海に沈む前に。
青森・湯ノ島弁財天
いま、失われようとしている風景があります
青い海に浮かぶ、湯ノ島と海中の大鳥居
青森県青森市の東端、浅虫温泉。その沖合に、青い海に浮かぶ小さな緑の森「湯ノ島」があります。
海の中から朱色の大鳥居が立ち上がり、島には弁財天を祀る社が静かに鎮座する——
この風景は、平安の昔から村人と旅人に愛され、かつて「東北の熱海」と呼ばれた浅虫の象徴でした。
しかし今、その大鳥居は長い歳月と荒波・風雪に耐えきれず、倒壊の危機に瀕しています。
もし倒れ、流されれば——神域は失われ、二次災害の恐れさえあります。
いま、誰かが動かなければ。
私たちは、先人の祈りが込められたこの鳥居を、未来へ繋ぐために立ち上がりました。
鳥居再建に必要な費用と目標金額について
本事業では、以下の費用が必要です。
基礎工事費:約650万円
鳥居建設費:約1,200万円
合計:約1,850万円
この他に、
クラウドファンディング手数料
設計・測量・安全対策費
資材価格変動への備え
リターン制作・発送費
竣工奉告祭など神事に関わる費用
といった諸経費が必要となります。
現在、湯ノ島弁財天をお守りしている団体は、高齢化が進む10名ほどの会員による小さな会です。年会費のみでこの規模の事業を行うことは、正直に申し上げて不可能です。
そこで私たちは、
**本プロジェクトの第一目標金額を2,500万円**と定め、
この歴史ある鳥居を未来へ残すための資金を、クラウドファンディングで募るという決断をいたしました。
※万が一、目標金額を上回るご支援をいただいた場合は、
桟橋や島内整備など、参拝環境の向上に充てさせていただきます。
※インターネットでのご支援が難しい方、あるいは企業・団体として本事業への関わりをご検討くださる場合は、下記のお問い合わせ先までご連絡ください。内容を確認のうえ、個別にご案内させていただきます。
【お問い合わせ先】
yunoshima.jinja@gmail.com
湯の島を愛する会 桜田
※仮に第一目標金額に達しなかった場合でも、皆さまからお寄せいただいたご支援は、
基礎工事(海中コンクリート基礎)の着工
鳥居再建に向けた準備・設計工程
安全確保のための対策
を優先して実施するために、大切に活用させていただきます。
基礎工事は海中という特殊な環境上、大潮の干潮時にしか行えない工程であり、時期が限られています。そのため、まずは基礎工事を確実に進めることが、鳥居再建への第一歩となります。
なぜ、私が立ち上がったのか(自己紹介)
はじめまして。
**「湯ノ島を愛する会」会長の桜田紫央龍(さくらだ しょうりゅう)**と申します。
当会は25年前、先代会長・中村嘉宏氏により発足され、昭和後期より途絶えていた神事を復活させ、湯ノ島に鎮座する弁財天・龍神をお守りしてきました。
私は普段、スポーツ接骨院の院長・アスレティックトレーナーとして働いています。
限られた時間の中で活動を続けてきましたが、高齢化により、これまでの役割を果たせなくなっていく会員の姿を目の当たりにし、「自分がやらなければ、この場所は本当に失われる」そう強く感じるようになりました。
島へ渡る唯一の船頭さんが引退されると知ったとき、私は船舶免許を取得し、自ら船を購入しました。社殿の掃除、修繕、島の清掃をいつでも行えるようにするためです。
さらに、参拝者を安全にお連れできるよう遊覧船免許も取得しました。
神道についても独学で学び、祓詞・祝詞を唱え、宗祀して参りました。
ある日、「せっかく奉仕するなら、神に失礼のない正しい作法を身につけよう」そう思い立ち、神社本庁認定の神職資格取得を決意しました。神様に背中を押されたような気がしました。
仕事を続けながら大阪国学院で学び、実技・筆記試験を経て、正式な神職となりました。
その姿を見て、先代会長はこの会を私に託してくださいました。
神社が、神社であり続けるために
神は人の敬ひによって威を増し
人は神の徳を以って運を添う
神社は、人々が訪れ、祈り、手を合わせることで生き続けます。
鳥居の再建はゴールではありません。再建をきっかけに、
・安心して参拝できる環境づくり
・島内整備
・桟橋の整備
・将来的な遊覧船の再開
を進め、多くの方が再びこの場所を訪れる神社を目指しています。
湯ノ島を守る活動を続ける会長・神職 桜田紫央龍
湯ノ島という、特別な場所
湯ノ島は、600〜700万年前の火山活動によって生まれた島です。溶岩の冷却による柱状節理が形成され、火の神・水の神が融合する聖地として古くから信仰されてきました。人が渡った当初、島の海中からお湯が湧き出ていたことから、その名があります。
