先代社長がみたビニロン最盛期とアパレル産業の歴史ーーはじめに皆さま、いつも温かいご支援をいただき本当にありがとうございます。日光商事の川村孝士です。今回のクラウドファンディングで復活を目指す、服が呼吸するプロ仕様の保管袋「ビニロン」。この素材について深く知り、ビニロンの歴史を皆さまにお伝えするため、ビニロン袋の最盛期を知る先代社長の山井さんにお話を伺いました。注:山井さんには、クラウドファンディング開始前にインタビューをしております。繊維業会の歴史とビニロン袋の発展について川村社長(以下、川村): 山井さん、今日はよろしくお願いします。いよいよクラウドファンディングも公開となりましたが、改めて、日光商事の「ビニロン」が一番輝いていた最盛期のお話から伺いたいです。どれくらいの規模で動いていたんですか?(⚠筆者注:今回のプロジェクトは、2026/8/31締め切りとなっています)山井社長(以下、山井): 一番のピークは平成に入ってから、平成11年(1999年)に日光商事が優良法人として表彰された頃ですね。当時はね、うちだけで関東のビニロン袋シェアの約40%を握っていたんですよ。ビニロン袋単体で年間5,000万枚、ポリエチレンも含めた袋全体だと、うちみたいな小さな会社でありながら年間1億枚も出荷していました。売上でいうと、あの単価で年間8億〜9億円くらいありましたから。川村: 年間1億枚、売上9億円近く……!いまの会社の規模から考えると途方もない数字ですね。その大量の袋はどこに納品されていたんですか?山井: 当時はまだ中国などの海外に繊維産業が移る前でしたから、すべて日本国内の縫製工場です。大手の有名アパレルメーカーさんと東京の本社で商談をして、「東北の縫製工場に直接送ってくれ」と言われる。そうやって送った先の工場には、1社で何百人も従業員がいるような巨大な工場が東北地方にゴロゴロあったんです。川村: なぜ東北にそんなに集まっていたんでしょう。山井: 地方の雇用を維持するために、県や市が誘致したんですよ。繊維産業って他の金属加工なんかと比べてミシンなどの設備投資が少なくて済むでしょう。おまけに当時は「最初の1年目は県や市が従業員の給料の半分を負担する」という助成金制度があったんです。だから、田舎のおばちゃんたちを非常に安い賃金で雇うことができて、青森、秋田、岩手、福島などの巨大工場で信じられないほどの生産効率で服を縫っていたんです。川村: なるほど、国や地方のインフラとして国内生産が成り立っていたんですね。それが、なぜ海外へ移転してしまったのですか?山井: 1990年代以降の円高と、海外(特に中国)の改革開放路線ですね。向こうは人件費が圧倒的に安くて、当時の賃金は月額数千円。一気に日本の生産拠点が海外へ流れました。それにね、地方の給料補助金も、2年目、3年目と年々1割ずつ減って5年でゼロになる。負担が増えるタイミングと海外の台頭が重なって、みんな海外へ行ってしまったんです。 その結果、日本の優れた縫製工場や織物工場、流通問屋はあっという間に消えていきました。川村: 産業自体が一気に崩れてしまったと。その結果が、いまアパレル業界が直面している「年間15億枚の衣服廃棄問題」に繋がるわけですね。山井: そうなんですよ。海外で安く大量に作らないと元が取れないから、作っては売れ残る。ブランド価値を維持するために、売れ残った新品の服を10年以上も裏で燃やし続けていたんです。そういう無理な大量消費サイクルの中で、ビニロン袋も姿を消していきました。川村: ビニロンが安価なポリエチレン袋(ポリ袋)に負けてしまったのは、やはり価格の面だけだったのでしょうか?山井: いや、それだけじゃない。ビニロンには「製造加工がものすごく難しい」という決定的な短所(弱点)があったんですよ。 ビニロンの最大の長所は「湿気を吸ったり吐いたりする通気性(透湿性)」ですが、これは裏返すと「湿度や天候によって、フィルム自体が湿気を吸って波を打ってしまう(変形する)」という非常に厄介な特徴でもあるんです。 ロール状のフィルムを糊貼りして袋にする「チュービング(製袋)」の際、この湿気による波のせいで機械の調整がミリ単位で狂ってしまう。クラレさんもわざわざ「夏用」と「冬用」の異なるタイプの原反を作っているくらいで、季節の変わり目に設定がちょっとでもずれると、まともに加工ができなくなります。ポリエチレン(PP)は天候に関係なく誰でも簡単に作れますからね。川村: なるほど。生きている素材だからこそ、加工の難易度が高すぎたんですね。山井: そう。だから、関東で非常に大きかった競合の「関根化成」さんをはじめ、機械を持っていた同業他社は「こんな面倒なものはやっていられない、効率の良いPP(ポリプロピレン)専業にしよう」と、みんなビニロンから撤退してしまったんです。作る会社がどんどん減って、気づけばうちのように技術を守り続けるところだけが残った。川村: 気難しくて扱いにくいからこそ、ライバルが去っていった。しかし、その「湿気を吸って逃がす」という気難しさこそが、現代において大切な衣類をカビや変色から守る「呼吸する力」という最大の価値になる。山井: その通りなんですよ。その「ニッチ」な部分を大事にして、本物の技術を守り抜いたからこそ、今日光商事にはチャンスがあるんです。ーーおわりに次回は、業界最大手のメガメーカーには真真似できない、私たちが守る「ニッチ戦略」の真髄と、今回お届けする特注「厚手50ミクロン」に込めた覚悟について、さらに対談を深掘りします。どうぞお楽しみに!




