能登地震1000日目から国内外の被災地を「さをり織り」で生きる知恵を未来へ繋ぐ

能登地震1000日目の2026年9月27日、石川県での手織り体験会を機に、東北・能登・神戸・フィリピンの被災地を「さをり織り」で結ぶ復興支援が始動。楽しさを共有し、住民主体の活動グループを発掘します。円安で資金調達が厳しい今、仕事創出と生きる知恵を未来へ繋ぐため温かいご支援をお願いします。

現在の支援総額

13,000

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目標金額は2,000,000円

支援者数

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募集終了まで残り

36

能登地震1000日目から国内外の被災地を「さをり織り」で生きる知恵を未来へ繋ぐ

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目標金額2,000,000

支援者数2

能登地震1000日目の2026年9月27日、石川県での手織り体験会を機に、東北・能登・神戸・フィリピンの被災地を「さをり織り」で結ぶ復興支援が始動。楽しさを共有し、住民主体の活動グループを発掘します。円安で資金調達が厳しい今、仕事創出と生きる知恵を未来へ繋ぐため温かいご支援をお願いします。

「ただ織ることが楽しい」 その笑顔が生きる力になる。
神戸、東北、タイから、もっと世界へ広げたい。

阪神・淡路大震災、インド洋大津波、東日本大震災。大きな災害を目の当たりにするたび、私たちは「本当に必要なのは、ゆっくり、長く寄り添う支援だ」と感じてきました。

 2026年9月27日、令和6年能登半島地震からちょうど「1000日目」を迎えます。
 私たちはこの日を起点に、石川県での体験会から始まる新たな復興支援プロジェクトを本格始動します。

 災害から立ち上がる人たちが、背筋を伸ばし、生きがいを持って前に進める環境を。能登、神戸、そしてフィリピンへ――。タイや東北での経験を生かし、織物で被災地の未来を繋ぐため、皆様の温かいご支援をお願いいたします。
東日本大震災1000日目(2013年12月4日)
岩手県宮古市の津波浸水区域にあるワークショップ会場に飾られたスローガン

織物でつなぐ、被災地の未来へ

 みなさま、こんにちは。「ツナミクラフト」です。私たちはこれまで、タイのスマトラ島沖地震や東日本大震災の三陸など、国内外の被災地で「手仕事(さをり織り・フェアトレード)」を通じたコミュニティ支援や心のケアを続けてきました。

 すぐに駆け付ける支援も大切ですが、本当に必要なのは『ゆっくり、長く寄り添う支援』ではないでしょうか。私たちは、さをり織りを通じて、被災地の人たちが背筋を伸ばして、生きがいを感じながら前に進める環境をつくりたいと考えています。

織物に込めた『つながり』の力

織物は「たて糸」と「よこ糸」でできています。

  • たて糸は、被災地の人たちがまっすぐ、それぞれの地域で自分らしく生きていく姿。

  • よこ糸は、何かのきっかけでの出会いや、行き交う人たちなど、交わる人たちとのつながり。

 この二つが重なることで、初めて美しい布が生まれます。それは、人と人の関係を紡ぐことと同じです。私たちは、災害の大変さを訴えたいのではありません。災害を通じて人と人が出会い、どのように復活していったのかという「経験」と「生きる知恵」を伝えていきたいのです。

◆ なぜ、今このプロジェクトが必要なのか?

① 災害から3〜5年目。「忘れられる不安」に寄り添うために

 30年前の阪神・淡路大震災の自らの経験から痛感していることがあります。それは、「災害発生から3年目から5年目が、もっともつらい時期である」ということです。 
 発災直後の目まぐるしい変化が一段落し、だからと言って復興が実感できるわけでもない。報道も急激に少なくなり、現地では「私たちは忘れられたのではないか」という孤立感が深まります。
 だからこそ、この時期に“新しいこと”を始め、光を当て続けることが重要なのです。

