あなたの大切な衣類を守る、プロ仕様の保管袋「ビニロン」復活プロジェクト

カシミヤやシルクなどの大切な衣類を、カビやホコリから守りたいあなたへ。 繊維の街「足利」で70年アパレル包装を支えてきた日光商事が、次シーズンも出した瞬間から 衣装を綺麗に着られる「呼吸する保管袋」をお届けします。 使い捨てだったビニロン袋を何度も使っていただけ保管袋として復活させたいです。

現在の支援総額

483,500

69%

目標金額は700,000円

支援者数

27

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/07/13に募集を開始し、 27人の支援により 483,500円の資金を集め、 2026/08/31に募集を終了しました

あなたの大切な衣類を守る、プロ仕様の保管袋「ビニロン」復活プロジェクト

現在の支援総額

483,500

69%達成

終了

目標金額700,000

支援者数27

このプロジェクトは、2026/07/13に募集を開始し、 27人の支援により 483,500円の資金を集め、 2026/08/31に募集を終了しました

カシミヤやシルクなどの大切な衣類を、カビやホコリから守りたいあなたへ。 繊維の街「足利」で70年アパレル包装を支えてきた日光商事が、次シーズンも出した瞬間から 衣装を綺麗に着られる「呼吸する保管袋」をお届けします。 使い捨てだったビニロン袋を何度も使っていただけ保管袋として復活させたいです。