島の西側に見られる、火山活動が生んだ柱状節理
平安末期には慈覚大師・円仁が源泉を発見し、浄土宗の開祖・法然もこの地を訪れたと伝えられています。
江戸時代の「温泉番付」には**「前頭四段目・津軽浅虫の湯」**の名が記され、全国的にも知られた温泉地でした。
また浅虫は、世界的版画家・棟方志功が愛した地でもあります。湯ノ島と大鳥居は、彼の作品にも描かれています。
「海も山も温泉も」——今も語り継がれる浅虫の標語
棟方志功の作品に描かれた、湯ノ島と鳥居の姿
空撮部分動画提供:ゆきと支配人様
湯ノ島は、カタクリの群生地としても知られています。毎年4月には島中に可憐な花が咲き、長年にわたり「カタクリ祭り」が開催されてきました。
平成の終わりとともに一度は中止となりましたが、現在はお清めや厄祓い祈祷も受けられる「カタクリ厄祓祭」として、新たなかたちで再スタートを切っています。
春だけでなく、通年を通して人々が訪れる場所となることを目指しています。
愛されてきた浅虫温泉
宿場町として栄えた浅虫には、俳壇の巨匠・高浜虚子が訪れ、青森の文豪・太宰治も長きにわたり滞在しました。町の目抜き通りはかつての奥州街道で、吉田松陰も歩いた道として知られています。芸術や表現と縁の深い弁財天信仰が息づくこの地は、時代を超えて多くの文化人を惹きつけてきました。
昭和中期 人で賑わう浅虫駅前
温泉街の通りでは盛大にお祭も開催されていました
海、水族館、遊園地。浅虫は多くの観光客で賑わっていました
温泉街を歩く芸者たち。100名を超す芸者を擁した花街の時代もありました
芸者組合は、町の祭りで座敷とは違った演目を披露していました
町内を練り歩く神輿。地域の人々が一体となった祭りの風景写真提供:浅虫町会
かつて浅虫は、温泉と海、文化と人の賑わいが重なり合う町でした。湯ノ島と海中の鳥居は、そうした浅虫の風景の中で、長い年月、人々の暮らしとともに在り続けてきました。
しかし時代の流れとともに町の姿は変わり、鳥居もまた、波と風雪にさらされながら老朽化が進んでいます。いま手を打たなければ、この風景は失われてしまうかもしれません。
湯ノ島の鳥居は、単なる宗教施設ではなく、浅虫という町の記憶と景観を象徴する存在です。この場所を未来へ残すため、どうか皆さまのお力をお貸しください。
弁財天宮 湯ノ島神社由緒
復元された北前船 「みちのく丸」
江戸時代、北前船が大シケに遭い、大坂の豪商・蝦夷弥左衛門一行が湯ノ島に漂着しました。
乗組員は全員無事、積み荷も失われなかったことから、
「海の神・弁財天の御加護」と深く感謝し、
この地に弁財天を祀ったと伝えられています。
江戸時代、津軽海峡を行き交った北前船の姿を今に伝えています(野辺地町常夜灯公園)
また郷土史研究家の説では、1477年(室町時代)に浅虫八幡宮で合祀され始めた弁財天が、1695年(江戸時代)になって湯ノ島へ遷座されたと言われています。
湯ノ島弁財天は、海の安全、技芸上達、商売繁盛の神として、漁師・芸妓・宿場・商家など多くの人々の信仰を集めてきました。
江戸時代の紀行家・菅江真澄(1754 - 1829年)は天明8(1788)年に浅虫の地を訪れていますが、著作中に「湯野島 弁天堂」の名を残しています。
参道の階段
現在の拝殿
創建当時の石段を今に残す本殿
現在の大鳥居の状況
5年前 すでに神額が失われ、額束のみが残っていました
現在の大鳥居は、昭和31年、戦後復興の中で地元有志により建立されたものです。
70年の時を経た今、修繕では対応できないほど腐朽が進み、倒壊は時間の問題です。
しかし、倒れてからでは遅いのです。
撤去・処分だけなら可能かもしれません。けれどそれは、浅虫の象徴を失うことを意味します。
私たちは、「失われたあとで嘆く」のではなく、失われる前に守る選択をしました。
以下の写真は、5年前・3年前・現在と、時間の経過とともに進行してきた大鳥居の劣化状況を記録したものです。
3年前 笠木の腐朽が進み、部材が落ち始めました
3年前 塗装の剥がれは見られるものの、柱の腐朽は深刻ではありませんでした
現在 柱の内部まで腐朽が進み、向こう側が見える状態です
現在 貫(ぬき)を通す部分が著しく弱り、貫が折れれば鳥居全体を支えられない状態です
写真が示すとおり、大鳥居の劣化は年々進行し、現在は構造そのものに深刻な影響が及んでいます。
応急的な対応では安全を確保できず、再建以外に道は残されていません。
