
安田登(能楽師)が書きます。
今回は、「間・主観的世界」に龍がいた時代のものを読んでみたいと思います。ちょっとお勉強っぽい回で、しかも長い(笑)ので、お時間のあるときにどうぞ~。
あ、お時間のない方は、この甲骨文の文章の意味を最初の方に書いておきますので、まずは【読解】の前までをお読みいただいても結構です。
さて、この甲骨文、ところは古代中国。時代は紀元前約1,300年の「殷(いん)」の時代。いまから3,000年以上前のものです。
当時の文は、亀の甲羅や動物の骨に刻まれた「甲骨文」と呼ばれるものと、そして青銅器に書かれた「金文」というものがあります。今回、読むのは甲骨文です。甲骨文は、ほぼすべてが占いの文章です。
甲骨文は、主に紀元前1,300年から紀元前1,000年ほどのものが発掘されていますが、これは紀元前1,300年くらいのもので、もっとも古い時代の文章です。
以下の四角で囲った中を読んでみましょう。

●龍が雲・虹となって来臨する
いかがでしょうか。
ちょっと読めそうな気がしますか。
まずは、この文章の意味を書いておきますね。
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王が占って言った。祟りがあるだろう、と。
(その占いの通りに)八日の「庚戌」の日に、龍が東からやって来た。
「面母」であった。
(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)
また、その日の午後には北から双頭の龍が現れ、
河の水を飲み干してしまった。
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占いの完全文では、この前に「貞人(ていじん)」という問いを発する人による「問いの文」があり、そのあとに「卜」という占いの行為をしたと書かれ、そして、ここに続きます。
これと生成AIとの付き合い方について書いたことがありますので、よろしければそちらもどうぞ~!
●甲骨文字は現代の漢字までつながっている
世界の古代文字には、この甲骨文字の他に、古代メソポタミアで使われていた「楔形文字」や、古代エジプトで使われていた「ヒエログリフ」などがあります。現代使われている文字で、楔形文字やヒエログリフを継いでいるものはありません(ほんの少しありますが)。
それに対して、甲骨文字は現代の漢字に継承されていますので、漢字が読める私たち日本人ならば、少し慣れると甲骨文字を読むことができるようになるのです。
って、すごくないですか。
…というわけで読んでみたいと思います。
●行分けしてみる
この文章を意味のまとまりで「行分け」をすると次のようになります。

なんか、急に文字のように見えませんか。
それに「読める、読める!」という文字もあるでしょう。
たとえば2行目の1字目。そうです、「八」です。その次はいかがですか。なんとなくわかりますか。そう、「日」です。ふたつで「八日」。
ね、簡単でしょ?
こんな風に、ほとんどの文字は現代の漢字に直すことができます。
では、行ごとに読んでいきましょう。
●【読解】1行目と2行目

まずは1行目と2行目を読んでいきます。
最初に意味を書いておきましょう。
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1行目「王が占って言った。祟りがあるだろう」
2行目「八日目の庚戌の日」
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《1-1》1行目の1字目、これは「王」です。人が両手を広げて地面の上に立っている姿に見えますが、実はこの字、「金文」で見ると、大きな鉞(まさかり)の形になっているのです。
古代は「鉞」が王の象徴だったと言われています。また、人類学の研究書である『金枝篇』には、力が弱まったら殺された王の話も載っています。この鉞で首を斬られていたのかもしれません。こわっ。
《1-2》1行目の2字目。これは 「占」です。 四角の中に「占」の字が入ります。「占」という字は、下の「口」が神の声、上の「卜」は骨のヒビです。甲骨占いは甲羅や骨のヒビの形で占ったようです。そして、「占」を囲む四角は、甲骨占いのときに使われた骨の形です。
《1-3》1行目の3字目。「曰(いわく)」です。「日」とはちょっと違います。口の上に一本の線(一)がありますが、これは声を出すことをあらわすとも、あるいは「舌」だともいわれいます。「話す」という意味です。
《1-4》1行目の4字目。これは今の漢字にはありません。「ある(有)」という意味で使われます。牛の頭部(角を強調)からできたという説もあります。牛は「富」の象徴です。英語でも牛の角を捕まえる「capture」から「capital(資本)」とか「captain(長)」という語ができます。
《1-5》1行目の5字目。これもいまの漢字にはありません。「祟(たた)り」とい意味です。動物をぶら下げた形だといわれています。もともとは動物の祟りでしょうか。
以上から1行目は「王が占って言った。祟りがあるだろう」となります。
では【2行目】も見てみましょう。
《2-1》《2-2》2行目の1字目と2字目。これは「八日」と読みます。「日」は太陽の象形です。
《2-3》《2-4》2行目の3字目と4字目。これは干支(えと)で「庚(十干)戌(十二支)」。昔は十干と十二支の干支(えと)で日付を表わしていました。いまでもそのような暦(日めくり)がありますね。
この暦の「かのと」「ひつじ」が、十干の「辛(かのと)」と十二支の「未(ひつじ)」。甲骨文だったら「辛未」と書かれるところです。

