
僕は愛媛の少し珍しい田舎で育ちました。
家は多くて、人の距離はとても近い。
近所付き合いも強くて、子供の頃はよく友達の家や庭、公園に集まって遊んでいました。
ゲーセンやショッピングモールではなく
カードゲームやバスケットボール。
お金を使う遊びではなく
自分たちで時間を作る遊びでした。
そして秋になると祭りがありました。
獅子舞や提灯行列で近所の家を回り
お金をいただく。
「いのこ」という行事でも庭を回り
お金をいただく。
子供なのに働き
集めたお金を最後はみんなで分ける。
当時は
誰にいくら渡すのかも
子供たちで話し合って決めていました。
年上が年下を見て
全体のバランスを考えながら分配する。
そこには
小さな社会がありました。
お金は
数字ではなく
仲間と作った熱や
達成感そのものでした。
でも今は
安全や管理のためだと思いますが
その多くを
大人が決めていると聞きます。
子供たちが
挑戦し
失敗し
自分たちで考える機会が
少しずつ減っているのではないかと
感じることがあります。
僕は中学まで
ずっとその町で育ちました。
松山の中心部の人たちと
関わることはほとんどありませんでした。
だからこそ高校に進学して初めて
価値観の違いに気づきました。
松山の人たちは
周りにお店があり
お金を使う場所があり
便利な生活がある。
でもその分
人との関係の濃さや
コミュニティの大切さは
僕が育った町とは
少し違うどころか
大きく違って感じました。
その違和感は
時間が経っても消えませんでした。
どこか合わないまま
生きている感覚がありました。
地方は時に
良くも悪くも
未来が固定されやすいと感じます。
決められた道を
進くことが正解になりやすい。
その中で
違和感を持ちながら生きることは
とても苦しいことでした。
そして僕は
東京という世界に出ました。
そこは人が多く
情報も多く
スピードも速い場所でした。
多くの人は
東京は怖い場所だと言います。
でも僕は
怖いというより
「やっと来た」
という感覚でした。
そして同時に
ワクワクしていました。
沢山の人が集まり
沢山の挑戦が生まれ
沢山の可能性が動いている。
その空気の中に
自分が入れたことが
ただ純粋に嬉しかった。
それはきっと
人が集まることで
熱が生まれる感覚を
子供の頃から
知っていたからだと思います。
僕にとってお金は
怖いものではなく
祭りの熱そのものでした。
でも大人になると
夢を語れば笑われる。
行動すれば叩かれる。
そんな空気を感じることも増えました。
映画『えんとつ町のプペル』が公開された2020年は
コロナで日本中が苦しい時代でした。
それでも多くの人が
前を向こうとしていました。
そして今。
もう一度夢を語ると
まだ煙に覆われている空気を感じます。
だから僕は
最初に
「星はある」
と声を出す人になりたい。
行動して
煙を除ける人になりたい。
愛媛から日本一のエンタメを作る。
そのスタートとして
アパレルブランドSHINE10を動かしたい。
でも僕が本当に作りたいのは
商品ではなく
一緒に何かを作る場所です。
子供の頃の祭りのように
人が役割を持ち
熱が生まれ
お金が動く。
そんな時間を
大人の世界でも作りたい。
ワンピースで言うなら
僕は海賊王になりたいのではなく
最初に海に出た
ゴールド・ロジャーのような存在に
愛媛でならなくてはいけないと思っています。
まだ誰も見たことのない景色を
最初に見に行く人。
だからこそ
人の力を借りて
夢を大きくしたい。
一緒にスタートしたい。
現在
自叙伝『My 30-Year Journey』出版のため
クラウドファンディングに挑戦しています。
ここが
すべてのスタート地点です。
まず最初の支援者になってくれる人
いませんか。
応援よろしくお願いします。




