
安田登(能楽師)が書きます。
1カ月のクラウド・ファンディング、昨日でちょうど半分が終わり、今日から後半の15日が始まります。朝の時点で70名の方にご支援いただき、目標額1,500,000円のうち、なんと1,093,000(72%)ものご支援をいただきました。
本当にありがとうございます!心からお礼申し上げます。
さて。この活動報告、あまり活動報告っぽくないのですが、今は「龍」について書いています。
今回は安田がヤマタノオロチ神話のある出雲を旅をしたときのことを書こうと思います。
長いので、今日と明日に分けて載せます。今日は前半、オロチの旅に出る前の話です。
▼歩く神々と日本神話の等身大性

日本の神話の嬉しいところは、神話の土地を自分の足で歩けることです。
ギリシャ神話などではこれは難しい。話が大きすぎるし、広すぎる。車や船を使った移動ならばまだ何とかなりますが、歩いて回るのは無理です。それに対して日本の神話は、その舞台を歩いて回ることができるのです。
等身大の神話が日本神話なのです。
おそらくこれは神々の性質の違いなのでしょう。
日本の神々はよく歩きます。スサノオしかり、大国主しかり。歩くという行為自体が神の業(わざ)なのです。
神話の時代が終わり、神々が身体を手放して歩けなくなると、今度は人に憑依して歩くようになります。歩行は「神の業」から、神霊が憑いての「みことの業」へと変わります。
スサノオ命などというときの「命(みこと)」という語は、おそらくは「御言(みこと)」であり「御事(みこと)」ではないかと思っています。「みこと」とはすなわち、身体を持たない神の「代弁者」であり、また「代行者」であることを意味します。
ちょっと話はずれますが、イザナギが黄泉の国から戻ってきたときに禊(みそぎ)で生んだ最後の三神…
天照大神
月読命
スサノオ命
…「神」は天照大神、つまりアマテラスだけで、あとのふたりは「命(みこと)」なのです。すなわち女性は身体を持たない「神」であり、男ふたりが女性神に仕えて働く、それが日本神話の基本構造です。
シュメール神話も似ています…と書いていくときりがなくなるので、それはまたということにして…
さて、身体を持たない天照大神は、自分の鎮座すべき地を求めるにあたり、「みこと」である豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に憑依して「ここじゃない」、「ここも違う」歩き回り、ついに奈良の笠縫邑(かさぬいむら)の地を見つけて、そこに鎮座しました(『日本書紀』崇神六年)。
しかし、それから九十年ほど経って、「やっぱりここじゃない気がする」と今度は倭姫命(やまとひめのみこと)に憑依し直して、新たに鎮座すべき地を求めて歩きます。
アマテラスが憑いた倭姫命は、まず莵田(うだ)の筱幡(ささはた:奈良県宇陀市)まで歩き、そこから近江の国(滋賀県)に行き、さらに美濃の国(岐阜県)に回り、やがて伊勢の国(三重県)に至って、そこを鎮座すべき土地に決めました(同、垂仁二五年)。
いまの伊勢神宮のある所です。
奈良→滋賀→岐阜→三重と、地図で見れば遠回りも遠回りですが、あちらこちらと遊行漂泊をするのが、神が憑いての歩き方なのでしょう。
近世になって松尾芭蕉は、『おくのほそ道』への誘いを「そぞろ神のものに憑きて心を狂わせ」と書きましたが、これは決して誇張でも、また旅に出たいがための言い訳でもありません。倭姫命にアマテラスが憑いたように、芭蕉翁にも「そぞろ神」が憑き、漂泊へと駆り立てたに違いありません。
私たちもときどき無性に旅に出たくなることがあります。そういうときは、神霊に憑依されているわけですから無理をしてはいけません。
さっさと旅に出るに限ります。
▼出雲「神迎の道」と龍蛇様の謎
…てなわけで、私も旅に出ることにして、出雲に向かいます。
出雲には神々が歩くという道があります。稲佐(いなさ)の浜から出雲大社までのおよそ2キロの道です。この道を「神迎(かみむかえ)の道」と呼び、旧暦の十月十日、神々はこの道を遊行します。
その道を神々とともに歩いてみよう!と思い立ちました。
旧暦の十月十日の夜、神々が上陸するという稲佐の浜では「神迎祭」が執り行われます。

