【歌舞伎町民泊×ジム】地方アスリート・バンド夢応援拠点を作りたい!

夢を追う地方のアスリートやアーティストが東京で安心して挑戦できる【バックステージハウス新宿】を、一緒に育てませんか?

現在の支援総額

66,000

2%

目標金額は3,000,000円

支援者数

8

募集終了まで残り

31

【歌舞伎町民泊×ジム】地方アスリート・バンド夢応援拠点を作りたい!

現在の支援総額

66,000

2%達成

あと 31

目標金額3,000,000

支援者数8

夢を追う地方のアスリートやアーティストが東京で安心して挑戦できる【バックステージハウス新宿】を、一緒に育てませんか?

■はじめに:歌舞伎町で30年。夢を追う人の「光と影」を見てきました

はじめまして。世界一の歓楽街、新宿・歌舞伎町で18年間、キックボクシングジム「新宿スポーツジム」を運営しているRIKIYAです。

私は少し変わった経歴を持っています。 かつては「ヴィジュアル系メタルバンド」のベースとしてステージに立ち、その後は「キックボクシング」のリングで王者を目指して戦い、現在は「認定心理士」として人の心と体のケアに向き合っています。

私の半生は、常にこの街で「夢を追う人」と共にありました。 今のジムを始める前は、歌舞伎町で11年間「ROCK BAR」を経営し、数え切れないほどのバンドマンたちと酒を酌み交わしてきました。 

ジムと合わせて約30年間。

私はこの街で、数多くの挑戦者たちの「輝く瞬間」と、その裏にある「苦悩」を目の当たりにしてきたのです。

■なぜ今、このプロジェクトが必要なのか

【もう、仲間を失いたくない。私が「休息」にこだわる理由】

少し重い話になりますが、聞いてください。 私がバンドマンとして札幌で活躍していた頃、ツアー中の居眠り運転による事故で、大切な元メンバーを亡くしています。

バー時代を含めると、無理なスケジュールの果てに、交通事故で命を落とした友人が何人もいます。

私自身、子供の頃は野球、学生時代はバドミントンに打ち込み、卒業後は格闘技へ。

格闘技歴は約40年になります。 

チームスポーツの連帯責任も、個人競技の孤独も、そして遠征の過酷さも、骨の髄まで理解しています。

無理をして、眠気や疲れを誤魔化して走り続けた代償は、あまりにも大きすぎました。「適切な休息をとらなければ、人間は壊れる。時には命さえ落とす」これは、私が人生というリングで痛感した、残酷な真実です。

特に地方から出てくるジュニアアスリートや若手バンドマンにとって、東京のホテル代高騰は死活問題です。 

試合前なのにネットカフェで仮眠をとったり、車中泊で身体を痛めたり…。 

そんな状態で、人生を賭けたチャンスを掴むのは至難の業です。

彼らに必要なのは、ただの寝床ではなく、心身をリカバリーできる「本物の休息(バックステージ)」なのです。

■これまでの失敗と、一冊の本との出会い

民泊「Backstage House Shinjuku」を立ち上げた当初、私は大きな失敗をしました。 「とにかく安く泊まれればいいだろう」と価格を極限まで下げたのです。 その結果、部屋は荒れ、備品は壊され、トラブル対応で私自身が疲弊しきってしまいました。

「安売りは、誰も幸せにしない」ゲストもホストもすり減るだけでは、私が作りたかった「癒やしの場所」とは真逆です。

どうすれば、質を保ちながら、お金のない若者たちを支援できるのか? 悩んでいた今年の正月、ある一冊のビジネス書が答えをくれました。

「サービスを利用する人と、お金を払う人は、別でもいい」

目から鱗でした。 大人の支援者が「チケット」を買い、それを頑張っている若者に「ギフト」として贈る。これなら、施設の質を高く保ったまま、本当に休息が必要な人たちを救うことができる! 今回のリターンに推しのバンドやアイドルグループやアスリートに「譲渡可能な宿泊券(プレゼントOK)」を用意したのは、このためです。

