
こんにちは。
ReverVの中島(陽色しな)です。
ついに明日でクラウドファンデイングが終わってしまいます。
インフルエンザで声も出ないような状態なので、最後に配信も出来ないのは悔しい気持ちですが…最後まで活動報告は書いていきます。
今回は僕の原動力の元がどこにあるのかと、構造を批判的に捉えることについてお話をしていきます。
そのためには、僕の生い立ちからお話させてください。
生い立ち
僕は6人兄弟の長男(姉がいるので2番目)です。
割と地域では有名な大家族でした。
僕は進んで家事や育児もこなしていました。
別に嫌だったわけではないんです。五男のミルクをあげたり、おむつを変えてあげるのは、むしろ楽しいくらいだったので、苦ではなかったのですけれど、世間一般的にはヤングケアラーと言われるスレスレだったのかもしれません。
父はお酒を飲んでよく暴れる人で、酔いつぶれるとよくトイレで眠ってしまうので、トイレに入れなくて困ることがよくありました。
子どものうちから大人にならざるを得なかったアダルトチルドレンだったと思います。
正直、この頃の僕は劣等感を抱いていました。
どうして他の家庭と違って我が家だけ、こうなのだろう…と。
(もちろん辛い家庭は他にいくらでもあるのですが、当事者にはわからないもので)
専門学校時代
皆さんは「こんな夜更けにバナナかよ」という映画を観たことはあるでしょうか?
まだ観たことない人は観てほしいなと思うのですけれど、僕は専門学校時代にあれと同じことをやっていました。
僕の通っていた専門学校には代々先輩達が1人の障害のあるおっちゃんの生活を支えてきたんです。
当時は、まだまだ制度が未熟で、障害のある人が地域で生活していくのは当たり前ではありませんでした。
その生活の大部分を学生ボランティアに頼らなければならないほどに。
僕も先輩に誘われて、そのおっちゃんの介護に入ることになり、学校でボランティア募集のビラ配りをしたこともあります。
このボランティアは無償ではなく、有償ボランティアでおっちゃんがポケットマネーから学生に報酬を出していました。
ただただ、生活していくだけなのに莫大なお金がかかっていたんです。
おっちゃんは気前の良い人で、そんなこと気にしていないようでしたけれど、僕は社会の不条理に怒りさえ感じていました。
好きで障害を負ったわけでもないのに、どうして生きていくだけでこんなにもお金がかかってしまうんだ…。
はじめて現実を突きつけられた気分でした。
おっちゃんがすごく良い人だったからこそ、こう思えたのかもしれません。
気づきをくれたこと、今では感謝しかありません。
父の死
僕が社会人になって間もない頃に父は病気で亡くなりました。
肝硬変で肝臓の大部分は摘出され、肺気腫もあり、酸素ボンベがなくては生活できない状態でした。
でもお酒もタバコも出来なくなって、本当に穏やかな父だったなと思いますし、面会時は穏やかな時間だったなと思っています。
父とはこの時に色んな話もしました。
今まで話せなかったこと、今までの時間を取り戻していくかのようでした。
僕は、父も辛かったんだな…と思えました。
だから赦しました。
父も社会の荒波の中で大家族を何とか支えようともがいていた、1人の人間。
それだけのことだったんですよね。
構造を批判的に捉える
僕の尊敬するソーシャルワーカーの方から「ソーシャルワーカーは構造を批判的に捉える専門職である」と言われました。
これは、僕の中で欠けていたピースがカチッとハマったような感覚に陥るほどの一言でした。
最初は父が許せなかったけど、最終的には、そうさせていた社会が原因だったと思いますし、障害のある人の生活に関しても社会に対して許せない気持ちがありました。
つまり僕の福祉に対する原動力は「社会に対する怒り」なんです。
気持ちとしては、綺麗なものではなく、専門職として、それで良いのだろうかという気持ちもありましたが、この一言で世界が開けた感覚です。
ソーシャルワーカーは色んな職場にいますし、色んな立場の人がいます。
ですので、どこにアプローチしていくのかは、人によって違ってくるということもあるのですけれど、構造を批判的に捉えることは中心に置いておくべきことだと思っています。
こう考えると、制度事業なのだから、制度に従わなければいけないということも、本当にそうなのだろうか?と言わざるを得ません。
僕たちソーシャルワーカーは、ただ制度の言いなりになるのではなく、制度がより良いものになっていくために、どうしていけばいいのか考え、声をあげていくことが必要なんです。
ReverVのやろうとしていることは、今の制度の流れと逆行している面も確かにあります。
でも福祉職のほとんどの人は、心のどこかで今の制度の流れが良くない方向に向かっていること感じているはずです。
ちゃんと声をあげていきましょうよ。
僕たちは最後まで諦めたくないです。