稲佐の浜には、聖石・弁天島が屹立しています。
岩の中腹には鳥居があり、真新しい注連縄にシデが結ばれています。そう簡単に登れる岩ではありません。決しておざなりではない神官たちの信仰心を感じます。
この島は、以前は海岸からは遥か離れた沖にあり、「沖御前(おきごぜん)」と呼ばれていたそうです。海中から頭を覗かせた弁天島は、かつて高天原と地上とを結ぶ中継基地として信仰を集めていたのでしょう。
稲佐の浜は、『出雲国風土記』では国引き神話、『古事記』では国譲り神話の舞台でもあります。ここに立つだけで、自分が神となって神話の舞台に立っている気持ちになります。
ここ出雲だけは旧暦の十月を神在(かみあり)月といいます。
日本中の神々が出雲大社に集まり、これから一年のご縁を相談するという、なんともありがたいミーティングが開かれます。そのため出雲大社は縁結びのお社として有名であり、出雲空港は「出雲縁結び空港」と名づけられています。
そのありがたい神々をお迎えする神事が「神迎祭」なのですが、不思議なことに「神迎祭」は荒天が多いのです。
▼龍蛇が先導する行列の不思議さ

私が参加した年も荒天でした。
昼は天気もまずまずでしたが、夜、神迎祭の時間が近づくにつれて雲行きが怪しくなってきました。
稲佐の浜の入り口で御幣(ごへい)を頂戴して海岸に進みます。
浜の斎場には注連縄が張り巡らされています。中央には篝火が焚かれますが、その火の光は闇をいよいよ濃くするだけで、照明としての役割は果たしていません。
暗闇の中、太鼓の音、祝詞の声、神職たちの歩む音と、音だけが聞こえます。
「闇」という漢字は、「門」と「音」から成ります。暗闇の中を訪れる(音ずれる)神霊の音をいうともいわれます。神々は、稲佐の浜でも「音」とともに訪れるのでしょうか。
やがて雨が降り出しました。風も強くなってきた。暗闇に頬を叩く雨と、聖なる音響。
意識が遠のく。
気がつくと、神々が宿った神籬(ひもろぎ)が白い布で覆われていて、いつの間にか神々の上陸が終わっていたことに気づきます。先導役である「龍蛇様」も白く覆われ、ここから出雲大社へと神々の遊行が始まります。
低く響く、神職の「おー」という警蹕(けいひつ)が休みなく続きます。ここでも「音」です。しかし、列の後ろに続く人々は一言も発してはなりません。「無音の音」を発する人々は、黙々と神々の歩みのままに歩むのみです。
神迎の道の沿道に住む人たちは、低く頭を下げ、神々の遊行を迎えます。
よく見知った人もいます。普段は冗談ばかり言っている人が、敬虔(けいけん)な顔つきで頭を下げています。その姿を見たとき、「あれ?」と思いました。
何かが変なのです。
「出雲縁結び空港」とか「縁結びの神様」という明るい、あっけらかんとしたイメージの出雲大社と、この神迎の行列はあまりにも違います。
いや、そもそも龍蛇様が先導するというのだって不思議ではありませんか。
日本神話で龍といえばヤマタノオロチでしょう。そして出雲大社に祭られる大国主神とは、そのヤマタノオロチを退治したスサノオの子孫です。
その龍が八百万の神々を先導して大国主の神殿に向かっているのはなぜなのか。やはり変です。
▼過越の夜
そう思った途端、この行列がとてつもなく不思議なものに思えて、神々の道を歩くことができなくなり、私は行列をそっと外れました。
沿道に住む人に話をうかがうと、少し前までは神様を見ることなどとんでもないことだったそうです。人々は家の中にこもり、神々の通過をただただ待っていたとのことでした。
それではまるで、エジプトを暗闇で覆い「すべての初子を皆殺しにする」と宣言した神の通過を、家の中で息を潜めて待つ『聖書』の《過越(すぎこし)》のようではありませんか。
縁結びの神のイメージとは全然違います。
この道を歩む神々とは一体何者なのか、そして先導の龍蛇とは何なのか。それを知るには、やはりヤマタノオロチの旧跡を歩いてみなければならないだろうと考えました。
というわけで、出雲大社から奥へと向かい、ヤマタノオロチ神話の舞台に赴くことにしました。
《続く》