2行目の意味は「八日目の庚戌の日」となります。
●【読解】3行目

では、3行目にいきます。ちょっと長いですね。これも最初に意味を書いておきます。
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(その占いの通りに)
八日の「庚戌」の日に、龍が東からやって来た。
「面母」であった。
(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)
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《3-1》3行目の1字目。この字は1行目に出てきた「ある(有)」です。
《3-2》3行目の2字目。この字の上の部分は足跡の形。今の漢字では「夊」です。上が尖っています。これが「かか」とです。そして下は「指」。下向きの足ですね。この字の下に場所を表わす「囗」があり、両方で神霊が降臨するさまを表わす漢字です。
「夊」と「囗」を組み合わせると「各」になります。これに木を付けた「格」は、現代でも「いたる(至る)」と読みます。何かの来臨です。
《3-3》3行目の3字目。では何が来臨したのかというと、龍なのです。この字は、いまの漢字では「云」。左右を反転してください。「云」に見えるでしょ。
二本線が雲を表わし、その下から龍のしっぽが見えている形です。特別な、そして不穏が雲が現れたのでしょう。「云」に雨を付けると「雲」という漢字になります。
《3-4》3行目の4字目。いまの漢字にすると「自」。「鼻」の象形です。「え~、鼻に見えない!」という方、しゃれこうべ(髑髏)の鼻だと思うと見えるでしょう。もともと、この字が鼻の象形でしたが、自分を指すときに鼻を指すので、「自分」という意味になったり、あるいはここで使われるように「~より(from)」という意味で使われるようになったので、「自」の下に、持ち上げるという意味の「畀」を付けて「鼻」という字ができました。ここでは「~より、~から」です。

《3-5》3行目の5字目。これは「東」という字です。もともとは「ふくろ」の象形文字ですが、殷の時代代にはすでに「東」という意味だけに使われていました。現代の「嚢(ノウ)」です。
4字目と5字目で「東から」という意味になります。
《3-6》《3-7》3行目の6字目、7字目。7字目は「母」です。跪(ひざまず)く女性の胸が強調されています。が、続けると意味がよくわからなくなります。
主に2つの説があります。
《A》上を「面」、下を「母」と読み、「面母(めんぼ)」という龍の名前と読みます。後の時代には「西王母(せいおうぼ)」という神様が現れますが、彼女の初期の名前は「西母」で、「東母」という神もいるので、それに繋がる神だとも考えられます。
《B》あるいは、上の字を「貫」と読み、下の「母」に「日」を付け「晦(くらやみ)」と読んで、「貫晦」、すなわち「完全な暗闇」とも読めます。
以上から3行目は…
八日の「庚戌」の日に、龍(雲)が東からやって来た。
「面母」であった(あるいは周囲が完全な暗闇になってしまった、とも)
…という意味になります。
●【読解】4行目

次は4行目です。これも意味を書いておきましょう。
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また、その日の午後には北から双頭の龍が現れた。
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《4-1》4行目の1字目。 この字は横になった人に下に「日」があります。漢字にすると「昃」。殷の時代では、だいたい午後2時ごろだったと言われています。日が体の下にあるので、「夕方」かもしれません。
《4-2》4行目の2字目。漢字にすると「亦(また)」になります。人の腋の下を強調した指示文字ですが、ここでは「また」という意味です。「亦」と「腋」とは同じ「エキ」という音(おん)です。しかし、この文字は甲骨文でも「また」で使われることがほとんどです。
《4-3》4行目の3字目。これは何度か出てきました。「あり(有)」です。
《4-4》4行目の4字目。この字は「出」。上は2行目の②の「各」で出てきた「足跡」ですが、今度は「かかと」が下にあり、上向きの足跡になっています。そして、凵(場所)から足跡が出て行くので「出る」という意味になります。
《4-5》4行目の5字目。この字の左右にあるのが龍の頭部。真ん中に体があり、これは「双頭の龍」の象形です。この線を単純化し、そして縦にすると「工」になります。これに爬虫類を意味する「虫」をつけると「虹」になります。古代の人にとっては「虹」も龍だったのです。