② 2026年9月27日:能登半島地震「1000日目」から始まる挑戦

岩手県宮古市での手織り体験会の様子

岩手県宮古市の集会所で
住民たちがさをり織りを
体験する様子
 令和6年能登半島地震から1000日目となる2026年9月27日。私たちは石川県で展示イベントとさをり織り体験会を開催し、プロジェクトを本格始動します。
  これは、東日本大震災の1000日目に岩手・宮城・福島から始まった「さをり織りの活動」のバトンを、能登へとつなぐ大切な一歩です。







◆ プロジェクトの3つの柱と実施計画
【1】能登半島でのワークショップ展開(2026年9月27日〜)

 最初のワークショップはデモンストレーションとして能登半島で実施します。そのワークショップの反応を見て、要望があれば、織り機を持ってさらなる巡回ワークショップを行います。やる気がある地域には織機を貸し出し、地域に根付く『生きる知恵の伝承』を目指します。

 ワークショップの最大の目的は、ただ織物体験をしてもらうことだけではなく、「手織りの住民グループを一緒に作ってくれる熱意を持った人」を探すことです。「これなら自分たちでも続けられそう」「地域のみんなが集まる場にしたい」と感じてくれる仲間を見つけ、やる気がある地域には織機を貸し出して、巡回ワークショップや継続的なサポートへと繋げていきます。

 体験会を通じてさをり織りに熱意を持つ住民の皆さんを見つけ、その後は講師を派遣。外からの一時的な支援ではなく、地域の人たち自身が主体となって活動を続けられる基盤(地域の自主性)をサポートします。

手織り体験会は、誰でも簡単に織れるという、織る体験だけでなく、
織り機に糸を張るなどの準備工程もひととおり体験できます。
体験をしてみて、地域へ導入したい場合は
中古の織り機などの機材の提供や講師の派遣をいたします。
生涯学習、地域学習などの専門知識のある社会教育士などで活動をサポートします。
写真 北淡震災記念公園 野島断層保存館


 【2】神戸での展示会の開催(2027年1月)

 これまでの震災の記憶や、国内外の被災地で紡がれてきた「さをり織り」の作品を一堂に集めた展示会を神戸にて開催します。災害の経験を風化させず、未来の創造へと繋げます。
 東日本大震災の1000日目から始まった「被災地をつなぐさをり織り(Cruise around Tsunami Havens)」活動は、今や22都道府県、4か国100か所以上(参加者5000人以上)に広がっています。 

 2026年1月17日 神戸市灘区岩屋北町BBプラザにて

ワークショップ実施場所リスト (2026年1月現在)画像歴史的な津波防災の地 和歌山県広川町『稲むらの火の館』での展示の様子
【3】フィリピンでの国際交流と避難民支援(2027年〜)

フィリピンの地震被災地で活躍する
能登で作られた手織り機のパーツ
 フィリピンのルソン島北部のアブラ州(2022年7月27日にマグニチュード7.0の直下型地震が発生し多くの建物が倒壊)では、能登で作られた織機のパーツが現地の伝統手織りの生産性を3割向上させるなど、実際の生活改善につながっています。それをきっかけに、手織りを地域の誇りとする一環として、 2025年に小学校の特別支援クラスに「さをり織り」を導入するなど、地域住民に対し手織りへのアクセスを増やす活動をしています。

 さらに現在、激しい噴火活動が続くルソン島南部のマヨン火山の避難民など、日常と働く場を奪われた人々へも、この「さをり織り」を通じた仕事づくりとコミュニティ支援を届けるため、2027年に現地での交流・展開を予定しています。
 マヨン山は非常に美しい円錐形の火山ですが、フィリピン国内でも特に活発な活火山の一つであるため、噴火のたびに避難措置が取られています。
 2026年5月5日時点のフィリピンの通信社などの報道によれば、アルバイ州では、噴火により総避難者数: 少なくとも 195,363人、避難所滞在者: そのうち 5,459人 が指定の避難所に滞在、被災者総数: 周辺一帯で計 199,367人 が影響を受けています。

