「ただ織ることが楽しい」 その笑顔が生きる力になる。
神戸、東北、タイから、もっと世界へ広げたい。
阪神・淡路大震災、インド洋大津波、東日本大震災。大きな災害を目の当たりにするたび、私たちは「本当に必要なのは、ゆっくり、長く寄り添う支援だ」と感じてきました。
2026年9月27日、令和6年能登半島地震からちょうど「1000日目」を迎えます。
私たちはこの日を起点に、石川県での体験会から始まる新たな復興支援プロジェクトを本格始動します。
災害から立ち上がる人たちが、背筋を伸ばし、生きがいを持って前に進める環境を。能登、神戸、そしてフィリピンへ――。タイや東北での経験を生かし、織物で被災地の未来を繋ぐため、皆様の温かいご支援をお願いいたします。東日本大震災1000日目(2013年12月4日)
岩手県宮古市の津波浸水区域にあるワークショップ会場に飾られたスローガン
織物でつなぐ、被災地の未来へ
みなさま、こんにちは。「ツナミクラフト」です。私たちはこれまで、タイのスマトラ島沖地震や東日本大震災の三陸など、国内外の被災地で「手仕事(さをり織り・フェアトレード)」を通じたコミュニティ支援や心のケアを続けてきました。
すぐに駆け付ける支援も大切ですが、本当に必要なのは『ゆっくり、長く寄り添う支援』ではないでしょうか。私たちは、さをり織りを通じて、被災地の人たちが背筋を伸ばして、生きがいを感じながら前に進める環境をつくりたいと考えています。

織物に込めた『つながり』の力
織物は「たて糸」と「よこ糸」でできています。
たて糸は、被災地の人たちがまっすぐ、それぞれの地域で自分らしく生きていく姿。
よこ糸は、何かのきっかけでの出会いや、行き交う人たちなど、交わる人たちとのつながり。
この二つが重なることで、初めて美しい布が生まれます。それは、人と人の関係を紡ぐことと同じです。私たちは、災害の大変さを訴えたいのではありません。災害を通じて人と人が出会い、どのように復活していったのかという「経験」と「生きる知恵」を伝えていきたいのです。
◆ なぜ、今このプロジェクトが必要なのか?
① 災害から3〜5年目。「忘れられる不安」に寄り添うために
30年前の阪神・淡路大震災の自らの経験から痛感していることがあります。それは、「災害発生から3年目から5年目が、もっともつらい時期である」ということです。
発災直後の目まぐるしい変化が一段落し、だからと言って復興が実感できるわけでもない。報道も急激に少なくなり、現地では「私たちは忘れられたのではないか」という孤立感が深まります。
だからこそ、この時期に“新しいこと”を始め、光を当て続けることが重要なのです。
② 2026年9月27日:能登半島地震「1000日目」から始まる挑戦
岩手県宮古市での手織り体験会の様子
岩手県宮古市の集会所で
住民たちがさをり織りを
体験する様子 令和6年能登半島地震から1000日目となる2026年9月27日。私たちは石川県で展示イベントとさをり織り体験会を開催し、プロジェクトを本格始動します。
これは、東日本大震災の1000日目に岩手・宮城・福島から始まった「さをり織りの活動」のバトンを、能登へとつなぐ大切な一歩です。
◆ プロジェクトの3つの柱と実施計画
【1】能登半島でのワークショップ展開(2026年9月27日〜)
最初のワークショップはデモンストレーションとして能登半島で実施します。そのワークショップの反応を見て、要望があれば、織り機を持ってさらなる巡回ワークショップを行います。やる気がある地域には織機を貸し出し、地域に根付く『生きる知恵の伝承』を目指します。
ワークショップの最大の目的は、ただ織物体験をしてもらうことだけではなく、「手織りの住民グループを一緒に作ってくれる熱意を持った人」を探すことです。「これなら自分たちでも続けられそう」「地域のみんなが集まる場にしたい」と感じてくれる仲間を見つけ、やる気がある地域には織機を貸し出して、巡回ワークショップや継続的なサポートへと繋げていきます。
体験会を通じてさをり織りに熱意を持つ住民の皆さんを見つけ、その後は講師を派遣。外からの一時的な支援ではなく、地域の人たち自身が主体となって活動を続けられる基盤(地域の自主性)をサポートします。
手織り体験会は、誰でも簡単に織れるという、織る体験だけでなく、
織り機に糸を張るなどの準備工程もひととおり体験できます。
体験をしてみて、地域へ導入したい場合は
中古の織り機などの機材の提供や講師の派遣をいたします。
生涯学習、地域学習などの専門知識のある社会教育士などで活動をサポートします。
写真 北淡震災記念公園 野島断層保存館
【2】神戸での展示会の開催(2027年1月)
これまでの震災の記憶や、国内外の被災地で紡がれてきた「さをり織り」の作品を一堂に集めた展示会を神戸にて開催します。災害の経験を風化させず、未来の創造へと繋げます。
