日本でも馴染みのあるアフリカンファブリック
アフリカ現地で作られるものもありますが、私たちが目にするものの多くは、中国産などのアフリカ国外で作られたものだったり、勝手にコピーされたグラフィックだったりすることは知られていません。
また、日本で販売されている衣料品のほとんどは海外産です
現代では誰でも手軽におしゃれを楽しんだり、自分の好きな服を着やすくなっていますが、日本がこれまで築き上げてきた「メイドインジャパンクオリティ」の素晴らしい技術や、その需要は絶滅に瀕しています。
それでも、
自分の生まれた国で自分の国のカルチャーを守り作り続ける人がいます。
私にはこの2つの国のファッション業界で起きていることが、同じように見えました。
私は、その国に住む人が
「自分が生まれた国は世界に誇れるものを持っているんだ!」
「ここにしかないものなんだ!」
と実感することで、今を生きる人たちがその国で生まれたカルチャーを愛おしく、守りたくなる。
その循環が起きることで、その「価値」を未来に繋げたいと思う人たちが増えていくと思っています。
だからこそ、このまま今を生きる人がこの状況を受け入れてしまっては、カルチャーを未来に引き継ぐことは実現しないのではと考えています。
この2つの課題を解決するために、「新しいクリエイティブの形を生み出し、未来に引き継いでいく」ことをここに表明します。
その国でしか生み出せないものの底力って、どんな新しいカルチャーも作っていけるんです。
紹介が遅れました。
軽く私の自己紹介をさせてください。
改めまして、中川ももと申します。
私は現在、合同会社Yaoの代表として「アフリカで作られるアフリカンファブリックの継承」と「日本の衣類にまつわるメイドインジャパン技術の継承」を最終目標に掲げ、日々活動をしている25歳の一児の母です。
アフリカ布と出会ったのは、私がCAを目指して航空高校に進学した後のこと。20歳の頃、突然SNSで『アフリカ布』に出会います。アフリカ現地で作られる鮮やかな魅力に衝撃を受けた瞬間、私の人生は180度変えられてしまったのです。
その衝撃を忘れられず、私が感じたままのアフリカ布の魅力を世に広めるべく、アパレルブランドの設立や、念願のアフリカ渡航を実現するなど、目標に向かって奔走し続けてきました。この期間にコロナ禍を経験したり、私自身が一児の母になるなど…社会情勢的にも、一個人のライフステージとしても、非常に目まぐるしい展開を乗り越え、気づけば丸5年が経過。
そんな経験ののち、「アフリカ布の魅力を伝える」という目標は変わらぬまま、現在、「Woodin」というガーナ共和国に拠点をおくアフリカンファブリックのテキスタイルメーカーの正規代理店として、日本でブランドを立ち上げ、現在は合同会社Yaoという会社を立ち上げました。
1:私たちが取り組む2つのこと
2:Made in Africaのファブリックを日本へ
3:Made in Africaのファブリックはこうやって日本に届ける
4:アフリカと日本が支え合う「Woodin × L no couture」
5:その一歩目を、日本の一等地から
6:「私の考える新しいクリエイティブ」で挑戦する
7:最後に。「夢中になれること」のミラクルを信じる
「Yao」としての目標を達成するために、私たちがまず取り組んでいくことは2つ。
まずは本物のアフリカンファブリックの認知を世界的に上げることで地位が確立され、より多くの人たちに魅力を届けることができる。
その過程で、日本にある工場の方々と一緒にアフリカンファブリックを使ったお洋服を製作し、もう一度メイドインジャパンクオリティーへの注目を再熱させていきます。
まずは、少しアフリカンファブリックについてお伝えさせてください。
冒頭でもお話ししたように、アフリカで売られているアフリカンファブリックの多くはアフリカ以外の国で作られたものです。
ただ、そんな状況でもアフリカ国内で作られるMade in Africaのファブリックもあります。
それが私たちが正規販売店を勤めるテキスタイルメーカー「Woodin社」です。
私たちが目指す「Made in Africaのアフリカンファブリックの世界的な認知度をあげ、地位を高めていく」ための手段として、まずは日本で「Woodin社の正規代理店」になり、様々な手段で認知度を上げることからスタートします。