 通常の仕事づくりの支援は、避難所が固定化するまで、機械を導入した生業支援を行いにくいという問題があります。
 小型で折り畳みが可能で且つ、本格的な織りも可能な"さをり織り"の織り機は、持ち運びが容易なため、避難民が定住しにくい段階から導入が可能です。
  2004年スマトラ島沖地震によるインド洋大津波被災地のタイ・パンガー県では、津波の1か月後にバンムアン避難キャンプに導入したという事例もあります。
 2000年、2006年のマヨン山大噴火時に被災者の仕事づくりと製品販売の実績のある団体というカウンターパートナーも内定し、フィリピンの現地指導者など、人材としくみを確保したので、あとは織り機や資材を購入する資金集めのみの状態で、皆様の支援を待っている状態となっています。

2000年からのマヨン山噴火の被災者である織り手
復興住宅の部屋にどうにか押し込んだ手織り機
部屋が狭いので織り機の横から織りながら語った
「フィリピンにも、あの時に持ち運べるような小型の手織り機があったら、
私たちはもっと早く、自分たちの手で仕事を再開できたのに……」

さをり織りの織り機は、小型でも本格的な織りができる
岩手県宮古市磯鶏実田仮設集会所にて(2012)
◆ 現在の状況と、皆さまへのお願い

 これまで私たちは、国や自治体の直接的な助成金や復興予算には頼らず、2004年のスマトラ島沖地震のタイの被災者が作ったフェアトレード製品の販売収益などを原資として、自立した活動を続けてきました。

 しかし、近年の急速な円安により、海外製品の輸入・販売による利益が大きく減少しています。活動の原資が目減りする中で、9月27日から能登、そして世界へと展開するこの大切なプロジェクトを妥協せず実現するためには、皆さまからのご支援が何より不可欠です。

大ヒット商品「PRAY FOR JAPAN」シリーズ
スマトラ島沖地震によるタイ王国の津波避難キャンプ跡地で
日本の災害被災者が一日も早く日常を取り戻せるようにという人々の想いでつくりました

イベントやフェアトレードショップ、セレクトショップの他
災害復興支援団体に対しNGO特別価格で卸し、各団体がリストバンドを販売することで活動資金を得る仕組みや、
津波で被災したショッピングモールの販促品に採用されるなどで広がった。
     ◆ 最後に:ツナミクラフトの活動の一部になってください

  大切なのは、支援額の大小ではなく、一緒に『人と人がつながる社会』を作ろうとする想いです。 被災地で出会う人たち、織り上げる布、そして全国・世界のネットワーク──それらすべてが、次の世代へ伝える『生きる知恵』になります。

 皆さんのご支援が、被災地の人たちの『背筋を伸ばして生きる』その力になります。ぜひ、ツナミクラフトの活動の一部となってください。温かいご支援を、心よりお待ちしています!


ツナミクラフトの仲間たち
香港での織つなぎの様子 5万人が焼け出された石硤尾大火(1953)の跡地に
復興を目的に建てられた団地型工場を改装したアートコンプレックスにて撮影。
COVID-19の期間中に実施。


支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 人件費

  • 広報/宣伝費

  • リターン仕入れ費

  • その他 手織り機 備品 購入 ※寄贈手織り機の場合は回収費用と整備費が必用  材料費 糸など 運送費 (国際貨物等) ※手織り機の運送において航空機の手荷物の場合超過料金がかかります。フィリピン国内の宅配サービスでは取扱い不可なのでチャーターカーなどで輸送が必要。 ※能登半島など国内は訪問時に自動車に積んで輸送します。 旅費・滞在費 会場費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

