今回は、初代派遣国の1つであるマレーシアにおける青年海外協力隊事業の歩みを紹介します。
マレーシアは、青年海外協力隊が3番目に派遣された国です。1965年12月に派遣取極が締結され、翌1966年1月15日に5名(稲作2名、野菜2名、体育1名)の隊員が派遣されました。

マレーシアにはこれまでに延べ1,600名以上の隊員が派遣されてきました。派遣分野別に見ると、教育やスポーツ、文化などを含む人的資源の分野の派遣が最も多く、2番目にモノづくりなどの鉱工業分野、3番目に農林水産分野への派遣が続きます。職種別に見ると、日本語教育が160名と最多で、その後幼児教育、電気・電子機器・設備、野菜、食用作物・稲作栽培と続きます。

日本語教育隊員は、1966年にマラヤ大学に派遣されたのが始まりです。そして、1960年代後半から日系企業での就職を望むマレーシア国民の日本語学習熱が高まったこと、1981年にマハティール首相がルックイースト政策を打ち出したことを背景に、マレーシアには多くの日本語教育隊員がこれまで派遣されてきました。
マレーシアにおける青年海外協力隊事業のこれまでの歩みは、以下のJICAマレーシア事務所の記事やクロスロード2025年5月号の記事に詳しく紹介されていますので、ご興味のある方はぜひご一読ください!






