
休日、友人のこどもたちと遊んでもらった。船にのって花やしきにいって、ごはんをたべて乗り物にのった。10歳の友人は、私のことを「親友」と言ってくれた。人生で初めての出来事に、ちょっと泣きそうになるほど嬉しかった。「楽しかったから、またおでかけしよう」と話がまとまって、つぎは明治時代の監獄が移設された東京ドイツ村を提案したら却下された。「あんたが行きたいところにみんなを付き合わせちゃいけないよ」と真っ当なご意見をいただいた。10歳の親友は、モノが言えるすばらしい方である。ぽんつくと二人でこどもたちと一緒にいると自分が産んだのではないかと思うほどにかわいくて、家族な感じがした。
その人は77歳でご自宅の片付けや通院に同行している。私がスマホで電車などを検索するときに壁紙が見えたようで、「あら結婚式したの?」と聞いてくれた。ぽんつくと二人でうつった結婚式と披露宴の写真を見せたら驚いていた。「わたしのパートナーは男性なのです」と改めて伝えると、「ああそうなの」と二の句が継げない様だった。「ということは、あなたが女性ってことなの?」とちょっと笑えるほど神妙に聴かれたので、丁寧に訂正しておいた。ぽんつくが朝ご飯やお弁当を作ってくれることを伝えると、「じゃあ、相手が奥さんね」としたり顔だった。そっちはめんどくさいので訂正しなかった。そのあと、お互いの結婚話で盛り上がった。いかにパートナーが素敵かを自慢しあっていたら、降りる駅を間違えた。二人して一駅降り過ごして大笑いした。
日本人は同質性を求める。これは、小さな島国で共同体を維持するためには必要な仕組みである。内と外とを明確にわけ、身内を贔屓して外部を排斥する。ムラ社会はいまも存在しつづける。その中にあってマイノリティは呼吸がしにくい。わたしはカミングアウトをするようになって、他者から嫌われることを恐れなくなった。そもそも、10歳や77歳と分かり合えるはずもない。しかし、分かり合えなくても一緒にいることができる。それは、「違い」を認識して、お互いの気持ちを伝え合えば良いのである。
10歳の親友も77歳のお仲間も、わたしにはない素敵な言葉や体験をたくさんもっている。共にいて、笑い、怒られ、よくわからなくて首をひねり、それでもまたねと次に会う約束をする。でもお互いを理解したとは思わない。理解してなくても一緒にいられる。わたしは幸せである。



