◆応援メッセージを頂きました!
友人の蒼さんから応援メッセージを頂きました!
マイノリティを取り巻く社会構造、今起きているイスラエル・パレスチナの問題に積極に考えて、行動しており自身もダブルマイノリティでありながら、「広く考える」ということを続けている友人です。
蒼さんが使う手話はASL。
綿貫がASLを身につけたいと思ったきっかけが蒼さんです。
「可能性」に出会わなければ自身の可能性は広がらないということをひしひしと感じました。
DeafCafeも各々が持つ「可能性」を引き出す場、「できるかも」「目指したい」を見つける場でありたいと思います。
ぜひ、ご一読ください!
(代表 綿貫)
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みなさん、こんにちは!初めまして。aoiです。自己紹介が大の苦手なので省きます。
綿貫さんと初めてお会いしたのは、数年前にろう者の友人ふたりと長野県に旅行し、しゅわわんを訪れたときでした。しゅわわんの空間は文字通りのんびりしていて、手話をゆったりとしたことをいまでも覚えています。料理もおいしかったですね、お腹が空いてきました。また食べたいものです。。
綿貫さんとは日々、ろう者のこと、ろう者コミュニティのこと、手話のこと、だけでなく、ほかの社会イシューについても建設的にお話ができる、わたしの数少ないろう者の友人です。
わたし自身のお話を少しだけさせてください。わたしは幼稚園のころはろう学校の幼稚部に通っていて、小学生から専門学校まではインテグレーションで育ちました。(小学生と中学生は通級指導教室があり、そこにも通っていました。)高校では「一切の情報保障などはつけられない。入学するなら、それを分かったうえで入学してください。」と入学前に対面で言われ、それを受け入れたうえで入学しました。わたしの通っていたろう学校の幼稚部でも手話はなく、小学校から専門学校まで手話の存在は知っていても、手話をする環境がほとんどありませんでした。そのため、わたし自身、「手話は必要ない」とも考えていました。
しかし、そんなわたしに転機が訪れました。専門学校のあとにカナダ留学に行くことを決め、英会話教室などに通って、発音練習やリスニング練習に数回臨みましたが、無理と判断し、途方に暮れていたところに、「バンクーバーに、最初手話を学んで、そのあとに英語を勉強できる学校がある」ということを教えてもらいました。わたしはその学校に行くことを選びました。
初めての手話の環境に、ろう者の教師たちと、手話通訳が学校にいて、必要なときはいつでも手話通訳に依頼ができる環境に身を置くことになりました。そこでわたしは人生で初めて手話の素晴らしさと、だれにも教えてもらっていないのに、身体がもうすでに知っていたろう文化のことを知り、身体がゆるんでいく感覚を覚えたほどです。
そしてカナダ留学中からずっと思っていることがあります。「もしカナダ留学に行くことを決めていなかったら、どうなっていたのだろう」「もし情報保障のことを小学生か中学生のときに知っていたら、どうなっていたのだろう」「もしろう学校の幼稚部に手話があったらどうなっていたのだろう」「もしもっと周りにいろんな生き方をしているろう者や耳がきこえない方がいたら、どうなっていたのだろう」そんなたくさんのもしもが浮かんでいくのです。
わたしはカナダ留学を通して、いろんな生き方をしているろう者たちの存在を知りました。その方々がいたから、いま、わたしのこころのなかにいるちいさなわたしは、「どうやって生きようか」「どんなことがしたい?」ということを考えはじめられているのだと思います。
綿貫さんが目指している「DeafCafe」には、「手話カフェ」を超えたいろんな可能性があり、その可能性はろう者や耳がきこえない子どもたちの未来を育くむことができると、わたしはそう思っています。
どうかみなさん、綿貫さんのプロジェクトのご支援と応援をよろしくお願いします!

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この度は暖かいメッセージをお寄せいただきまして、誠にありがとうございました。
Team DeafCafe