もともと私がアフリカンファブリックに出会った時は、アフリカ以外の国で作られているものが当たり前だと思っていましたし、インパクトのあるデザインということもあってか、ビジネス目的で参入する海外企業が多くあるというのが現状でした。
実際、アフリカ国外で作られるものの方が流通量が多く、その中にはWoodinのようにテキスタイルメーカーのデザインを不正に模倣したものも多くあります。
ですが、本場のガーナで作られるWoodinの布に実際に触れたとき、ビジネスのためではなく、アフリカに生まれた人たちが、自分の国のために作り続ける誇りの重さを感じ、作り手のスタンスの違いを感じました。
「これがこの国の力なんだ」と。
そして私は、6月にガーナに渡航し、Woodin社の本社と工場を視察。実際にMade in Africaのファブリックを作っている人々に出会いました。そこで出会ったWoodinのマーケティング責任者のエマニュエル氏は、この状況に対して、
「僕たちは淡々と“Made in Africa”で作ることをやり続ける。そうすれば必ず市場が広がる」
と熱い眼差しで語っていました。
Woodin社の中には、蒸し暑い工場の中でずっと布を作る人たち、Made in Africaの市場を広げたいと思い仕事に奮闘する人たち、1年中ガーナを旅して布のデザインを生み出す人たちがいます。
(ちなみに、エマニュエルとの関係にはまだ続きがあります。運命的なお話しはまた別の章でお伝えします)
合わせてWoodinの存在は、世界からみたアフリカンファブリックの品位を保つ役割もあり、海外製のものや模倣品が流通する市場の中でMade in Africa(アフリカ国内で作られるもの)は大変重要な役割があります。
私はこの経験から、
長い目で見たときにその地に住む人がその地の未来のために作るものを消費することが、国の発展、ひいては、世界の発展にも繋がる
と感じました。
なので私は、「ビジネスライクではなく、その人たちの心のうちから出てきている愛を一緒に大切にし、私ができることを探そう」と思いました。
そして辿り着いたのが、日本で広めていくことでした。
ではなぜ日本なのか?それについてはこの画像をご覧ください。
最終的には、
アフリカ国内でもMade in Africaのファブリックの方が海外製や模倣品を上回って普及され、いつの間にか現状が塗り替えられるという未来を目指していけたら
と考えています。
すさまじい規模の話ですが、私が生きている間に叶えられずとも、これを受け継ぎ、何年先の未来でもいいので実現して欲しいと本気で願っています。その未来を生きているうちに見れなくても、一人でも多くの人がやり始めなければと思い、今回、筆をとった次第です。
日本で布だけで販売していくのはかなり困難を極めると感じており、そこで着目したのが
「アフリカ式」オーダーメイドという仕組み。
「アフリカ式」とは、アフリカの布物界隈で育まれた独自の“支え合い”文化を指しています。
具体的には、布屋と仕立て屋(テイラー)が近隣エリアで商売し、顧客が両者を往来・利用することでお互いの需要を創出していくモデルを指します。好きな布を選んで、採寸し、服を作っていくスタイル。
そこで、
「L no couture(エルノクチュール)」という、オーダーメイドを主としたアパレルブランドを設立します。
お客様にその場でお気に入りのアフリカ布・パターンを選んでいただき、採寸をし、お望みの服を完成させる「アフリカ式」オーダーメイドを採用しました。これにより、アフリカンファブリックの文化・価値をも丸ごとお届けすることを叶えていきます。
と、同時に今まで運営してきた名古屋のアフリカ布ブランド〝L〟は、L no coutureとブランドイメージやコンセプト、価格帯や商品のラインナップなどを全く別物に運営してまいります。L自体も体制を整えていく必要がありますので、少しの間はLCの活動をメインにしていきます。
このオーダーメイドスタイルでの運営に欠かせない存在が、現在業務提携をさせて頂いている愛知県にあるパターン・縫製工場さんです。
オーナー兼、デザイナーの和久井ゆかるさんと
「アフリカ式」オーダーメイドの実践は、
日本の繊維業界が抱えている問題の解決にも繋がると考えています。
一度皆様が今着ているお洋服のタグを見てみてください。よく見る海外の国名が書かれていませんでしょうか。そしてMade in Japanと書かれているお洋服のタグをみたことはありますか?