鳥居再建の先に描く未来
・再び海に立つ大鳥居
・安全に参拝できる湯ノ島
・四季を通じて人が訪れる神域
・カタクリ祭の継続と発展
・浅虫の景観と誇りの再生この場所は、過去の遺産ではなく、未来へ手渡す文化だと私たちは考えています。
リターン(ご支援への御礼)
※詳細はリターン欄にてご確認ください。
御朱印・御神札・島めぐり乗船券・厄祓い祈祷・旧鳥居材を用いた御守り、鳥居への奉納名刻印など、この場所ならではの返礼をご用意しております。
※リターンの多くは、島での体験や神事など、実行者自身の奉仕によって成り立つ内容です。
そのため、皆さまからのご支援は可能な限り鳥居再建そのものに充てさせていただきます。
スケジュール
3月 クラウドファンディング終了
4月 鳥居再建工事着工
リターン発送開始
7月 鳥居完成の竣工奉告祭
応援メッセージ

株式会社ジェイイーエス
代表取締役
佐藤雄功進
桜田紫央龍先生が、湯ノ島の大鳥居を未来へ残すために立ち上がられた──。
そのお話を伺ったとき、「桜田先生であれば、ぜひ力にならせていただきたい」と心から思いました。
私は、どのような事業においても、もっとも大切なのは“その事業に携わる人の人間性”だと考えています。
まして今回のように、古くから地域の人々を見守り続けてきた神事に関わるのであれば、なおさらです。
青い海に浮かぶ緑の森に鎮座し、浅虫の人々を救い、支えてきた湯ノ島神社。
その入り口であり、結界でもある海中の赤い大鳥居の再建事業は、まさに浅虫の象徴そのものです。
世界的版画家・棟方志功も心を動かし、作品に残したほどの存在でもあります。
だからこそ、この事業は「ふさわしい人」でなければ務まらない──私はそう思うのです。
社殿の掃除・修繕、島の清掃のために船舶免許を取得し、参拝者を運ぶために遊覧船免許まで取得。
さらには神職の資格取得に至るまで、すべてをご自身で積み重ねてこられたその姿勢。
最初にお話を伺った瞬間、湯ノ島の神様方が “桜田先生をご指名された”のだとさえ感じました。
弊社と桜田先生とのお付き合いは 20 年を超えます。
その間、スポーツ接骨院の院長・アスレティックトレーナーとして、
人のために尽くす姿勢、誠実さ、そして揺るぎない情熱を、私たちは幾度となく目の当たりにしてきました。
東日本大震災後には、避難所暮らしの方々のために完全ボランティアで被災地を巡り施療されたこと。
プロバスケットボールチーム、国体、各スポーツ競技の大会では、
資金的に厳しいチーム事情を知れば、休日返上、あるいは休診してまで選手に帯同されたこと──。
「誰かを救いたい」「役に立ちたい」という想いに一切迷いのない、その真っ直ぐさは、
これまで出会った多くの人々を、間違いなく深く支えてこられました。
湯ノ島の大鳥居は、ただの建造物ではありません。
地域の誇りであり、人々の祈りの象徴です。
その灯が消えかけている今、桜田先生の挑戦は浅虫にとっても青森にとっても、
そして“日本の祈りの文化”を守るうえでも、極めて大きな意味を持っています。
この挑戦が、多くの方々の心を動かし、共に未来をつくる力となることを、心より願っております。
どうか皆さまのお力をお貸しください。
神事──それも大鳥居の再建に携わる機会は、望んでも得られるものではなく、“ご縁”によってのみ開かれるものです。
皆さまにとっても、人生を振り返るとき「関われて良かった」と胸を張れる、大きな宝となるに違いありません。
湯ノ島の海に、再び凛とそびえ、人々を見守り続ける大鳥居を──。
現代に生きる私たちが未来の日本人へ手渡す、“想いのリレー”であると信じています。
印章彫刻士
「田丸印房」五代目当主
田丸 琢
青森・浅虫は、縄文の時代から人と自然が共に在った聖地であり、
湯が湧き、人の想いが行き交ってきた「熱」のある土地だと思います。
その記憶を受け継ぐ浅虫で、桜田さんが先頭に立ち、
もう一度この地に場と祈りを立ち上げようとする姿に心を打たれました。
失われたものを嘆くのではなく、自ら熱を引き受け未来への火を灯そうとする男気に、
同じ時代を生きる一人として、静かに、しかし確かなエールを送ります。
最後に
湯ノ島の大鳥居は、
人々の祈りが重なり、時代を超えて立ち続けてきた「想いの象徴」です。
この鳥居を未来へ繋ぐため、どうか皆さまのお力をお貸しください。
海に沈む前に。ともに、この祈りを未来へ。




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