■プロジェクトが目指す未来

私たちが作りたい未来は、出身地や経済的な理由で夢を諦める必要のない社会です。

  • 地方のアスリートには、万全のコンディションで試合に挑んでほしい。

  • 地方のバンドには、東京で最高のライブをしてほしい。

東新宿駅から徒歩2分。地下1階には私達のジムがあります。 

歌舞伎町という「戦場」のど真ん中に、彼らが鎧を脱げる「楽屋」がある。 

認定心理士であり、30年この街を見てきた私が作ったこの場所が、彼らの避難所となり、飛躍の滑走路になります。

■資金の使い道

皆様からいただいた支援金は、地方から東京を目指す「若き挑戦者」たちが、安心して休息できる環境を作り上げるために、大切に使わせていただきます。

  1. 団体・チーム滞在のための改修費:約50万円

    • 3階フロアに「間仕切り」を設置し、チームやバンドメンバーが合宿所として使いやすくします。

  2. 睡眠・リカバリー環境への設備投資:約40万円

    • 高機能マットレスの導入や、歌舞伎町の喧騒を忘れる遮音・防音対策。

  3. 「夢の遠征」支援ファンド:約150万円

    • リターンを伴わない「応援コース」で頂いた資金は、資金不足の若者を私が責任を持って「無料」で招待するための原資(宿泊補助費)として活用します。

  4. CAMPFIRE手数料・広報費:約60万円

■リターンについて

今回は、ご自身で楽しむだけでなく、「誰かの夢を支える」ことにも繋がるリターンをご用意しました。

  • 【ただ応援】お気持ちコース:あなたの支援がそのまま若手の宿泊費になります。

  • 【宿泊券】未来のチケット(譲渡可能):ご自身で使うもよし、地方の友人や推しのバンドにプレゼントするもよし。

  • 【スポンサー】ネーミングライツ:施設や部屋にあなたのお名前を刻みます。歌舞伎町にご自身の「名」を残しませんか?

※遠方の方には、オンラインでの交流権や、宿泊した若手からの「お礼動画」が届くプランもご用意しています。


本プロジェクトのリターンに含まれる「あしながおじさん(寄付)利用」および「応援コース」で集まった資金・宿泊権利は、以下の通り、私が責任を持って第三者へ寄贈(無償提供)いたします。

1. 寄贈する物品・内容「Backstage House Shinjuku」の宿泊権利(1泊〜複数泊分)

2. 寄贈先(対象者)の選定方法

  • 対象: 地方から東京への遠征資金が不足している「若手アスリート(ジュニア含む)」および「バンドマン・アーティスト」。

  • 方法: プロジェクト終了後、実行者(RIKIYA)のSNS、公式ホームページ、および運営するジムのネットワークを通じて公募を行い、応募者の中から実行者が責任を持って選定いたします。

3. 寄贈のスケジュール

  • 2026年4月上旬: 支援総額の確定後、提供可能な宿泊日数を算出し、公募を開始します。

  • 2026年4月下旬〜: 選定された対象者と日程調整を行い、順次、無償での宿泊提供を実施します。

  • 報告: 実際に寄贈(宿泊)が行われた様子は、プライバシーに配慮した上で、本プロジェクトの「活動報告」にて支援者の皆様にご報告いたします。

※なお、宿泊施設は実行者が運営する「Backstage House Shinjuku」を使用するため、提供物品(部屋)は確実に確保されています。

■最後に

新宿スポーツジムで18年、私は多くの会員様の背中を押してきました。 今度は私が、世界中の旅人や、新宿に集うチャレンジャーたちの背中を支える「場所」を作ります。

このプロジェクトは、私一人の力では完成しません。 一人ひとりの支援が積み重なって、大きな変化を生み出します。 皆様の温かいご支援、心よりお待ちしています。

バックステージハウス新宿 代表RIKIYA



支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

  • 皆様からいただいた支援金は、地方から東京を目指す「若き挑戦者(バンドマン・アスリート・ジュニア選手)」たちが、安心して休息できる「最高のバックステージ(環境)」を作り上げるために、大切に使わせていただきます。 具体的には、以下の用途を予定しております。 ① 団体・チーム滞在のための改修費:約50万円 今回のメインリターンである「推しへの差し入れチケット」は、バンドメンバーやチームメイトとのグループ滞在を想定しています。 彼らが気兼ねなく、かつプライバシーを守って休めるよう、現在大広間となっている3階フロアに「間仕切り」を設置し、合宿所としての機能を強化します。 ② 睡眠・リカバリー環境への設備投資:約40万円 移動や試合・ライブで疲弊した体を癒やすため、高機能マットレスの導入や、遮音・防音対策(歌舞伎町の喧騒対策)を強化します。 また、ステージ衣装やユニフォームのケアができるランドリー設備の拡充や、メイク・身支度のための鏡・ドライヤー等の備品もグレードアップさせます。 ③ 「夢の遠征」支援ファンド:約150万円 リターンを伴わない「応援コース(3,000円等)」で頂いた資金は、資金不足で東京遠征を諦めかけている若手アーティストやジュニアアスリートを、私が責任を持って「無料」で招待するための原資(宿泊補助費)として活用します。 ④ CAMPFIRE手数料・広報費:約60万円

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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最新の活動報告

