年4回開催へ進化!浜松のまちなかで子どもがスポーツと出会う最高の体験を創りたい!

「浜松まちスポ」は駅前を舞台に、子ども達が多様なスポーツと出会う体験型空間です。本年度は浜松市共催で年間4回開催へ進化!出展料「完全無料」を貫き、多種多様な競技が集まる環境を維持するには皆様のお力が必要です。子ども達の運動習慣と地域の新しい仲間づくりを後押しする、温かいご支援をお願いします!

現在の支援総額

46,000

4%

目標金額は1,000,000円

支援者数

5

募集終了まで残り

16

年4回開催へ進化!浜松のまちなかで子どもがスポーツと出会う最高の体験を創りたい!

現在の支援総額

46,000

4%達成

あと 16

目標金額1,000,000

支援者数5

「浜松まちスポ」は駅前を舞台に、子ども達が多様なスポーツと出会う体験型空間です。本年度は浜松市共催で年間4回開催へ進化!出展料「完全無料」を貫き、多種多様な競技が集まる環境を維持するには皆様のお力が必要です。子ども達の運動習慣と地域の新しい仲間づくりを後押しする、温かいご支援をお願いします!

箱根駅伝 の付いた活動報告

台風一過。嵐が過ぎたあとの空は、どこか人の心に似ている。荒れ狂った風雨の名残をわずかに残しながらも、どこか澄み切っていて、妙に静かだ。私は昔から、台風の日に家へ籠り、仕事をするのが好きだ。集中しているはずなのに、ふと疲れて窓の外を見ると、世界は怒号のような雨に包まれている。その景色に、自分の心のざらつきが照らし返されるようで、思わず反省してしまう。そう、反省は私の“ささやかな趣味”のひとつだ。反省ばかりして、よく自己肯定感が保つものだと自分でも思うが、それでも前へ進む癖は、どうやら身体の奥に根を張っている。十代、二十代のほとんどをスポーツに捧げてきた私にとって、「できない」と決めつけることは、そもそも精神構造として存在しない。それを教えてくれたのも、スポーツだった。2010年。スズキが全日本実業団陸上連盟から脱退し、私のニューイヤー駅伝人生は、唐突に幕を閉じた。その決断を下した人物は、もうこの世にはいない。長い間、私はその事柄を恨んだ。だが、私のバイブルである鈴木實次郎氏の自叙伝を読み返すたび、恨みは砂のように指の間からこぼれ落ちていった。この写真の本は、弊社の社長室の神棚に置いてある、弊社の三種の神器の1つであると、私は勝手に思っている。「長距離選手は頑張りとねばりの精神が必要であり…競技生活終了後は出身地の会社直営の販売代理店へ赴任させたらと思い…強いチームを育てようという構想で…」この一節には、今で言う“デュアルキャリア”の精神がすべて詰まっている。スポーツと仕事、どちらも人生の一部として育てるという思想だ。私はこの考えを胸に、今の会社経営にも活かしている。スタッフを信じ、時に厳しく、しかし同じ目線で歩む。それが私の流儀だ。第80回箱根駅伝の学生選抜でキャプテンを務めながら区間11位に沈みながらも、チームが6位相当でゴールしてくれた経験が、アマノジャクアスリートだった学生時代の私に、大いなる刺激を与えたのは間違いないだろう。だからがゆえ、ニューイヤー駅伝を大切にしたかったが、それも消え...だからこそ...”今”がある。教室に来る親御さんと話していると、「心身健全」という言葉がよく出てくる。時代なのだろう。学校だけでは学びきれないものが増え、勝利至上主義の限界も見え始めている。だからこそ、現場に立つ弊社のコーチ陣は、過去に自分がどれだけ速く走れようと、決して驕らず、子どもたちと同じ目線で向き合っている。私はその姿勢を心から尊敬している。そして——まちなかスポーツフェスティバル2026まで、あと2週間。私は今年も、鈴木實次郎氏の言葉を胸に刻み、実行委員長としての一年をやりきる覚悟でいる。嵐のあとに空が澄み渡るように、浜松のスポーツ文化も、きっと晴れ渡ると信じて...


人間には、年齢というものがある。そしてその年齢には、その年齢なりの役割がある。私はそれを信じているし、信じている以上、この身に課された役割を、たとえ泥にまみれていようと、果たすしかないと思っている。若い頃の私は、もっと鋭かった。風の匂いで勝負の流れを読み、足裏の感覚だけで自分の調子を測れた。だが今は違う。机に向かう時間が増え、外回りの雑務に追われ、かつての勝負勘は、まるで冬の川のように静かに、しかし確実に冷えていく。衰えを認めるのは、男にとってなかなかに苦い。だが、それでも私は、陸上競技のいくつかの領域については、まだ平均以上の力があると勝手に思っている。虚勢かもしれない。だが虚勢を張れなくなった男は、もう終わりだ。私は第80回箱根駅伝で、学連選抜のキャプテンを務めた。だがその肩書きを、私は10年間、口にしなかった。自分の成績が、肩書きに追いついていなかったからだ。誇れなかった。むしろ恥ずかしかった。肩書きだけが先を走り、中身が置き去りにされた自分を、私は誰よりも自分が軽蔑していた。だが今になって思う。あの“弱さ”こそが、私を形づくったのだと。人間は、強さよりも弱さの方に、本当の輪郭が浮かび上がる。「成果が悪い時こそ、自分を磨くときだ」私は社内でよくそう言う。昨日も言ったし、今日も言った。結果が悪いときに擦れていては、問題の本質から目を背けるだけだ。むしろ結果が悪いときこそ、人間の伸びしろが露わになる。弱小選手として泥水をすすり、トップ選手としてもがき続けた私は、その真理を骨の髄で知っている。多くの指導者は、選手の成績が良いときに浮かれ、欲深くなり、格好の良いものばかり求める。だが私は違う。失敗したときの心の置き場を知っている。泥の味を知っている。そしてそれが、どれほど人間を強くするかも知っている。まちなかスポーツフェスティバルも、長い間、苦渋を味わった。何度もやめようと思った。だが諦めなかった。だからこそ、浜松市共催事業としての2026年がある。多くの人々の協力がある。ありがたい話だ。だが、これは偶然ではない。どんなときでも、私はまちなかスポーツフェスティバルの理念を、哲学として深く練り続けてきた。その積み重ねが、ようやく形になりつつあるだけだ。この機に、実行委員会の経営を立て直し、まちなかスポーツフェスティバルを街に根づかせたい。でなければ、これまでの苦渋の日々が無駄になる。スポーツ文化とは、人間の生きざまである。その言葉を、私は軽々しく使わない。ドストエフスキーはこう書いた。「人間の深さは、苦しみの量で決まる。」私はその言葉を、泥の中で噛みしめてきた。だからこそ今、前へ進む。!!クラウドファンディングのご支援、よろしくお願いいたします!!


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