そもそも国内のアパレル生産量は、低価格の輸入品(ファストファッション)が日本で展開され、生産拠点が中国を中心としたアジア諸国に移ってしまったこと、後継者不足などが原因で、コロナ禍・円安をもってしても、年々減少。
生産率は1970年代は80%〜90%以上⇒現在10%以下になっています。
しかしながら日本には、高い技術を持ちながら、高品質なメイドインジャパンクオリティーのプロダクトを生産する工場やメーカーがまだ残っています。実は、布に関わる者として「繊維」を学びたいと思い、今年一年で日本の紡績工場やテキスタイルメーカーを訪問しました。
そこで出会った企業の方々は、
伝統技術を守りながらも、国内需要や市場状況に応じて挑戦をし続けられており、日本が誇る技術の裏には、熱い思いを持つ人たちがいて魂を燃やしていることを知りました。
こうやって日本らしさは全国の至る所で守られてきたんだと実感しました。
左:シルクの産地でもある長野県岡谷市にある博物館
右:大阪府柏原市にあるボタンメーカーの松村釦株式会社様を訪問
左:愛知県一宮市にある繊維産業が盛んな尾州(びしゅう)を訪問
右:その尾州にある木玉毛織さんのガラ紡(糸作り)を見学
「ここまで繋いできてくださったものに対して、私たち20代はどんなことをしていかなければいけないのか」
なので私たちは、前途したBLESSINGさんにデザインからプロダクト作りの全てをになっていただくスタイルで運営してまいります。
私たちが作るお洋服は全てメイドインジャパンです。
そしてゆくゆくは、日本国内で生産される布とアフリカンファブリックを掛け合わせたプロダクトなどを作っていきます。
私たちが愛おしい自分の国にできること、それは
アフリカンファブリックを使って、衣類にまつわるメイドインジャパンクオリティーの技術やプロダクトを継承していくこと。
この私たちが生み出した新しいクリエイティブの形の一歩目のお披露目として、2024年12月には「Woodin×L no couture」としての初となるPOPUPを開催します。
日程:12月16日(月)〜12月29日(日)
場所:東急プラザ 銀座(銀座駅 地下鉄出入り口直結の地下1Fフロア)
時間:11:00〜21:00
※変更の可能性もありますので、L no coutureのストーリーでオープン時間はご確認下さい
▼「L no couture」Instagramアカウント(フォローでの応援もお願いいたします!)
L no coture 公式Instagram
大きく見える未来は、この一歩目から作っていきます。
まずは今できることを少しずつ積み重ねること。
私はたち、こうやって大きな未来に小さな一歩の積み重ねで向かっていきます。
ここまで「クリエイティブ」という言葉を沢山使ってきましたが、ここにはこだわりがあります。なぜかというと、私たちは「ビジネス」というものを主としていないからです。
誰かの血が通っていて、背景には人の思いや情熱が乗っている。私がアクションを起こす中でそんな温かい愛が一番大切。
なので、私はそのイメージを崩さない「クリエイティブ」という言葉にこだわっています。
私たちは富を生み出す目的でこれをやっていません。
人が生み出す愛おしいものを愛したい、それをこれからも絶対途絶えさせたくないという思いでやっています。
もちろんただそれには、「数字的な結果」というものも不可欠なので本気で向き合いもします。
ここは大切なバランスなので、ここに記します。
そして、私には2歳になる息子がいます。
今回の正規代理店の話を持ち掛けてくれたエマニュエルにも1歳の娘がいます。
(エマニュエルとはガーナでの出会いから大切な友人になりました。その話は、番外編へ)
息子が住む日本も、大切な友人たちが住むアフリカもただ国が違うだけで同じ地球にいます。私が社会に出てから感じた経済や未来に感じた不安を、彼らの生きる未来のためにできるだけ払拭したい。いまの私にできることは、ファッションの領域からアクションをしていくこと。
なので、私にできるやり方で、「新しいクリエイティブ」の形をこのように作り出しました。
私の願いは、
各々の国の子どもたちが、自分の国で作られたものを愛おしく思い、また誇りに思い、自分の国をもっと愛して欲しい。
そしてそれはまた次の世代に繋げていって欲しい。
「L no couture」の展開・クラウドファンディングを立ち上げるにあたって、実は私の中で大きな葛藤がありました。私の活動の根本である「アフリカンファブリックを世の中に広めたい!」という思いは、エゴなのではないか?その想いを世間にむりやり押し付けてはいないか?と…
しかし、想いを貫き通してきたからこそ、このプロジェクトはここまで大きく温かいものになり、世界人口80億人のうち、たった一人の私にしかできない“自分の子供たちが誇れる未来”づくりへと繋がりました。自分が“夢中になれること”から生まれる熱意は、ときに思いがけない方向へ物事を進めてくれる。それを5年かけて『アフリカンファブリック』が教えてくれました。だからこそ私は、その可能性を諦めずに信じて続けます。
このプロジェクトを開始するまでも、かなり苦しい期間もありました。
何回も書き直したプロジェクトページ
何度も不安に押し潰された夜
