歌人バチラー八重子と共に歩んだ歴史あるオルガンを後世に残したい!

北海道伊達市有珠町の有珠聖公会にある明治時代製造の国産最古級のリードオルガンを修復し、バチラー八重子が奏でた祈りの音を未来へ届けるプロジェクトです。傷んだ鍵盤を直し、再び教会に響かせるために、このプロジェクトを立ち上げました。ぜひこの歴史と音色を守る一歩に、あなたの力をお貸しください。

現在の支援総額

770,350

77%

目標金額は1,000,000円

支援者数

89

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/07/23に募集を開始し、 89人の支援により 770,350円の資金を集め、 2025/10/10に募集を終了しました

歌人バチラー八重子と共に歩んだ歴史あるオルガンを後世に残したい!

現在の支援総額

770,350

77%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数89

このプロジェクトは、2025/07/23に募集を開始し、 89人の支援により 770,350円の資金を集め、 2025/10/10に募集を終了しました

北海道伊達市有珠町の有珠聖公会にある明治時代製造の国産最古級のリードオルガンを修復し、バチラー八重子が奏でた祈りの音を未来へ届けるプロジェクトです。傷んだ鍵盤を直し、再び教会に響かせるために、このプロジェクトを立ち上げました。ぜひこの歴史と音色を守る一歩に、あなたの力をお貸しください。

このプロジェクトを見た人はこちらもチェックしています

(写真は若き日の八重子さん)北海道新聞さんで、今回のクラファンを取り上げていただきました。ありがとうございます。昨年、新聞に連載の小説「札幌誕生」(門井慶喜著)の第三話に、人の世の星というタイトルで、バチラー八重子の生涯が描かれました。その連載小説を読んで、有珠の教会「有珠バチラー夫妻記念堂」を訪れる方も増えました。とても素敵な物語でした。1908年若きバチラー八重子さんは、養父母のバチラー夫妻に同行しイギリスに1年間滞在しています。その時に英語とオルガンを習い帰国しました。八重子さんが奏でていたその当時のオルガンの「音色」を再現したい!という思いからプロジェクトは始まりました。今回の修復は、音だけではなく天板なども取り寄せての大掛かりな修復が必要となりました。築年の劣化が相当進んでおりました。掲載記事 道新デジタルhttps://www.hokkaido-np.co.jp/article/1217756/紙面は、9月30日に室蘭胆振版での掲載となります。クラファンは、あと10日で終了!と、なります。まだ、目標の50%を超えたところ・・・です。ラストスパート頑張りたいと思います!(写真は歌にも詠んでいる有珠湾 後方に見えるのは対岸の駒ヶ岳 2025.9.27撮影)


本日の有珠は、気持ちの良いお天気の1日でした。有珠バチラー夫妻記念堂近くに八重子さんの住んでいた跡地があり、行ってきました。石垣以外は残っていませんが、八重子さんが暮らしていた場所だと思うとちょっと特別な空間に感じてしまいます。八重子さんゆかりの場所は、とても気持ちの良いところでした。樹が生い茂っていますので、全容はわかりませんが少し小高い場所のようです。バチラー八重子のオルガン修復プロジェクトは、あと2週間で終了となります。目標金額の50%まで、皆様にご支援いただきました。ありがとうございます。10月10日(金)23時59分で、クラウドファンディングは終了となります。ラストスパート、頑張りたいと思います。


「有珠学」紹介手帳(共同文化社)著者で、バチラー八重子さんを知る、北見工業大学名誉教授の大島俊之氏に、八重子さんの想い出を寄稿いただきました。ありがとうございます。(「『有珠学』紹介手帖」は Amazonで購入できます)写真は有珠バチラー夫妻記念堂にある八重子さんが愛用した鏡台です。(文中の八重さんとは、八重子さんのことです)           ー八重さんの想い出ー 著者とバチラー夫妻記念聖堂との関わりは長く、とても深いものです。私は小学生のころ、家族に勧められて当時まだ世間に知られていなかった八重さんの「日曜学校」に通っていました。今ははっきりとは思い出せませんが、キリストの教えなどに関する説話的な内容であったかと思います。ただ、クリスマスの帰りに、飴玉を紙に包んでもらったことは記憶に残っています。 有珠地域には多くのアイヌの家族が暮らしており、バチラー博士夫妻がさまざまな支援を行ったことは記録からも明らかです。また、その後に地域住民の手で建てられた「バチラー夫妻記念堂」の存在からも夫妻と地域との深い結びつきがうかがえます。当時の有珠は、言わば「民族共生空間」であり、地域の人々は自然にアイヌの家族と交わって暮らしていました。現在、地域の何ヶ所かには八重さんの短歌を刻んだ石碑が建てられています。養女であったアイヌ出身の八重さんの思いは今も有珠の風景に色濃く残っています。経済的には豊かではなかったであろう彼女の生活は、信仰に支えられた精神的な豊かさに満ちており、後世に残した足跡は非常に大きなものです。八重さんの功績は、有珠地域の歴史上の大きな「宝」だと私は考えています。 八重さんが地域で知られる存在となった背景には、写真家・掛川源一郎先生(当時は伊達高校の生物教諭)の存在が大きいと考えています。私自身は昭和37〜40年に伊達高校に通学し、掛川先生に生物を学びましたが、彼が有珠地域の生活に密着して撮影を続けていたことは、卒業後に知った写真集『若きウタリに』で詳しく知りました。写真集には私の同級生やその友人たちが多く被写体として写り、当時の有珠の生活が生き生きと表現されています。ご承知の通り、有珠地域は有珠山、洞爺湖、昭和新山などの豊かな自然の中にあり、洞爺湖温泉、有珠善光寺、有珠海岸、伊達士族移住、縄文遺跡、アイヌ文化、さらにバチラー夫妻記念堂など、数多くの歴史的・地勢的事績を有しています。私は「有珠学」を通じて、故郷有珠が将来の街づくり・地域づくりを考える際、長期的かつ大局的な視点を持つことが大切だと考え、『有珠学』紹介手帖 を自費出版しました(令和5年2月、共同文化社刊)。本書の中にも、八重さんに関する記述を収めています。(寄稿:大島 俊之/北見工業大学名誉教授) 


むろみん(室蘭民報)さんの紙面で、「バチラー八重子のオルガン修復プロジェクト」のクラウドファンディングを紹介していただきました!ありがとうございます。https://www.muromin.jp/news.php?id=131141まだまだ、知れ渡っていない活動ですが、地道に活動し応援していただける方を増やしていきたいと思います。今週は、伊達市内をいくつか回り「バチラー八重子のオルガン修復プロジェクト」のクラファンを広めていきたいと思っております。皆様のご支援ご協力に感謝いたします。最終日まで頑張りますので、よろしくお願いいたします。目標を達成して、美味しい一杯をいただきたいですね!画像は有珠バチラー夫妻記念堂の礼拝堂でのティータイムをイメージし、つくってみました。


8月12日現在 27名の方々にご支援いただきまして目標の22%を達成できました。ご支援に感謝いたします。ありがとうございます。10月10日まで、目標金額目指して頑張ります。〜〜〜今後の予定をご連絡いたします〜〜〜2025年12月14日(日曜日)14時〜有珠バチラー夫妻記念堂礼拝堂にてオルガニストによるクリスマスコンサートの開催を予定しています。まだ先のご案内ですが、ぜひ修復が終わりましたオルガンの音色をお楽しみいただきたいです。


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!