
おはようございます。
本プロジェクトとにリンクすることで、向き合いたいことがあり、着の身着のまま考えていたら、気づいたら朝になっていました。
昨日の活動報告で、下を俯いてる紳士と
だけど、前を向いていきましょう!という話をさせて頂きました。
この件とリンクすることで、深い体験がありました。
現在ダンスの舞台を控えていて、そこでのテーマが昨夜の件と強くリンクしているように感じました。
完全なプライベートの話でどこまで活動報告で書くか葛藤もあったのですが、少しお付き合いいただけましたら嬉しいです。
守りたかった人と、守って欲しかった人、そしてその根幹には信頼と愛があって、だけど、だからこそ怒りもあり。なかったことにされている愛や祈りにもう一度繋がる・・というテーマの舞台でした。
守りたかった人・・・というのは「次世代に、(残す未来は)こんなはずじゃなかった。」と言って俯いていたご紳士の皆様のことです。愛する子供・孫のために、もっと何かしてあげたかったんだろうな・・、だけどできなかったことの無力感に打ちひしがれているのかもしれません。
守って欲しかった人・・・といのは、私たち次世代のことです。愛してくれている親世代を身近に感じていつつ、それでいて沈みゆく日本を間近に見ていて、だけどパワーのある親たちであれば、きっとなんとかしてくれると信じていたのに、蓋を開けてみたら全くそんな簡単な課題ではなくて・・・。寂しさや哀しさがあって、その上で、今の日本がこうやって沈み続けていることへの怒りがあります。
だけど、両者それぞれずっと信頼感の中で歩み続けてきた気がしてならないんです。
守りたかったご紳士の皆さんが、「自分たちだけのことを考えてきたのか」というと絶対にそんなことなくて、ずっと子供や孫のために何かをしたいと思い続けて行動してきたはずなんです。そこには変わらない愛があったはずだし、だから70歳になっても、いまだにできなかった無力感にうなだれているんだと思います。
守って欲しかった次世代は、親たち世代・おじいちゃん達世代が「自分たちだけのことを考えていた」とは全くそんなふうに思っていなくて、それぞれのシーンで次世代のこと(自分たち)を考えて動いてくれていた愛を知っているし、その愛に守られてきたことを知っていました。だけど、だからこそ、なんでこうなってしまっているんだ、ていう言葉にならない(憎しみのような)感情があるのかもしれません。
そこで思ったのは、あまりにも目の前の危機に翻弄され続けてきたのではないでしょうか。私自身そうでした。コロナという危機の際、自分が残したくてたまらなかった、創りたくてたまらなかった場所を自ら手放してしまいました。
こう言った目の前の危機に、私たちはあまりにも翻弄され続けてしまっているのではないでしょうか。芸能人の不倫報道、コロナという疫病、○◯ショックという名前の大きそうな出来事。これらに気持ちが引っ張られてしまって、本当はずっと持ち続けている「次世代への想い(愛)」から気が逸れてしまって、何かを失い続けてきてしまったのではないでしょうか。
そういった風に気持ちが逸れたりする中でも、身近な子供達のために何かをし続けてきたはずで、だけど、もう少し大きな「社会」全体については、ちょっと余裕がなくなってしまっていて、お互いの連帯や連携、助け合い、支え合いみたいな素材を(本当は手元にあるのに)ないものと思い込んできてしまっていたのではないでしょうか。
でも、次世代への思いがなくなったわけじゃなかったし、今もその気持ちが強くあるから、だから下を向いて俯いているんじゃないでしょうか。
それを思い出して、今再チャレンジをしています。
きっと誰もが未来から目を逸らしたかったわけではなくて、「大切なこと」を手放さざるを得なかった瞬間が重なっていた。ただ、その中でも、残そうとしていたもの、本当は手放したくなかったものに、今また立ち返ろうとしているんじゃないでしょうか。
全然まとまっている気がしませんが、伝えたかったことは、
きっと今の日本があるのは、今おじいちゃん達の方々が紡いできた何かもあって、それを完全に否定したくなくて(だけど怒りもあって)、けど流れ続けてきた次世代を思う気持ちはあって、だけど、何かで気が逸れてしまって失い続けた30年間があるんじゃないか。
そして、私たち若者達も、その親達からの思いを知っているからこそ、どうしようもない気持ちがあるし「どうしてだ」てやるせなさや「怒り」もある。だけど、未来のためにやれることがあることを知っていて、だから、私たちは挑戦するしかないんだな、て。
本プロジェクトは、その両者がもしかしたら、挑戦する過程で交錯するようなプロジェクトなのかもしれません。
それらの交錯は、これからの日本にとって必要な場だと僕は思います。
守りたかった・守って欲しかった、それぞれの思いが、満たされる場として、本プラットフォームが立ち上がっていくのであれば、それは希望そのものなのかもしれません。