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大手メーカーには絶対に真似できない、日光商事が「厚手50ミクロン」を削り出すニッチ戦略皆さま、いつもご支援をいただき本当にありがとうございます。日光商事の川村です。ーーはじめに前回の活動報告では、日本の繊維産業の空洞化の歴史と、ビニロンが持つ「天候による波」という加工の難しさゆえに、多くの同業他社が撤退していった歴史を先代(山井さん)に語っていただきました。連載第2回となる今回は、ではなぜ私たちのような小さな会社が、日本一の巨大資材メーカーに対抗し、この難しいビニロンを作り続けられるのか。そして、今回ご用意した特注「厚手50ミクロン」の圧倒的な価値について、対談の後半戦をお届けします。大手の強み、日光商事の強みから見たニッチ戦略川村: 山井さん、前回はビニロンの加工の難しさについて伺いましたが、今の時代、包装資材の業界には年商何百億という巨大なメガメーカーが存在しますよね。私たちがそうした大手に駆逐されずに生き残ってこられた理由、そして私たちの「ニッチ戦略」の強みについて教えてください。山井: これは非常にシンプルでね、「大手メガメーカーには絶対にできない領域がある」ということなんです。 業界大手さんなどでは、年商200億円以上の規模で、ファストファッション大手の袋を「年間1億枚」という天文学的な単位で全自動で刷って、量産しています。しかし、そんな巨大工場に、こだわりのブランドさんや職人さんから「本当にいい品質のビニロン袋を、1,000枚だけ作ってほしい」という注文が入っても、彼らは絶対に受けられないんですよ。川村: なぜ受けられないのですか?山井: 1億枚を刷り続けている高速ラインの機械を一度止めて、たった1,000枚のためにサイズ変更や糊の調整、セット替えをするだけで、膨大な「時間ロス」と「金銭的損失」が発生してしまうからです。つまり、彼らは「数が出ない、手仕事のような上質な仕事」が一番苦手なんです。 これが、いわゆる「1億と1,000のジレンマ」です。私たちは、その大手が入ってこられない「1,000枚の極小ロット」に寄り添うことで、独自の生きる道を確立しているんです。川村: なるほど。1着3万〜5万円もする高級な甚平やカシミヤニットを作る職人さんたちにとって、安っぽいポリ袋に入れられるのは絶対に嫌ですよね。そうした「本物の価値」を守るために、私たちの小回りが効く技術が必要とされているわけですね。山井: まさにそう。昔から高級甚平の専門だった老舗企業さんは、百貨店向けの高い製品を納めるために、ポリエチレンの安いやつじゃなくて、絶対にビニロンの厚手を使っていましたから。高級品だからこそ、袋の数十円のコストを惜しまず、最高の状態で保管することに意味があるんです。ビニロンの特徴と衣類保管袋としての強み川村: 素材の特性として、ポリエチレンなどの近代的なフィルムと、ビニロンの決定的な違いについても教えてください。山井: 強種フィルムっていうのはね、柔らかいポリエチレンを透明度の高いポリプロピレンで挟んだ三層構造なんかになっていて、破れにくくて確かに扱いやすいんです。 でも、決定的な弱点があってね。ポリ袋は引っ張るとベローンと伸びて元に戻らなくなってしまうし、何より湿気を完全に閉じ込めてしまう。袋を縛っておくと中に結露が起きて、衣類のカビや黄変(黄色い変色)の直接的な原因になります。 その点、ビニロンは引っ張ってもコシがあって伸びないし、なにより「湿気を吸ったり吐いたりする透湿性(通気性)」は他のどのポリ袋にも真似できません。だから、今でも最高級の羽毛布団など、絶対にカビや湿気が許されない現場ではビニロン一択なんです。川村: さらに、燃やしてもポリエチレンのように超高温になって焼却炉を傷めることがなく、発熱量は約半分。ダイオキシンや酸性雨の原因になる有害ガスも一切発生しないという、非常に優れた焼却クリーン性もありますね。山井: ええ。でもね、今の市場はとにかくコスト重視。気づけば、世の中に出回っているわずかなビニロン袋も「25ミクロン」や「30ミクロン」といった、ペラペラの薄いものばかりになってしまった。川村社長、今回リターンで用意したのはどれくらいの厚さなんですか?川村: 今回は、他では手に入らない特注の「厚手50ミクロン」(さらに特別仕様の70ミクロン)を復活させました。山井: おお、50ミクロンですか!それはすごい。 ビニロンっていうのはね、やっぱりあの特有の「美しい光沢感」と「しっかりした手触り」を実感するには、厚みがある方が圧倒的に良いんですよ。昔のお馴染みさんも昔は65ミクロンの極厚を使っていました。50ミクロンあれば、触った瞬間に「あ、これはそこらのポリ袋とは違う、良いものだ」というのが一発で分かりますよ。川村: ありがとうございます。この「50ミクロンの厚み」にこだわったのには、もう一つ理由があるんです。安価なポリ袋は、開けたらすぐに捨てられる「使い捨てのゴミ」になってしまいます。しかし、このしっかりとした厚手のビニロン袋なら、商品が届いて開封した後も、ご自宅のクローゼットや衣装ケースの中で、何年、何十年と、大切なニットやスーツを湿気やホコリから守るために「何度も繰り返し使い続けられる」という、ロングライフな価値が生まれるんです。山井: 「使い捨てる」んじゃなくて、「何度も繰り返し、長く大切に使う」エコロジー。これは素晴らしい発想ですね。今の時代に本当に合っている。川村: はい。私たちはただ商品を包むための袋ではなく、お気に入りの一着を長く大切に育てるための「持続可能な暮らしのパートナー」として、このビニロン袋を皆さまの元へお届けしたいと思っています。山井: 商売っていうのはね、売り手と買い手の考えが合致しないと売れない。 でも、今の世の中、「本当に良いものを長く使いたい、環境に優しいものを選びたい」というオーナーさんや支援者さんは確実に増えています。そういう本物の価値がわかる方々へ、ピンポイントでこのビニロンを届けて、次の世代へ技術を繋いでいってほしいですね。ーーおわりに「1億枚の大規模生産」は大手メーカーに任せればいい。 しかし、1枚1枚魂を込めて編まれた「1,000着の高級衣服」に寄り添い、カビやホコリから大切に何十年も守り続けるための「1,000枚の完璧な袋」なら、日光商事にしか作ることができません。この足利の地に受け継がれた、気難しくも愛おしい「厚手ビニロン」の圧倒的な安心感を、ぜひ皆さまのクローゼットで体験してください。 本稿にて、インタビュー記事は最後となります。日光商事初の挑戦、いよいよ大詰めとなりました。最後まで、応援・ご支援のほどよろしくお願いいたします。


