皆さま、こんばんは。温かいご支援と応援をいただき、本当にありがとうございます。4月30日現在、目標金額の70%以上のご支援をいただいております。日々届く応援のお気持ちに、心より感謝申し上げます。3つのゴールまでまだまだこれから!引き続き、応援いただけますと幸いです。今回は、出版プロジェクト「粋に生きる習慣(仮)」に込めた「粋に生きる」とはどういうことなのか、その想いをお届けさせていただきます。私が大切にしているのは、「粋に生きる」という日本の美意識です。この「粋」という言葉に出逢ってから、私はずっと探求を続けています。その答えは、人生の終わりに「これが粋だった」とようやく言えるものなのかもしれませんし、最後まで分からないままかもしれません。だからこそ、この「問い」を持ち続けながら生きること自体に価値があると考えています。粋な女子道というコミュニティでは、「粋な人」をこのように定義しています。「自分の選択で、自分の責任のもと、自分の生きたい道を創れる人」そして、「粋」を構成する3つの要素。それは、外見や言葉遣いの美しさだけでなく、内面の美しさ・精神の成熟・志のある生き方を指します。粋とは九鬼周造さんが提唱されている「いきの構造より」・媚態・意気地・諦めこの三要素を粋な女子道では、下記のような、現代の表現に置き換えています。・ときめき・自分軸・受け入れる一つ目は「媚態→ときめき」色気や艶とも言われますが、現代では「ときめき」と捉え、自分が心からワクワクすることに正直に生きること。二つ目は「意気地→自分軸」自分のこだわりや他者に媚びない在り方。つまり「自分軸」を持つこと。三つ目は「諦め→受け入れる」これは単なる断念ではなく、起きた出来事や人生を受け入れる力。その上で、「で、どうする?」と行動に移していく在り方です。この3つの要素を大切にしながら、私たちはご縁ある方々とともに磨き合い、人生において大切にしたい「問い」である“粋な生き方”を歩んでいます。また、「粋」という字は、「米」に「九十」と書きます。90歳になったときに、ようやく本当にかっこいい“粋な人”になれるのではないかと考えています。その歳で最高に素敵な人になるために、「今」の在り方や生き方の選択を磨いていく。だからこそ、今は野暮でもいい。ポンコツでもいい。大切なのは、自分の中の野暮さに気づき、それを磨き続けていくこと。経験を重ね、余分なものが削ぎ落とされていった先に、にじみ出るような粋が磨かれていく。本当に生きたい人生のために「今どうあるか」「どう生きるか」日々、自分との対話を楽しんでいます。「野暮はもまれて粋になる」そんな言葉の通り、私たちは日々の行動、体験の中で少しずつ磨かれていくのだと思います。そして、大切にしている合言葉は「粋か野暮か」この言葉を常に自分に問いながら、自分の心の声に寄り添い、善悪でもなく、損得でもなく、正しさでもなく、人と比べることもなく、自分の中にある答えを正解にしていく生き方。日々の言葉や行動に対して、「今のは粋だったか、それとも野暮だったか」と自分に問いかけます。これは誰かを否定するためではなく、自分自身の在り方に気づくためのもの。例えば「今のダメだったね」ではなく、「今の野暮じゃない?」と問いかけることで、人ではなく言動に目を向け、自分の中から答えを見つけていくことができます。この問いは、私たちにとってとても大切な指針、道しるべになっています。この「粋に生きる」という在り方が、日々の中でふとした気づきや、小さな選択のフラグになれば嬉しいです。皆さまにとっての「粋に生きる」とは、どのようなものでしょうか。2026年4月30日粋な女子道創始者 稲垣沙織