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  •  今年2026年9月27日、能登半島地震は発生から1000日目の節目を迎えます。私たちは、この日を契機として新しく始まる復興活動に向けて、クラウドファンディングを立ち上げました。 そのイメージソングとして制作した『よこ糸のステップ (The Weft Step)』のミュージックビデオ(MV)は、もうご覧いただけましたでしょうか? 3分47秒という映像の中に、私たちがこれまでの活動の中で出会い、共に歩んできた国内外の被災地の記憶と、困難を乗り越えてきた人々の知恵が、さをり織りの糸のように誠実に編み込ました。 今回は、このMVに込められたロケーションと、そこに隠されたストーリーを皆さまにお届けします。1. 映像に編み込まれた「災害と復興」の記憶、その舞台 画面に次々と映し出される風景や写真。そこにはすべて、当事者たちの確かな営みと、地域を超えた繋がりの物語があります。 【能登(石川)】このプロジェクトの起点 棚田と海の風景。今年9月27日に1000日目を迎える被災地へ向け、私たちが今ここから再び想いを繋いでいく決意の象徴です。 【神戸(兵庫)】復興の灯火  港や街の夜景が、阪神・淡路大震災を乗り越えた未来への希望を照らします。 【新潟(長岡市川口地区)】経験から生まれるエール 中越地震で震度7を計測した激震の地。震災10年目の節目に撮影された写真と、そこに添えられた「にいがたから みんなえがおに」というメッセージタグ。自らの歩みを糧に、他の被災地を想う強さがそこに宿っています。 【仙台(宮城)】想いを集め、紡ぎだす拠点 中心部商店街にあった復興・コミュニティ拠点「東北ろっけんパーク」での一コマ。多くの人々が1本の布を織りつなぐ「織つなぎ」を通じて、震災の記憶を未来へのエネルギーへと変えていった大切な場所です。 【三陸・宮古(岩手)】日常を取り戻す機織りと、能登へ繋ぐイメージ 映像内に登場する機織りの風景は、実際に三陸地域の被災者の方々を対象に開催されたワークショップの実際の姿です。被災された皆さんが、機織りを通じて笑顔を取り戻していった時間の記録であると同時に、これは「もし能登で手織りをやってみたいという住民グループが集まったら、こんな風にみんなで集まって織り始めたい」という、これから能登で実現させたい未来のイメージでもあります。 そして、笑顔で手をつなぎ歩くレッドカーペットは、「宮古復興まつり」で実施された屋外ファッションショーの瞬間です。自分たちの手で織り上げた作品を身にまとい、前を向いて歩む姿が描かれています。 余談ですが、いきなり鉄道のシーンがありますが。気動車のレールの音と織り機のカタンコトンを掛けてみました。映像はJRの車両が走っていますが、三陸の復興の象徴の三陸鉄道といっしょに映っています。【フィリピン・レガスピ】 いま、ここからスタートする「小さきな機」への祈り大規模な噴火や住民避難が続く活火山・マヨン山。その麓に広がる海岸の街レガスピの風景です。 火山活動が落ち着き、避難民の定住化が確定するまでは、通常の手織り機(大型の織り機)の支援を受けることができないという厳しい現実があります。そこで今回、新しくスタートするのが、さをり織りの「小型手織り機」を届ける支援です。 場所を選ばない小型の織り機があれば、避難先でもすぐに織り始めることができ、避難民の方々がいち早く収入を得て自立することができます。歌詞にある「小さきな機(き)に 夢をぎゅっと詰め込んだら」という言葉は、まさにレガスピのこれからを拓く、大切な一歩と重なっています。【フィリピン・アブラ州】 能登の技術とアブラの誇りが織りなす、新たな絆真剣な眼差しで織り機に向かう女性たちは、2022年7月に大規模な直下型地震(M7.0)に見舞われたアブラ州の人々です。 この地では、持続可能な生業(なりわい)づくりを目指す「アジアなりわいネット」と密に協力しながら復興活動を行っています。 実は、ツナミクラフトの代表はアジアなりわいネットの理事、そして「さをり織り」の普及を担う特定非営利活動法人さをりひろばの理事を兼任しています。このネットワークがハブとなり、組織の枠を超えた深くてスピーディーな支援体制が実現しています。 