◆応援メッセージ頂きました!
小倉さんから応援メッセージ頂きました!
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皆さん初めまして。
私は静岡県にある聴覚障害者当事者団体の事務局長をやっております、小倉健太郎と申します。
わたさんと初めて会ったのは、入道雲がもくもくと立ち上る、汗も滴る、大学の夏でした。
当時、小倉も加入していた全日本ろう学生懇談会のイベントに初めて参加するわたさんを、車で迎えに行きました。私はその眼力に気圧されそうになりながらも、車から降りて助手席のドアを開け、わたさんをエスコートして、軽自動車のハンドルを握り「軽かよって言われないかな。エアコン弱くないかな」などとビクビクしながら会場に向かったものです。
その後も会議などでお会いすることが増え、手話について話すことが増えました。
「声を出す自分はろう者ではないのか」と悩んでいたわたさん。
「手話を使っていれば、手話を必要だと思っていればろう者と名乗ってよいんだよ」と話したことを覚えています。
20年の時が過ぎ、あのわたさんが接客業…!しかも、手話で接客…!
人生どうなるかわからないものですね。私も一度、長野にあるわたさんのカフェに、妻と娘を連れ遊びに行きました。手話で注文し、手話で店主と話すあの感覚は新鮮で、初めて経験するものでした。
私も仕事柄、様々なろう者に会います。派手な生活のろう者もいれば、相談にくるろう者や、生活支援を必要とするろう者もいます。楽しく社会でやっていけているろう者もいれば、きこえる人の輪の中に入れず、孤独に過ごすろう者もいます。
わたさんがサイニングカフェを開きたいと知り、一つ思い出したケースがあります。
会社で15時に出るおやつを、職員みんなで小遣いを出し合って購入していることを知らずに毎日タダでもらい続け、やがて疎ましく思われ、ついには仲間外れにされてしまったろう者がいました。
小遣いを出し合って購入していることは明文化されておらず、昔からのしきたりのようなものでした。聞こえないので、暗黙のルールや不文律といったものを知りようがありません。加えて、職場で一人のろう者であり普段から周囲との世間話が少なく、そういったことも教えてもらえませんでした。
周囲も遠慮があったのかもしれませんが、コミュニケーションの壁は、人の心を容易に壊していきます。やがて退職してしまいました。ろう者は、聞こえないと言うだけでこのような不安が常に付きまといます。
嬉しいことがあった時や嫌なことがあった時に、人は誰かに話したくなります。
それはろうであってもなくても同じだと思います。共感してくれる相手がいるということは、それだけで人生の支えになります。
わたさんの思い描くサイニングカフェが、手話でいつでも集え、のびのびと語らえるカフェとなり、ろう者のオアシスとなることを願ってやみません。
わたさん、がんばれ!

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小倉さんとは、吉田が静岡市で別のコンサル案件を担当した際にお会いしご助言頂いた事があります。アポなしで突然の訪問にもかかわらず暖かく迎え入れて頂いただけではなく、事務局のみなさんで沢山のアドバイスを頂きました。
今回も暖かく想いのこもったメッセージをお寄せいただき、心より感謝申し上げます。
Team DeafCafe 吉田