先代社長がみたビニロン最盛期とアパレル産業の歴史ーーはじめに皆さま、いつも温かいご支援をいただき本当にありがとうございます。日光商事の川村孝士です。今回のクラウドファンディングで復活を目指す、服が呼吸するプロ仕様の保管袋「ビニロン」。この素材について深く知り、ビニロンの歴史を皆さまにお伝えするため、ビニロン袋の最盛期を知る先代社長の山井さんにお話を伺いました。注:山井さんには、クラウドファンディング開始前にインタビューをしております。繊維業会の歴史とビニロン袋の発展について川村社長(以下、川村): 山井さん、今日はよろしくお願いします。いよいよクラウドファンディングも公開となりましたが、改めて、日光商事の「ビニロン」が一番輝いていた最盛期のお話から伺いたいです。どれくらいの規模で動いていたんですか?(⚠筆者注:今回のプロジェクトは、2026/8/31締め切りとなっています)山井社長(以下、山井): 一番のピークは平成に入ってから、平成11年(1999年)に日光商事が優良法人として表彰された頃ですね。当時はね、うちだけで関東のビニロン袋シェアの約40%を握っていたんですよ。ビニロン袋単体で年間5,000万枚、ポリエチレンも含めた袋全体だと、うちみたいな小さな会社でありながら年間1億枚も出荷していました。売上でいうと、あの単価で年間8億〜9億円くらいありましたから。川村: 年間1億枚、売上9億円近く……!いまの会社の規模から考えると途方もない数字ですね。その大量の袋はどこに納品されていたんですか?山井: 当時はまだ中国などの海外に繊維産業が移る前でしたから、すべて日本国内の縫製工場です。大手の有名アパレルメーカーさんと東京の本社で商談をして、「東北の縫製工場に直接送ってくれ」と言われる。そうやって送った先の工場には、1社で何百人も従業員がいるような巨大な工場が東北地方にゴロゴロあったんです。川村: なぜ東北にそんなに集まっていたんでしょう。山井: 地方の雇用を維持するために、県や市が誘致したんですよ。繊維産業って他の金属加工なんかと比べてミシンなどの設備投資が少なくて済むでしょう。おまけに当時は「最初の1年目は県や市が従業員の給料の半分を負担する」という助成金制度があったんです。だから、田舎のおばちゃんたちを非常に安い賃金で雇うことができて、青森、秋田、岩手、福島などの巨大工場で信じられないほどの生産効率で服を縫っていたんです。川村: なるほど、国や地方のインフラとして国内生産が成り立っていたんですね。それが、なぜ海外へ移転してしまったのですか?山井: 1990年代以降の円高と、海外(特に中国)の改革開放路線ですね。向こうは人件費が圧倒的に安くて、当時の賃金は月額数千円。一気に日本の生産拠点が海外へ流れました。それにね、地方の給料補助金も、2年目、3年目と年々1割ずつ減って5年でゼロになる。負担が増えるタイミングと海外の台頭が重なって、みんな海外へ行ってしまったんです。 その結果、日本の優れた縫製工場や織物工場、流通問屋はあっという間に消えていきました。川村: 産業自体が一気に崩れてしまったと。その結果が、いまアパレル業界が直面している「年間15億枚の衣服廃棄問題」に繋がるわけですね。山井: そうなんですよ。海外で安く大量に作らないと元が取れないから、作っては売れ残る。ブランド価値を維持するために、売れ残った新品の服を10年以上も裏で燃やし続けていたんです。そういう無理な大量消費サイクルの中で、ビニロン袋も姿を消していきました。川村: ビニロンが安価なポリエチレン袋(ポリ袋)に負けてしまったのは、やはり価格の面だけだったのでしょうか?山井: いや、それだけじゃない。ビニロンには「製造加工がものすごく難しい」という決定的な短所(弱点)があったんですよ。 ビニロンの最大の長所は「湿気を吸ったり吐いたりする通気性(透湿性)」ですが、これは裏返すと「湿度や天候によって、フィルム自体が湿気を吸って波を打ってしまう(変形する)」という非常に厄介な特徴でもあるんです。 ロール状のフィルムを糊貼りして袋にする「チュービング(製袋)」の際、この湿気による波のせいで機械の調整がミリ単位で狂ってしまう。クラレさんもわざわざ「夏用」と「冬用」の異なるタイプの原反を作っているくらいで、季節の変わり目に設定がちょっとでもずれると、まともに加工ができなくなります。ポリエチレン(PP)は天候に関係なく誰でも簡単に作れますからね。川村: なるほど。生きている素材だからこそ、加工の難易度が高すぎたんですね。山井: そう。だから、関東で非常に大きかった競合の「関根化成」さんをはじめ、機械を持っていた同業他社は「こんな面倒なものはやっていられない、効率の良いPP(ポリプロピレン)専業にしよう」と、みんなビニロンから撤退してしまったんです。作る会社がどんどん減って、気づけばうちのように技術を守り続けるところだけが残った。川村: 気難しくて扱いにくいからこそ、ライバルが去っていった。しかし、その「湿気を吸って逃がす」という気難しさこそが、現代において大切な衣類をカビや変色から守る「呼吸する力」という最大の価値になる。山井: その通りなんですよ。その「ニッチ」な部分を大事にして、本物の技術を守り抜いたからこそ、今日光商事にはチャンスがあるんです。ーーおわりに次回は、業界最大手のメガメーカーには真真似できない、私たちが守る「ニッチ戦略」の真髄と、今回お届けする特注「厚手50ミクロン」に込めた覚悟について、さらに対談を深掘りします。どうぞお楽しみに!