《4-6》4行目の6字目。この字も出てきました。髑髏の鼻の象形、「自」。「~から」です。
《4-7》4行目の7字目。漢字にすると「北」です。二人の人間が背中を背けあっている姿です。「北」の下に「月(肉づき)」を付けると「背」になります。ここでは方角の北です。虹(龍)が北から来臨したのです。
では、4行目の意味をもう一度、あげておきます。
また、その日の午後には北から双頭の龍である虹が現れた。
●【読解】5行目

では、最終行を読んでみましょう。
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意味は「河に水を飲みに来た」です。
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この行は、講座の中ならばホワイトボードに書きながら説明したいところなので、画像をあげましょう。

《5-1》5行目の1字目。この字の赤い部分は、漢字にすると「酉」。酒壺の象形で、いまの漢字では「酒」です。ちなみに下が尖(とが)って地中に埋めたからで、シュメール語の楔形文字も同じ形になっています。右は「人」と「口」と「舌」から成ります。これで「飲む」という意味になります。
《5-2》5行目の2字目は、漢字にすると「于」。「~に、~で」という意味になります。
《5-3》5行目の3字目は上図のように、まず左右を逆転します。先ほどの「云」にもありますが、甲骨文字では左右の反転はよくあります。そういう細かいことは気にしないのです。そして、左に赤い点を付ければ「川」や「水」という文字になります。ここでは「氵(さんずい)」です。そして、右の文字に「口」を付ければ「可」になる。「氵」と「可」で「河」になります。
そこで「双頭の龍である虹が河に水を飲みに来た」となるのですが、これは「祟り」なので「河の水を飲み干してしまった」と読みたいと思います。
●龍を飼育する一族
このように、古代の人たちは「雲」や「虹」に龍の姿を見ていました。
ここで注意しなければならないのは、「雲が龍に見えた」、「虹が龍に見えた」のではなく、「云」という字は龍の尻尾を表わす文字であり、「虹」というのは双頭の龍の姿だったということです。
彼らは本当に「龍を見て」いたのです。
だって、古代中国には龍を飼育する一族がいました。もっとも有名なのは「劉(りゅう)」一族。そうです、漢帝国を建てた「劉邦(りゅうほう:沛公)」の一族です。
その先祖のひとりである、夏王朝に仕えた劉累(りゅうるい)は、その汚名によって有名になりました(笑)。
豢龍氏という龍を飼う一族から龍の飼い方を龍の飼い方を習ったのですが、劉累が飼育の仕方がへたくそで、失敗したので王のもとから逃げたとか、あるいは死んだ龍の肉を暴君、孔甲に献上したところ、あまりの美味に「もっと寄越せ」と言われたけど、もうなかったから逃げたとか、いろいろ言われています。
しかし、劉一族は王、孔甲から「御龍(龍を飼う:御する)氏」という姓を賜っています。
ちなみに能の『羽衣』に登場する漁師の名は、私の流儀、下掛宝生流の謡本では「伯龍(はくりょう)」と書かれています。馬を飼う名人を「伯楽」というので、「伯龍」も龍を飼育する一族だったのかもしれません。
●まとめ
では、最後にこの甲骨文に漢字を付けて、書き下し文を載せておきます。

《漢字に変換》
王占曰有祟、八日庚戌。各雲自東、面母(貫晦)。昃亦出虹自北、飲于河。
《書き下し文》王占いて曰く、祟(たたり)有らんと。八日庚戌、各雲、東よりす。面母なり(貫晦なり)。昃に亦た出虹ありて北よりし、河に飲む。
《現代語訳》王が占って言った。祟りがあるだろうと。八日目の庚戌の日に、龍神が雲として東からやって来た。雲神の名は「面母」。あるいは空が覆われ暗闇になった。午後には龍神が虹として北から出現して河に水を飲みに来た。
以上でした。