アブラ州はプロバスケチームに「アブラ・ウィーバーズ(織り手たち)」と名付けるほど機織りのプライドが息づく街ですが、伝統技術の壁から、一般住民が手織りに触れる機会は限られていました。この地に「誰もが織り手になれる未来」を届けるため、2つの取り組みが進んでいます。 ■能登の「ステンレス筬(おさ)」が繋ぐ精密産業が盛んな能登で作られた高品質な織り機の部品「ステンレス筬」を導入。サビに強く高精度な筬が、現地特有のデリケートな自然素材の糸を傷つけることなく整え、伝統布の復興と生産性を高めています。 ■「さをり織り」で誰もが手織りにアクセスできる街へ「誰でも簡単に織れる」さをり織りの自由さを、まずは特別支援クラスの子どもたちと教職員からスタート。将来的にはお祭りなどで広く州民に手織り体験をしてもらい、名実ともに誰もが「織り手」の誇りを感じられる街を目指します。 震災の痛みを共有する能登の技術、アブラ州の誇り、精度高く結ばれた信頼のネットワークが響き合う、双方向のプロジェクトです。2. 人類が培ってきた「災害を生き抜く知恵」との出会い物語は日本とフィリピンを超え、タイの地へと繋がります。 【タイ(パンガー県)】悲しみの記憶を留める象徴2004年のインド洋大津波で内陸に流された警察舟艇「T813」が佇む「国際津波ミュージアム」。災害の記憶の象徴です。 【タイ(スリン島)】受け継がれる人類の知恵(モーケンの集落)木造高床式住宅やボートのシーンに登場するのは、海洋少数民族「モーケン」の集落です。彼らは文字を持っていません。しかし、2004年の大津波の際、彼らは200年以上もの間「口承(語り継ぎ)」で伝えてきた先人の経験を守り、人的被害を最小限に抑えたのです。まさに歌詞にある「次の世代にドロさく繋いでく 生きる知恵」の姿がここにあります。 3. 希望、そして「参加する」こと、祈り 世界各地の記憶と知恵を乗せた布は、タイの津波の記憶を留める警察舟艇「T813」を包み、モーケンの集落を彩ったあと、映像は終盤のハイライトへと向かいます。 まず、千葉県の「キボール(Qiball)」の巨大なアトリウムにて、さをり織りの布が天に向かってダイレクトにせり上がっていくシーンが登場します。各地の想いが一本の大きな「希望」となって立ち上がり、窓から差し込む美しい「朝日」の光が、次のタワービルのオフィス(私たちが生きる日常の街)へと繋がり、世界を照らします。 この光に導かれるように、映像は手書きイラスト風のシーン(募金・支援をする人たちの願いのシーン)へと移り変わります。 このイラストシーンは、まだどこにも形になっていない、支援をしようとする人々の心の中にある「イメージ(構想や願い)」そのものです。 それが、私たちが画面を「タップする(支援という行動を起こす)」ことによって、現地の実写写真や動画へと繋がり、被災地の人々の笑顔やレガスピでの新しい手織りのスタートという確かな「現実」へと変わっていく。 頭の中のイメージが、あなたの指先を通じて、世界の誰かの明日という現実を創り出していくのです。あなたの指先から、次の「よこ糸」を。 社会や組織、そして被災地と日常の間にあるあいまいさや、そこから生じる格差・障壁。 そんなものは、織り交ざる糸の前には関係ありません。 ただ、認め合い、一緒に生きていこう。 9月27日から動き出す能登の未来へ、そして日本から世界へ、過去から未来へと繋がるこの命のバトンを次の世代へ手渡すため、皆さまの温かいご支援、心の「よこ糸」を、このプロジェクトにぜひ織り込んでください。どうぞよろしくお願いいたします! もっと見る
  • 7月18日17時よりスタートした私たちのクラウドファンディングですが、事前の告知が十分に行き届いていなかったにもかかわらず、開始からわずか2日の間に、最初の温かいご支援をいただくことができました。この場を借りて、心より深く感謝申し上げます。皆さまの「最初の一歩」の応援が、どれほど私たちの励みになっているか分かりません。本当にありがとうございます。今回は、今回のプロジェクトのタイトルにも含まれている「なぜ、震災から3年目を前にした『1000日目』という節目にこだわるのか」について、その理由をお話しさせていただきます。