〜工場の復旧作業を終えて、改めて感じたこと〜皆様、いつも温かいご支援をいただき本当にありがとうございます。日光商事の代表、川村です。先月、私たちの本拠地である栃木県足利市を、短時間で記録的な大雨が襲いました。 一部のメディアでも報道されましたが、日光商事の現在の様子と、この経験から皆様にぜひお伝えしたい大切なことについて、お話しさせてください。実は先日、この復旧の歩みに関連して、栃木テレビ(とちテレNEWS)様から取材をいただきました。取材動画URL(YouTube)■ 開始わずか4日後の豪雨私たちの設立70周年を記念したこのクラウドファンディングは、先月の7月13日にスタートいたしました。 「70年間守り続けてきたビニロン袋の価値を、現代の皆様にお届けしたい」と、メンバー一同で発信を始めた、まさにその矢先のことでした。公開からわずか4日後の7月17日の夜、記録的な豪雨が足利市を襲いました。 本社の建物は幸いにも被害を免れましたが、近くにある「仕上げ工場」が、膝下あたりまで床上浸水する被害を受けました。大切にお預かりしていた資材の一部や設備が水に浸かってしまい、一時は途方に暮れる状況でした。■ 炎天下、4日以上におよぶ復旧作業お盆の連休明け、私たちは社員総出で復旧作業に臨みました。うだるような厳しい炎天下の中、工場内に流れ込んだ泥をかき出し、機械を一台ずつ丁寧に洗浄・点検し、床を洗い流す作業。これらは本当に想像以上に大変なものでした。 通常の業務を一時的に止めざるを得ず、完全に片付けを終えるまでに丸4日以上かかりました。スタッフ一人ひとりが泥だらけになりながら、文字通り汗を流してひたむきに作業を続け、ようやく通常業務を再開できる状態まで戻すことができました。■ 「うちは大丈夫」と高を括らないこと1989年に本社施設を建てて以降、平成の間は、この周辺が水に浸かることなど一度もありませんでした。しかし、2019年の東日本台風で初めて水害を経験し、それからわずか7年しか経っていない今年、再び同じような床上浸水が起きてしまいました。 今回、身をもって痛感したのは、「線状降水帯や大雨災害は、本当にいつ、どこで起こるか予測がつかない」ということです。テレビのインタビューでもお話しさせていただきましたが、 「うちは大丈夫だろう」と決して高を括らないことが、何よりも重要です。 近年、日本全国のどこで同じような大雨が起きてもおかしくない状況が続いています。 大雨が降ってから慌てるのではなく、普段から「こういうことが起きるかもしれない」と身構えておくこと。 そして、「事前のハザードマップの確認や、いざという時の避難準備」を、ぜひ今から、ご家族や職場で話し合って準備しておくことをお勧めします。■ 一歩一歩、丁寧にお届けします 今回の豪雨は大きな試練でしたが、復旧を終えた今、私たちはまた一歩ずつ前を向いて歩みを進めています。東日本において、この「ビニロン袋」を製袋できる会社は、私たちを含めてもう2社しか残っていません。 大切な衣類を湿気や静電気から守るこの伝統的な技術を、ここで途絶えさせることなく、確実にお届けする。それが私たちのこれからの使命と考えています。 少しお時間をいただくことにはなりましたが、皆様にお約束したリターンは、より気を引き締めて丁寧にお作りし、お届けしてまいります。引き続き、日光商事の挑戦を温かく見守っていただけますと幸いです。