東日本大震災の1000日目から始まった「被災地をつなぐさをり織り(Cruise around Tsunami Havens)」活動は、今や22都道府県、4か国100か所以上(参加者5000人以上)に広がっています。
2026年1月17日 神戸市灘区岩屋北町BBプラザにて
ワークショップ実施場所リスト (2026年1月現在)
画像歴史的な津波防災の地 和歌山県広川町『稲むらの火の館』での展示の様子
【3】フィリピンでの国際交流と避難民支援(2027年〜)
フィリピンの地震被災地で活躍する
能登で作られた手織り機のパーツ フィリピンのルソン島北部のアブラ州(2022年7月27日にマグニチュード7.0の直下型地震が発生し多くの建物が倒壊)では、能登で作られた織機のパーツが現地の伝統手織りの生産性を3割向上させるなど、実際の生活改善につながっています。それをきっかけに、手織りを地域の誇りとする一環として、 2025年に小学校の特別支援クラスに「さをり織り」を導入するなど、地域住民に対し手織りへのアクセスを増やす活動をしています。
さらに現在、激しい噴火活動が続くルソン島南部のマヨン火山の避難民など、日常と働く場を奪われた人々へも、この「さをり織り」を通じた仕事づくりとコミュニティ支援を届けるため、2027年に現地での交流・展開を予定しています。
マヨン山は非常に美しい円錐形の火山ですが、フィリピン国内でも特に活発な活火山の一つであるため、噴火のたびに避難措置が取られています。
2026年5月5日時点のフィリピンの通信社などの報道によれば、アルバイ州では、噴火により総避難者数: 少なくとも 195,363人、避難所滞在者: そのうち 5,459人 が指定の避難所に滞在、被災者総数: 周辺一帯で計 199,367人 が影響を受けています。
通常の仕事づくりの支援は、避難所が固定化するまで、機械を導入した生業支援を行いにくいという問題があります。
小型で折り畳みが可能で且つ、本格的な織りも可能な"さをり織り"の織り機は、持ち運びが容易なため、避難民が定住しにくい段階から導入が可能です。
2004年スマトラ島沖地震によるインド洋大津波被災地のタイ・パンガー県では、津波の1か月後にバンムアン避難キャンプに導入したという事例もあります。
2000年、2006年のマヨン山大噴火時に被災者の仕事づくりと製品販売の実績のある団体というカウンターパートナーも内定し、フィリピンの現地指導者など、人材としくみを確保したので、あとは織り機や資材を購入する資金集めのみの状態で、皆様の支援を待っている状態となっています。
2000年からのマヨン山噴火の被災者である織り手
復興住宅の部屋にどうにか押し込んだ手織り機
部屋が狭いので織り機の横から織りながら語った
「フィリピンにも、あの時に持ち運べるような小型の手織り機があったら、
私たちはもっと早く、自分たちの手で仕事を再開できたのに……」
さをり織りの織り機は、小型でも本格的な織りができる
岩手県宮古市磯鶏実田仮設集会所にて(2012)
◆ 現在の状況と、皆さまへのお願い
これまで私たちは、国や自治体の直接的な助成金や復興予算には頼らず、2004年のスマトラ島沖地震のタイの被災者が作ったフェアトレード製品の販売収益などを原資として、自立した活動を続けてきました。
しかし、近年の急速な円安により、海外製品の輸入・販売による利益が大きく減少しています。活動の原資が目減りする中で、9月27日から能登、そして世界へと展開するこの大切なプロジェクトを妥協せず実現するためには、皆さまからのご支援が何より不可欠です。
大ヒット商品「PRAY FOR JAPAN」シリーズ
スマトラ島沖地震によるタイ王国の津波避難キャンプ跡地で
日本の災害被災者が一日も早く日常を取り戻せるようにという人々の想いでつくりました
イベントやフェアトレードショップ、セレクトショップの他
災害復興支援団体に対しNGO特別価格で卸し、各団体がリストバンドを販売することで活動資金を得る仕組みや、
津波で被災したショッピングモールの販促品に採用されるなどで広がった。
◆ 最後に:ツナミクラフトの活動の一部になってください
大切なのは、支援額の大小ではなく、一緒に『人と人がつながる社会』を作ろうとする想いです。 被災地で出会う人たち、織り上げる布、そして全国・世界のネットワーク──それらすべてが、次の世代へ伝える『生きる知恵』になります。
皆さんのご支援が、被災地の人たちの『背筋を伸ばして生きる』その力になります。ぜひ、ツナミクラフトの活動の一部となってください。温かいご支援を、心よりお待ちしています!
ツナミクラフトの仲間たち
香港での織つなぎの様子 5万人が焼け出された石硤尾大火(1953)の跡地に
復興を目的に建てられた団地型工場を改装したアートコンプレックスにて撮影。
COVID-19の期間中に実施。




