
毎日新聞6月12日朝刊の「記者の目」に「マータイさん没後15年」をテーマに記事を書きました。
◇マータイさん没後15年
◇MOTTAINAIの力 次世代へ
環境分野で初のノーベル平和賞を受賞し、MOTTAINAIキャンペーンを提唱したワンガリ・マータイさんが亡くなって9月で15年になる。森林破壊や紛争が続く世界の現状を知ったら、どう思うだろう。「私たちはあらゆる生物種の現在と未来のため、立ち上がり、進み続ける義務がある」と指摘した彼女の遺志を改めてかみ締めたい。
それは運命的な出合いだったのかもしれない。ノーベル平和賞受賞2カ月後の2005年2月。毎日新聞社の招きで来日したマータイさんは、当時の本紙編集局長とのインタビューで「もったいない」という日本語に出合った。
通訳を務めた女性によると、次の会場に向かう車内で「もったいない」の意味を重ねて尋ね、「MOTTAINAI、MOTTAINAI」と何度もつぶやいていたという。翌月、ニューヨークの国連本部で「MOTTAINAIを環境を守る世界の合言葉に」と提唱したのを受け、毎日新聞社が事務局を設置し、キャンペーンは始まった。
以降、毎年のように来日し、各地を回った。明るい笑顔と力強い演説、圧倒的な存在感で人々を魅了し、一緒に木を植え、「MOTTAINAI」を唱和した。地球資源への畏怖(いふ)と感謝の念が込められた「もったいない」の精神を日本人に再認識させた。広島では被爆者の証言に涙を流し、核兵器廃絶の署名に快く応じた。東日本大震災の際には「世界は皆さんとともにある」と励ましてくれた。
◇地球資源に感謝 世界中へ広げる
キャンペーン開始から20年余。「モノを大切にする」「ゴミを減らす」といった、主に個人の行動変容を促す運動は、企業が「MOTTAINAI」の精神を事業活動に組み込む動きに進化した。規格外で廃棄されていた果実や低流通魚などを使った商品が相次いで販売されている。商品名に「MOTTAINAI」を付けることで、環境に配慮した商品だと消費者も認識できる構図ができつつある。昨年末には権威あるオックスフォード英語辞典に「MOTTAINAI」が掲載された。キャンペーン事務局に着任して4年、この言葉の力と、着目したマータイさんの眼力にいつも感心させられてきた。
マータイさんは米国留学を経て、ナイロビ大学初の女性教授になった。「約束された人生」が待っていたはずだったが、環境破壊や女性たちの貧困を看過できず、植林を通じて社会参加を促すグリーンベルト運動を立ち上げた。独裁政権の弾圧を受け、投獄されたこともあったが、決して屈しなかった。
◇緑の中の生家 資金募り保存
その輝かしい経歴から、裕福な家庭の出と思わせるが、生まれたのはケニア山近くの農家で、木々や小川、鳥のさえずりに囲まれた生活が原点だった。 私は昨年末、マータイさんのノーベル賞受賞20周年式典に出席するためケニアを訪れた際、長女ワンジラさんの案内で生家に足を運んだ。首都ナイロビから車で3時間。小高い丘の上の緑に囲まれた小さな家に今は住む人はなく、土壁は崩れ、トタン屋根ははがれていた。ここからマータイさんのはるかなる旅が始まったと思うと、自然と厳かな気持ちになった。
ワンジラさんの話では、ここには今も、環境問題に関心を持つ人々が世界中から訪れているという。彼女は敷地全体を整備し、環境保護のサンクチュアリ(聖域)にする夢を抱くが、それには多額の費用と相当の年月がかかる。資金が集まる前に肝心の家は崩れてしまいそうだった。破れた屋根の隙間(すきま)から差し込んだ陽光が、壁にかけられたままの05年のカレンダーを照らしているのを目にした時、「この家がなくなるのは、もったいない」と強く思った。
帰国後、資金を募るため「ワンガリ・マータイ生家修復プロジェクト」というクラウドファンディングを立ち上げるとすぐ、日本に留学経験のあるケニア人から連絡があった。「ケニアでも寄付を呼びかけたい。両国が協力して彼女の記憶を未来に伝えるようにしたい」。「もったいない」の精神を日本人に再認識させ、世界に広めてくれた恩返しの意味も込め、国内で始めた取り組みが海を越えたプロジェクトに発展した。
グリーンベルト運動は来年、50周年を迎える。MOTTAINAIキャンペーン事務局は企業や個人からの寄付金を植林費用として送り続け、植えられた苗木は5100万本を超えた。 マータイさんがまいた種は着実に育ってはいるが、世界はまだ、彼女が指摘した「あらゆる生物種に対する義務」を果たせていない。地球の破滅という究極の「MOTTAINAI」を避けるため、彼女の遺志を次の世代に伝えたいと思う。キーワードとなる「MOTTAINAI」には大きな力があると確信している。