第10回:築100年の歴史を未来へ。足利のモノづくりと文化を繋ぐ「エコシステム」はじめにーー日光商事の川村です。おもいつむぎ財団編の最終回となる今回は、私たちが目指す「足利のモノづくりと文化のエコシステム」について、そしてこのクラウドファンディングを通じた「未来への投資」の意義について語ります。川村:今回、私たちが作っているビニロン袋や、初山染工さん、田中メリヤスさんのような足利の職人の手仕事と、財団の活動はどう結びついていくとお考えですか。川端:例えば、うちのミュージアムショップで、地域の企業や丁寧な職人さんが作られたものを紹介させてもらうこと。文化や芸術というフィルターを使って、地域の経済に何かプラスを生み出すことができれば、そこに美術館がある意味も出ますよね。川村:文化をフィルターにして、地域経済を回す仕組みですね。川端:そうです。文化や芸術って、極端な話「なくても生きていけるけど、あった方がいろんな意味で豊かになっていくし、選択肢が増えていく」ものだと思うんです。KPIとかでは判断されづらい部分ですが、そこはちゃんと残そうよ、と。川村:今回のクラファンを通して、足利には「大量の服が捨てられる時代」とは対極にある、途方もない手間暇をかけて作られた「一生モノ」の技術があることを改めて実感しました。川端:ビニロンも全くそうだと思うんですけど、以前からある良いものの本質をちゃんと残しつつ、次の世代の新しいものを生み出していく。そういう部分を上手に活かしていきたいですね。今回のコラボリターンの一つ吉田博氏の版画ビニロンおわりにーー安さだけを求め、大量消費・使い捨てを繰り返す時代はもう終わりにしなければなりません。足利の職人たちが魂を込めて作る「一生モノ」の製品と、それを長く大切に守り続けるためのプロ仕様の厚手パッケージ「ビニロン」。これらを適正価格で購入し、長く愛用することは、単なる消費ではなく、日本の貴重な文化と職人技術を未来へ繋ぐための『パトロンとしての投資』に他なりません。1300年の繊維の歴史を持つ足利の誇りを、絶やさずに次の世代へ。皆様の温かいご支援を、心よりお願い申し上げます。


第9回:「NPOは稼いでいい」利益を社会に還元する、新しい文化支援のカタチはじめにーー日光商事の川村です。前回は、おもいつむぎ財団が「補助金ゼロ」で自走する道を選んだ背景について伺いました。第2回となる今回は、人口減少社会において「文化や歴史」をどう守り、未来へ残していくべきか。川端代表の持続可能なソーシャルビジネスの哲学を深掘りします。川村:地方は人口も減少し、文化や芸術を維持するのがますます大変になっていますよね。川端:そうなんです。自治体も予算がないので、相対的に文化や芸術に割く予算は減らさざるを得ない。減っていく中で持続していくには、ある程度民間がサポートしていく形を作らないと難しいんじゃないかなと思っています。川村:ただ寄付を集めるだけではなく、財団としてどうやって持続させているのでしょうか。川端:日本だと「NPO=寄付をもらってやる事業、ボランティア」って勘違いされているんですけど、全く違って、利益を出していいんです。営利団体は稼いだ利益を株主に還元するのが仕事で、非営利団体は利益を稼いだらそれを社会に還元する。だから、しっかり経済活動や事業をして収益を上げ、それを社会活動の方に還元することがすごく大事なんだと思います。川村:足利には100年を超える企業や建物が多く残っていますが、財団が美術館として運営している「大久保分校」も築100年になるそうですね。川端:はい。古い木造の校舎ですが、ああいう歴史や文化って、今から作ろうとしても間に合わないんですよね。でも、歴史を繋ぐためには、ある程度の経済的な仕組みや人間の関心が常にないと続かないんです。だからこそ、古い良いものを残しつつ、次の世代へ繋ぐ新しい価値を生み出していく時に、歴史を大事にしたい。大久保分校では、地元の自治会の方々が毎月自主的に集まって除草作業などをしてくれていて、そういう人との関わりがあってこそ維持ができているんです。8/28追記風景画家の第一人者「吉田博」生誕150年記念展が開催されています。https://www.moaart.or.jp/event/150th_anniversary_yoshidahiroshi/今回、おもい・つむぎ財団様とのコラボリターンとして、吉田博氏の版画をデザインしたビニロンをご用意しております。貴重なリターンとなりますので、ぜひこの機会にお求めください。おわりにーー「NPOは稼いでいい。そして社会に還元する」。ただ保存するだけでなく、経済や人々の関心という血を通わせて歴史を未来へ繋ぐ。その合理的な仕組み作りに感銘を受けました。最終回となる次回は、今回のクラウドファンディングが目指す「大量消費からの脱却」と、足利の文化を繋ぐエコシステムについて語り合います。


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