
2020年、ちょうど流行病のさなかに立ち上がったわたしたちのプロジェクトは、チームメンバー皆がアロマやハーブによって疫病対策の効果を実感していたこともあって、「自然のめぐみにまもられている」思いをカタチにしたいという強い願いからはじまりました。
Shield72°の製品名は、そうした願いをこめて「まもる」=「Shield」と決定しました。
Shieldのロゴマークは、未知に対する不安を少しでも和らげて、未来に希望をつないでいけるようなエールにしたい。
だからその商品を見るだけでも、元気がチャージされるようなロゴマークにしよう。
ということで、ロゴデザイン制作がスタートします。
「見るだけでこの奇天烈な時代の転換点を元気にのりきれるようなマークって、いったいどんなものだろう?」
観るだけでなんとなく元気がでる。
それをめざすにはこの世界、この宇宙の、共通言語である数字が必要なんじゃないかと思い至りました。
言葉は時代によってとらえ方や印象が変化していくものだし、常識や通念だって5年10年であっという間にひっくり返る時代です。
だから未来に希望をつないでいきたいというコンセプトそのままに、宇宙共通言語である数字をロゴにくっつけて、その形も表現できたらいいのでは、と考えました。
そうして数字は何にするか、というフェイズに移行します。
ところで数には本性というものがある(らしい)のです。
そこで1~9までのマインドマップを皆で作りながら、数の解体と再構築がはじまります。
1はシュッとしてるよね、
2はふわっとしてるよね、
3は活発な感じがする、
4は安定感があるね、
5はわんぱくでやんちゃな感じ、
6は律儀で生真面目、
7はさらっとしてるけどストイックで、
8は肝っ玉すわってるBossyな感じ、
9はつかみどころがなくてミステリアス。
数にまつわる様々な本を読みこみ、共有し、意見交換をくりかえしました。
ピュタゴラスの定理、プラトンのイデア論、エニアグラム、十牛図、タロットカード、サビアンシンボルに数秘術。
表街道の学術論から裏街道のあやしげな本まで、有象無象の情報をもとに、数にまつわる印象を出し尽くし、マインドマップに書き込んでいきました。
数がもたらす印象を掘り起こし、アイデア出しとイメージあそびをしながらのマインドマップづくりで、思いや感想をすべて出し尽くしたなぁと感じたら、つぎになにも考えず、浮かんでくる思いに解説を加えず、ぼんやりマップを眺めて数日を過ごしました。
言葉に落とし込んで、出し尽くす。からの、からっぽ感を味わっているうちに、「5」のマップ印象が、未来につなぐ、元気をチャージするというコンセプトに相応しいように思えてきました。
5の数の本性を要約すると、5は環境にふりまわされずに、遊び性を発揮すること、さらに自由性、創造力、冒険心、チャレンジ精神など、個人の喜びを追求すること、とあります。
「この奇天烈な時代の転換点を元気にのりこえる」
そんな製品コンセプトを背負っていっしょに歩む相棒数は「5」がふさわしいんじゃなかろうか、ということで、そこから5という数字の表現方法、その可能性について、上から下から斜めから、なめまわすように5という数字について考え、話し合いました。5をそのまま使うことにはなぜだか抵抗があった、というのもあります。
「Shield5、Shield Five …うーむ、なにかちがうんだよね。キレが良すぎるというか、自由性とか遊び性ありすぎて、ファンキーが過ぎるだろうって感じ。そうなると男性限定の製品にみえるし、なんていうかジャクソン5とかフィンガー5とか、メジャーなイメージに引っ張られてしまう感じもあるし、メジャー路線にはすでに確固としたカラーがついているから、それが固定観念になって伝わってしまうよね」
5がいいね、となったけど、5は使えない。さぁて、どうしようか。
マインドマップに書き込んだ、5が持っている要素には、こんな側面もありました。
ケルト神話では5という数字を女神の生命周期と考え、5つの母音に特別な木をあてはめています。
AはAilm(アルム)誕生の木、ヨーロッパモミ
OはOnn(オン)春に咲く花、エニシダ
UはUra(ウラ)盛夏の植物、ヒース
EはEadha(エダハ)老齢の木、ポプラ
IはIdho(イホ)死の木、西洋イチイ
めぐる季節、めぐる命。
循環する生命サイクルのなかで生きて、花開いて、老いて、死んで、また春になったら再生して、生きる。
5という数字に込められた遊び性や自由性、冒険心や創造力は、誕生と死を同列に受け止めて、はじめて存分に発揮できるものなのかもしれないと感じました。
毎年おなじように開花する花が美しいのは、きっとそういうことなんだろう。
生きて死ぬ。
その繰り返しがすべての生命種に与えられていることを理解してようやく、自分の生命エネルギーを燃焼させて、存分に生きることに取り組めるのかもしれない。
植物の生きざまって、そういうことを教えてくれるよね。
そんなとりとめのない会話のなかで、誰かがぽつり、つぶやきました。
「植物のなかで花の多くは5つの花弁をもっている、5枚の花弁で5を表現するのはどうだろうか」
一同、はっと息をのみます。「花が開ききった形より、開く直前の桔梗みたいな、えーと…つまり、花弁そのものっていうより、もっと普遍性のある、たとえばそのまんま五角形で表現するのもありだよね」
一同、ごくりと唾をのみます。
そこから先は、またしても喧々轟々と自説を組み立て、伝え、受け取って、投げ返す、言葉のキャッチボールの繰り返しです。
数字の5そのままを使うんじゃなくて、5角形で表現する。その可能性を、探り始めることになりました。




