こんにちは。
uraの三浦尚子です。
12/8の夜中に発生した、青森県東方沖を震源とする地震により被災されたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。
夜中の地震、津波警報発令と、暗くなってからの出来事に怖い一夜をお過ごしになった方も多いかと思います。私はそのときはすでに寝ていたのですが、突然警報のアラームが鳴ったことで飛び起きて、長く続く地震に「これはかなりまずいのでは?」となりました。
万が一何が起きても良いように、簡単な荷物をまとめて車に積んですぐ高台に逃げられるようにして、テレビで津波の到達時間や気象庁の会見などを観ていました。
また、12日の日中に津波注意報が出たことで、急いで漁港の水門が閉まる前に高いところへ行きました。(津波注意報・警報が発令されると、10分後に自動的に漁港の出入り口の水門が閉まるシステムになっています。)
万が一自宅のある町内にいるときに大津波が来てしまった場合、私は高台の方に車で2~3分ほど登ったところにある、マルテン水産の社長家族の家に避難する予定です。
今回予報よりは津波の高さはなかったのでご家族の家には避難しなかったですが、万が一の避難場所、頼り先は決めておく必要があります。
今年に入って4回目の津波警報・注意報が発令され、解除後は北海道・三陸沖後発地震注意報も出て、なんだか多少の緊張感を持ちながら過ごしています。
約1週間程度は1%(100回に1回)の確率で大きな地震がくるかも、ということ。
もし来た場合は、30メートル級の津波が来る可能性があること。
「そんな低い確率なら来ないだろう」と楽観視するのではなく、「万が一また津波が来てしまったときのために、できる形の備えをしよう」というのが、
14年前の東日本大震災で大きな被害を経験した人たちの姿だと感じています。
先週末までは私自身は私のわかめの種まきをしていて、種まき作業を終えてから、今週頭からはマルテン水産に出勤をして牡蠣の作業をしています。北海道・三陸沖後発地震注意報出てから、マルテン水産ではその日の作業終了のときに、作業に使っているドライブ船を海上に置いておくことになりました。
前回の東日本大震災の大津波の経験から、海上の牡蠣筏に固定して置いた船はそのまま流されて陸上には上がるものの、転覆せずに助かっていた確率が高かったそうです。船が残っていればなんとかなる、ということはあると思います。
また、フォークリフトも同様です。作業後に1台は防潮堤の外に出しています。
津波が来ないかもしれなくても、用心に越したことはありません。
もしも津波が来てしまったら。
被災された地域の方々から時折聞いていた震災当日のこと、避難生活での暮らし、仮設住宅に住んでからのこと、自宅再建や事業再建をするまでのこと。
私が地域の方々から聞いていた当時の出来事を、もしかしたら今度は私自身が経験することになるかもしれません。
もしそうなってしまったら、正直なところとても怖いです。
ただ、いま私が一緒に過ごしている地元の方々は被災しても立ち上がって再建をしてきた人たち。
当時のつらい出来事を「経験値」として自身の糧にして、少しでもできる対策をしようと考えている姿を見て、私もできることを考えたいと思います。
「当たり前」のように日常を続けられることに感謝をしつつ、先の未来を悲観しすぎず、日々を過ごしていきたいと思います。
みなさまも、防災用品の確認や逃げる場所の確認など、こういったご機会にご家族と話してみてくださいね。
またご連絡させていただきますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。





