
short film「もしかして我愛你」
▼ プレイリスト ▼ (全5作品 公開中)
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えっとですね。
「桜日和」という楽曲の。

こちらは、MVを。
なんなら、役者さんにちょっと一緒に暮らすレベルでやって貰って・・・。

みたいな案もあったり・・・。
とかってお話、どっか、この、もあに連載の中で書いたんじゃないかなー・・とは・・思うんすけど・・。(※【16話】参照)
これね。
役者さんに。
主人公二人がどういう人物なのか、知ってもらうために。
なんか、色んなシーンの二人をいっぱい、書いてみよう・・。
・・という事に、僕の中でなりまして。
今、ちょっとずつ、書いてるんですね。
まずは、二人の出会い・・。
↓
〈出会い〉2014年 湊33歳・雫23歳
明るい外を歩く、というだけで、この世界の何とも繋がっていない気がする。
陽の光は、空も、街も、人も、犬や猫や鳥、公園の緑や走る車の白、そのスピードも、一切の事象の輪郭をはっきりさせるようでいて、むしろ、ぼやかしてしまう。
自分とその他のもの、その距離がはっきりすることは、かえってどこまでも遠く、どこまで行っても繋がらないことを気付かせるだけだ。
輪郭を際立たせているはずのその光は、実際のところ、その「光っている」ということで、事物の縁(ふち)を直視できなくさせてしまう。
太陽をいくら睨んでも、まばゆ過ぎて姿など分からないように。
夜はいい。
繁華街のけばけばしい灯りでさえも、自らが照らす相手、街や人や犬や猫、何もかもを、その灯りの意思をもって彩ろうとする。
それこそが、その意思の介入こそがリアルを映す。
自然の光の下にこそ本当の姿がある、なんていうのは欺瞞だ。
誰だって、自らの意思を介さずに世の中を眺める事は出来ない。
そして、電灯がまばらになった街のはずれや、音すらも吸収してしまうような夜の黒は、言うまでもなく最高だ。
相手との距離は全て、自分の頭の中にある。
想像する余地こそが、繋がりをつくる。
それでも。
今日は、明るい外を歩かなくてはいけない。
町田康の新刊が出る。
どうしてこんな、陽気な季節に新刊を出すのだろう?と、出版社を呪いたい気持ちになる。
でも、新刊が出る。
それはやはり、ある事実を意味する。
歩いてつみき書店に行き、その本の前に立ち、手にとり眺め、重みを確かめ、新刊特有の新しいインク・紙の匂いを取り込み、期待に変換して胸に携え、ゆっくり歩いて帰らなくてはいけない、という事実をである。
これは、大事な儀式だ。
大事なものを手に入れるときは、相応の儀式が必要になる。
今はもう、他のどの作家の作品も、こんな気持ちで迎えることはできない。
町田康だけだ。
彼だけが、「窓」になってくれる。
この、何にもなれずに生きている、「ただ書いているだけ」な人間の。
歪みに歪んだ、羨望や嫉妬、焦燥、自己否定、後悔、現実逃避が混じりあった、出ていく場所のない感情の、「窓」になってくれる。
その窓を通してなら、外を眺められる気がするのだ。
大切なものだ。
相応の儀式が必要なのだ。
それにしても、陽気というものは、どうしてこんな「楽し気(たのしげ)」を創り出すのか。
世界がこんなに「楽しい」で彩られているはずなんて、無いのに。
だからみんな、桜が好きなんだろう、と思う。
傲慢に咲き誇り、周囲や季節を賑やかし、責任も取らずに堂々と散っていく。
「桜」が表す「嘘」を確信しているから、みんな、安心して狂乱を装うのだ。
・・・
↑
これ、続き・・・読みたいです・・?(笑)
・・つづく・・・。
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税理士シンガーソングライター【ゆしん】
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- short film「もしかして我愛你」プレイリスト
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「もしかして我愛你」とは? 「もあにな世界」って?
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《全5作品!》
① - バレンタイン編 -
② - 四人の夏休み編 -
③ - 優衣とのぞみ編 -
④ - 悠真と晴人編 -
⑤ - 五人のヒッチハイク編 -





