
声と光
― 吃音を「治す」物語ではなく、「聴く」映画 ―
私は、話そうとすると言葉が詰まる子どもでした。その沈黙の時間が、いつも少し怖かったのを覚えています。
吃音は、治すべきものだと言われてきました。でも私が一番苦しかったのは、「どう話すか」よりも、**「どう聴かれてきたか」**でした。
『声と光』は、吃音を克服すべき問題として描かない15分の短編ドキュメンタリーです。
吃音を持つ子どもとその親、そして吃音とともに音楽や表現を続ける若者たち。
本作が見つめるのは「どう治すか」ではなく、「どんなふうに聴かれてきたか」。
話すことだけが、声ではない。その当たり前を、静かな映像で伝えます。
監督について
監督を務めるのは、幼少期から吃音と共に生きてきた ブリガム芽生(20歳)。
現在、ロサンゼルスで映画制作を学んでいます。
この映画は、私の成功談や克服の物語ではありません。
答えを示す語り手ではなく、問いを開き、耳を澄ます立場としてカメラを向けます。
この映画で描くこと
1|親と子、そして社会
吃音の苦しさは、症状そのものより
**「どう扱われるか」**
によって生まれることがあります。
子どもを守りたい親。
このままの自分でいたい子ども。
その間にある「普通であるべき」「治さなければならない」
という社会の圧力を、誰も責めず、静かに見つめます。
2|吃音と表現
吃音を持つ人は、言葉以外にも多くの表現を持っています。
音楽、リズム、身体、沈黙。
本作では説明的なナレーションを極力使わず、表現する喜びと葛藤をシネマティックに描きます。
3|この作品が目指すこと

多くの吃音作品では、医学的な説明や第三者の視点が中心になります。
その結果、
「大変だけど頑張っている」
「かわいそうだから応援しよう」
という構図が生まれることがあります。
私は、
当事者自身の声とペースを尊重する映画を作りたい。
説明するのではなく、
感じてもらうドキュメンタリーを目指します。
はじめに|私自身のこと
私は京都で、アメリカ人の父と日本人の母のもとに生まれました。
3歳で吃音を発症し、
「家庭環境が原因かもしれない」
と言われた言葉は、
家族と私を深く傷つけました。
学校ではからかわれ、次第に言葉を出すことが怖くなっていきました。
それでも、歌と映画だけは私を自由にしてくれました。

吃音は不思議で、歌ったり演技したりする時、出なくなることがあります。
17歳のとき、私は決めました。
「20歳で、吃音の映画を作る」
19歳で1人ニューヨークへ渡り、20歳の今、ロサンゼルスで映像制作の現場にいます。
この映画は、その約束を果たすための一歩です。
進捗状況とスケジュール
撮影協力決定
・吃音を持つ音楽グループ(2/14)
・大学病院 耳鼻咽喉科 先生インタビュー(2/11)
・撮影クルー確保済み
今後の予定
・2026年2月10日〜15日:撮影(福岡・東京・神奈川)
・2月下旬〜4月 追加撮影(京都、オンライン)
・4月下旬〜7月:編集・音響・カラー
・7月完成予定→ 国内外映画祭出品→ 支援者向け先行配信 → 一般公開
・12月:リターン発送開始
・2027年2月:日本にて上映会イベント開催予定
ご支援金の使い道
交通費・宿泊費
撮影スタッフ人件費
機材レンタル
編集・音響費
消耗品・クラファン手数料
※監督である私は無償で制作に携わり、支援金はすべて映像のクオリティに還元します
最後に
この映画は、大きなプロジェクトではありません。でも、今の私にしか作れない映画です。
もし完成すれば、
・吃音を持つ誰かが
「自分は間違っていなかった」と思えるかもしれない
・言葉が出にくい人に
少しだけ「待つ優しさ」が生まれるかもしれない
・過去の私のような子どもが
少しでも救われるかもしれない
そんな「かもしれない」を、信じています。
皆様のご支援は、単なる資金ではありません。
一緒にチームとなりこの映画を完成させる大きな力です。
どうか、この映画の仲間になってください。
心から、よろしくお願いいたします。







わあ、とても素晴らしいプロジェクトですね! 正直なところ、アイデアにとても惹かれましたし、大きな可能性を感じています。ぜひ、もっと詳しくお話を伺ってみたいです。 集まった資金は、プロジェクトの重要な実施段階に使われる予定だと拝見しましたが、このプロジェクトが完全に実現した場合、人々の生活にどのような変化をもたらすとお考えでしょうか。 ぜひ、詳しい内容についてお話しできる機会があれば嬉しいです。 プロフィール欄に記載されているメールアドレス、もしくはダイレクトメッセージでご連絡いただけましたら幸いです。 もし追加のサポートが必要でしたら、資金面でお力になれるかもしれません。