世の中に溢れる素晴らしいブランドを見て、悔しくて悔しくて泣いた日
事業の成長だけではなく、自分自身の成長までもを求められる日々
でも、このクラウドファンディングと東急のイベントが終わる12月末には全てこれがあったから今があると思えていると思います。
最後に。私の周りにいてくれる全ての皆さんに愛をこめて。
これから一緒に、未来を作っていってください。
中川もも
「資金の使いみち」を見てくださっている皆様へこそっとお知らせ
現在常設店舗の設置に向けて走り出しております。ただもちろんそれは資金次第。
ですので今回は、前回の目標金額の50万円を遥かに上回る300万円を設定させていただきました。
資金の使い道は下記の通りです。
受注生産分 60万円
業務委託費用などの運転資金 40万円
継続的な仕入れ 70万円
常設店舗に向けた準備 79万円
キャンプファイヤー手数料 51万円
◆合同会社Yao メンバー紹介
◆リターン品にご協力いただいた企業様
◆番外編!Woodin社正規代理店×「L no couture」誕生秘話
Woodinとの出会いは、ブランドを作った3年半前。
触った瞬間に一目惚れでした。
ですが、3年半前の当時は、日本にほぼ流通していないため、入手することが非常に難しい状況でした。なので、ブランド立ち上げ当初の2年ほどは西アフリカへ渡航する友人を通して現地の直営店から仕入れてもらったり、SNSを介してWoodinへの愛を発信し続けていました。
それでも諦めきれない私は、Woodin社と直接コンタクトをとるために、数多くあるWoodin社の会社窓口にメールを送りましたが、返信はなく…そんな中、昨年9月のある日、転機が訪れます。
私のSNSアカウントに届いた一件のDM。送り主はWoodinトーゴ支社のアカウントからでした。「直接仕入れをしたい」と連絡していたメッセージについに返信が来たのです。
Woodin支社からのDMには「ここにメールをしてみて!」という文章と、Woodin本社に在籍する責任者直通のメールアドレスの記載が…!
左:1番最初に手に取ったWoodin
右:実際のメッセージのやりとり
こうして私はWoodin社とオンラインミーティングする機会に恵まれ、私がWoodinを愛している気持ちを現地の皆さんにぶつけました。やっとやっとWoodinへの愛を伝えられる、そしてそれを伝えた時に言われた「愛してくれてありがとう」という言葉に企業間の真面目なミーティングでしたが、涙がでてきてしまいました。
この想いが通じて、Woodin社との直接取引させていただけることに。
ただ、1番知りたかった製造過程については模倣の恐れがあるため、口頭では教えてもらえたものの、写真や映像を見せることはできないと言われました。ですが、
「もも!ガーナにおいで!全部見せてあげるから!」
と言ってもらい、絶対にガーナへいかなければいけない、こんなきっかけでガーナ渡航を決意しました。
Woodinとの初めてのミーティング
本社の方には「本社や工場には限られた人しか立入許可しない。今までたくさんの依頼を断ってきた。でも、あなたは特別だよ。」と言ってくださいました。
私のこれまでの仕入実績と、ビジネスライクではないWoodinへの“純愛”を感じてくださったからこそ実現した奇跡でした。
ガーナは土地柄上いつでも暑い国で、工場内はすごく蒸し暑かったのですが、汗を拭くことも忘れてたくさんの質問をし、働いている人たちの顔を目に焼き付けてきました。喜びを噛みしめるのも束の間、この滞在期間中に運命的な出会いを果たすことになります。
それが、先ほど登場したWoodinのマーケティング責任者のエマニュエルなのです。
ガーナ渡航中の写真
ブランドの未来を決める重要人物であり、日本が大好きで愛らしい人柄の彼。私たちはすぐに意気投合し、ガーナ渡航中も食事に行ったり、帰りの空港まで送迎してくれたり。別れ際には日本で再会することを誓うほど仲が深まっていました。
そしてなんと、その2ヶ月後、彼は本当に日本に来てくれたのです!
日本滞在中には、私が主催するPOPUPに出向き、サポートしてくれました。この期間に“Woodinを想っている人達が日本にもたくさんいる”ということを実感してくれたのだと思います。
そんな折、エマニュエルからある重大な提案を受けることになります。
「もも、日本でWoodinの正規代理店をやってみない?」
Woodinにとっても日本での代理店展開は初めてのこと。日本におけるアフリカンファブリックの浸透度や、私のアフリカンファブリックにかける熱量を見込んでのオファーでした。私の答えはもちろん…
「YES!!!!」
エマニュエルを日本に招待
◆応援メッセージ
株式会社bona 代表の奥 祐斉さん
一般社団法人LIFE IS ROSE 理事/SNACK LIFE IS ROSE 稲川雅也さん
Yoofin CEO 関根賢人さん
国産アフリカ人&ア福リカのカカさん
ア福リカ・あかちょさん
AFRICA ROSE 代表取締役/一般社団法人理事 田中秀行さん
株式会社オンリーストーリー広報/株式会社ユニーク代表取締役 山崎貴大さん
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