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  • 皆様、温かいご支援と応援、本当にありがとうございます!バックステージハウス 新宿uのRIKIYAです。徐々に支援の輪が広がっており、感謝の気持ちでいっぱいです。今日は、私がなぜここまで「上京する若者のための休息所」にこだわるのか、その原点となる話をさせてください。私はかつて、ヴィジュアル系メタルバンドのベースとして上京しました。しかし、東京でバンドはそう簡単には売れず、私は歌舞伎町で「ROCK BAR」を始めることになります。なぜバーだったのか。実は、私は女手一つで育てられ、母は札幌のススキノでスナックを経営していました。子どもの頃から母の働く姿を一番近くで見て、お店を手伝うこともあった私にとって、カウンター越しに人と向き合い、お酒を出し、誰かの「居場所」を作ることは、とても自然な生き方だったのです。現在、その母は癌と闘っています。病床で頑張る母の姿を想うたび、母が身をもって教えてくれた「人の居場所を作る」という役割を、私もこの東京で全うしなければと強く感じています。私がバーを開けた当時は、まさにヴィジュアル系バンドの全盛期。本当に数多くのバンドマンたちがお店に足を運んでくれ、夢や音楽、そして馬鹿話で盛り上がっていました。しかし、そんな中で忘れられない、そして忘れてはいけない悲しい出来事がありました。今回のプロジェクトを立ち上げた時、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは、元「COLOR」であり、当時は「G.D.FLICKERS(ジー・ディー・フリッカーズ)」のベーシストとして活動していたMARRY(マリー)さんのことです。MARRYさんはお店に何度も遊びに来てくれていて、亡くなる前にも顔を出してくれていました。だからこそ、ツアー中の自動車事故で突然亡くなったという知らせを聞いた時、私は全く信じることができませんでした。葬儀に参列した後、バンドの皆さんがそのまま私のお店に来てくれました。あの時の、なんとも言えない複雑でやりきれない空気は、今でも昨日のことのように思い出せます。「もう、こんな悲劇はごめんだ」お金のないバンドマンやアスリートが、睡眠を削り、無理な移動を重ねて命を落とす。そんな理不尽なことは、絶対に繰り返してはいけません。私が歌舞伎町に「Backstage House(楽屋)」を作る理由は、ここにあります。地方から戦いに来る若者たちが、鎧を脱いで、安全なベッドでしっかり羽を休められる場所。ススキノで母が、そして歌舞伎町のバーで私が作ってきたような「安心できる居場所」を、今度は宿泊施設という形で残したいのです。彼らが万全のコンディションでステージやリングに立てるよう、どうか皆様のお力を貸してください。共感していただけましたら、この活動報告のSNSでのシェア・拡散をお願いいたします。引き続き、全力で走り抜けます! もっと見る
  • 皆様、温かいご支援と応援、本当にありがとうございます。RIKIYAです。 今日は、私がなぜ歌舞伎町で「Backstage House」という宿を作り、若者たちに安全な休息を提供したいのか。その原点となる、私のバンド時代の過去についてお話しさせてください。私は札幌生まれ、札幌育ちです。 中学時代にラジオでLOUDNESSや44MAGNUMなどのジャパメタに出会い、雷に打たれたようにメタルに目覚めました。当時のレンタルレコード屋でLPを借りては、カセットテープにダビングして擦り切れるほど聴きまくっていました。高校時代から本格的にバンド活動を始め、「ブロードレイヤー」というバンドでTEENS' MUSIC FESTIVALに出場したり、札幌のベッシーホールやメッセホールをメインにライブをしていました。悲劇が起きたのは、そのバンドが解散した後のことです。 かつて一緒に音を鳴らしたギターのタカと、ボーカルが「リップス」という新しいバンドで活躍し始めた矢先でした。ツアーの帰り道、機材車を運転していたローディーが居眠り運転をしてしまい、トラックと正面衝突。ギターのタカと、運転していたローディーは帰らぬ人となりました。 同乗していたボーカルは二度と歌えない体になり、たまたま街中で再会した別のローディーも、内臓を激しく損傷し、すっかり体力を失っていました。そして何より胸が締め付けられたのは、運転していたローディーの残されたご家族のことです。 亡くなった本人はもちろんですが、ご家族は他の被害者ご遺族からの恨みを一身に受けながら、その後の人生を生きていかなければなりません。「無理な遠征による事故」は、当事者の命を奪うだけでなく、周りの人間や家族の人生をも地獄に変えてしまうのです。それを痛いほど覚悟させられました。その後、私が加入した別のバンドでは、毎週のように地方や東京へライブ遠征をしていました。幸いにもメンバーの親戚の寮や安宿に泊まることができ、悲惨な事故に遭うことはありませんでした。 (ちなみに、当時のドラム、ケネスは現在ススキノでライブバー「HOT TIME」を経営し、ボーカルの下山武則は今も全国を回って魂の歌を届けています。ぜひ彼らの応援もよろしくお願いします!)その後、バンドは解散し、私は東京へ上京しました。雑誌やテレビに出演する機会もありましたが、インディーズの知る人ぞ知るバンド、というところで私の音楽の夢は区切りを迎えました。しかし、当時の痛烈な記憶は今も私の中に生きています。 「気合いや根性だけでは、命は守れない。しっかり休める場所がなければ、悲劇は繰り返される」だからこそ私は、東京に勝負しに来る若手バンドマンやジュニアアスリートが、安全に、安心して羽を休められる場所「Backstage House」を皆さんに知ってもらい利用していただきたいです。彼らの夢と、そのご家族の笑顔を守るために。この想いに共感していただけましたら、どうかご支援、またはこのページのシェアをお願いいたします。つづく もっと見る

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