の突然死、義父の穏やかな旅立ち。3つの異なる別れが教えてくれたのは、「準備が遺された家族に与える影響の大きさ」でした。母と義父のように準備ができる場合、家族は落ち着いて最期を見届けることができます。しかし、妹の突然死のように準備ができない場合、遺された家族がその負担を大きく背負うことになります。今では、私は自分のパスワードや資産情報を小さなバインダーにまとめています。これを夫と娘に共有し、私がいなくなったときに困らないよう備えています。兄弟を失うことは、自分の一部を失うような感覚です。しかし、その悲しみを乗り越えたからこそ、残された家族への思いやりとして「準備する」ことの大切さを学びました。準備は、残された家族に安心を与える最大の贈り物です。この教訓を胸に、私はこれからも家族との時間を大切にし、未来に向けて備えていきたいと思います。
昨年末、夫を白血病で亡くしました。当時住んでいた広島での9か月にわたる闘病生活の末に訪れた別れは、私と4人の子供たちの生活を一変させました。夫が営んでいた牡蠣養殖業を畳むことを決断し、工場や船、バイクなどの資産を処分する過程で、私は自分の無知さや人間関係の厳しさと向き合わざるを得ませんでした。夫の病が判明したのは、牡蠣の出荷がピークを迎える繁忙期でした。そのとき私は、夫の看病、子供たちの受験対応、事業の維持と処分という複数の課題を一度に抱え込むことになりました。漁師仲間が手伝ってくれる一方で、実際には利益のある部分を持ち去られるという心ない行動も目にしました。その経験を通じて、「事業を終わらせよう」と決意するに至ったのです。夫が亡くなった後、最初に取り組んだのは船と工場の処分でした。しかし、船の売却手続きは予想以上に複雑で、別の県の買い手との交渉では何度もミスがありました。漁連の協力を得ながら何度も相談を重ね、ようやく移動の許可が下りたときには、安堵とともに自分の無力さを痛感しました。また、工場の解体では信頼していた相手に足元を見られ、高額な請求を受けるなど、知識不足が不利に働く悔しさを味わいました。そんな困難の中でも、友人たちの存在が私の心の支えになりました。特に、広島で出会った東京出身の友人が、手続きの煩雑さや精神的な負担を一緒に乗り越えてくれました。その存在があったからこそ、私は事業を無事に畳み、家族とともに東京に引っ越し、新しい環境で新たな一歩を踏み出すことができました。この経験を通じて、「本当に信頼できる人」と「距離を置くべき人」がはっきりと分かるようになりました。また、夫が終活を全く行っていなかったことも、私にとって大きな課題でした。夫は、生前に海での事故や震災を経験しており、「いつ死んでも後悔しない」という漁師特有の死生観を持っていました。そのため、契約や資産整理について何の準備もしていませんでした。その結果、夫の死後は通帳や契約書類を一つずつ調べ上げ、手続きを進める必要がありました。この過程で、「知らないことを放置するのは、残された家族にとって最大の負担になる」ということを痛感しました。現在、私は自分の終活を進めています。銀行口座や保険、クレジットカードの情報を整理し、子供たちが困らないように準備を進めています。また、まだ若い子供たちが一人で手続きを進めるのは難しいと考え、もし私が亡くなった際には信頼できる伴走者を探しておきたいと考えています。夫の死は私に多くの悲しみをもたらしましたが、それ以上に多くの学びも与えてくれました。終活とは、自分のためだけでなく、家族の未来を守るための準備でもある――そう確信しています。この経験から得た「知ることの大切さ」を、これからも多くの人に伝えていきたいと思っています。
私は福祉施設の営業職として、日々シニアマンションの入居希望者と接する中で、身元保証人がいない方や家族との関係が希薄な方の財産整理や終活をサポートする機会が多くあります。特に、昨年出会った72歳のがん末期患者の方との経験は、忘れられないものとなりました。彼女と初めてお会いしたのは昨年の4月。余命宣告を受けた彼女は、唯一の家族である姪とも連絡が取れない状況で、自分の財産や最期の準備について途方に暮れていました。5月に彼女がシニアマンションに入居されてから、私たちは財産整理と遺言書作成の準備を始めました。彼女の財産は億単位にのぼりましたが、「自分が生きた証を社会に形として残したい」という願いをもとに、寄付を含めたプランを提案しました。信頼できる司法書士を紹介し、具体的な計画を一緒に進めた結果、彼女は遺言書に2800万円での救急車寄贈や地元の福祉団体への寄付を記しました。また、長年気にしていた父親の納骨も無事に完了。「肩の荷が下りた」と笑顔で語る彼女の姿が印象的でした。この半年間の支援を通じて、私は終活の重要性を改めて実感しました。終活は本人の安心だけでなく、残された人々の負担を大幅に軽減します。この経験をきっかけに終活プランナーの資格を取得し、入居者向けにセミナーを開催しています。セミナーでは、エンディングノートの書き方や介護保険の選び方、葬儀の希望などを具体的に説明しています。ただし、最初からお金や相続の話をすると警戒されやすいため、脳梗塞や熱中症の予防など、日常生活に関わる話題から始め、関心を引きつけています。また、セミナー後には司法書士や葬儀会社と連携して個別サポートを提供しています。今回の体験を通じて感じたのは、「終活に早すぎるということはない」ということです。もっと早くから準備していれば、彼女も余命宣告後に焦る必要はなかったかもしれません。終活は「人生を安心して歩むための準備」です。これからもその大切さを伝え、多くの方が自分らしい最期を迎えられるよう支援していきたいと思っています。この経験を通じて私自身も、人生の終わりを準備することで、自分らしい最期を迎えるだけでなく、生きる時間をより有意義にすることができると気づかされました。これからもこの学びを活かし、誰もが前向きに終活に取り組める環境をつくっていきたいと思います。