東日本大震災をはじめ、これまでの多くの被災地を訪ねる中で、現地の方々から共通して伺う言葉があります。それは、「自分たちが忘れられてしまうのが、一番つらい」ということです。震災直後は日本中、世界中から注目が集まりますが、時間が経つにつれて報道は減り、周囲の関心は薄れていきます。昨今、斉藤元彦知事の諸々の問題などが引き金となり、兵庫県政や知事の定例記者会見そのものへ世間の注目が徐々に集まりつつあります。そうした厳しい目が注がれる公の場において、2025年1月には震災の犠牲者数が誤って発言され、さらに2026年7月15日には復興の象徴として大切に歌い継がれた楽曲「しあわせ運べるように」の曲名までもが間違って発言されました。トップの口からこうした「小さな忘れ去られ方」が公の場で発せられ、積み重なっていくこと。それこそが、被災者の方々がもっとも恐れ、傷つく瞬間でもあるのです。記者たちから知事へ、その間違いを厳しく指摘する質問が相次いだ背景には、「震災の記憶や被災者の存在が、組織や社会の中で軽視され、忘れ去られつつあるのではないか」という強い危機感からです。震災から3〜5年目に訪れる「復興の実感がわかない」という壁今回のプロジェクトだけなく、過去のプロジェクト「被災地をつなぐさをり織り Cruise around Tsunami Havens」は、東日本大震災から1000日目の2013年12月4日から始め、現在も継続しています。震災から3年目を前にした『1000日目』という節目にこだわっています。それは、震災から3年目から5年目にかけての時期は、復興の歩みにおいて非常に難しい局面を迎えるからです。形のある復興事業(インフラの整備など)がまだ完全には完成していない一方で、時間の経過とともに「目に見える変化(進捗)」は、災害直後や急性期に比べて見えにくくなります。どれだけ現地の人々が血のにじむような努力を続けていても、周囲からは「もう落ち着いたのではないか」と思われがちになり、結果として「復興の実感がわかない」という状況に陥りやすいのが、この3年目から5年目の時期なのです。だからこそ私たちは、この「1000日目」というタイミングから、改めて国内外の被災地でいま何が起こっているのか、皆さんの関心をもう一度引き寄せることが重要です。1000日目から、10年後、20年後の未来に向けて思い返せば、東日本大震災から1000日目を迎えた2013年12月4日、私たちは一つのスローガンを掲げました。災害によって様々な経験をしても、手仕事を通じて仲間をつくり自らの手で尊厳を取り戻す。10年後、20年後の未来に向けて「背筋を伸ばして生きていく」。そのための生きる知恵を、過去から未来へと繋いでいくことが私たちの使命です。クラウドファンディングを成功させるために、皆さまの「最初の一歩」の協力がどうしても不可欠です。実は、クラウドファンディングでは「スタートから最初の一週間で目標の3割」を達成できると、その後の成功率が格段に上がると言われています。少し出遅れていますが、最初のスタートダッシュで勢いがつくことで、より多くの方にこの活動の存在が届き、支援の輪が広がっていきます。つきましては、この大切な時期に、皆さまにSNS等での拡散・シェアを【強く】お願いしたく存じます。皆さまに「シェア」を強くお願いする理由SNS(XやFacebook、Instagramなど)や口コミで「こんなプロジェクトが始まっているよ」とトップ画像やURL付きでシェアしていただけないでしょうか。私たちが今回、直接のご支援以上にこのシェアを何よりも強くお願いするのには、大切な理由があります。たとえ今回、直接のご支援には至らなかったとしても、皆さまがシェアしてくださることで、 ●震災から3〜5年目に訪れる「復興の実感がわかない」という壁があること ●被災者の方々が何よりも恐れている「忘れ去られてしまうのではないか」という不安の中にいること を、まずは一人でも多くの方に「知ってもらう」ことができるからです。 それを知っていただいた上で、私たちのプロジェクトを応援していただくのも本当にありがたいことですし、あるいは能登をはじめとする他の地域のプロジェクトや、ご自身が共感する別の形の支援へと繋がっていくのでも、私たちは心から嬉しく思います。大切なのは、社会全体で被災地への関心を途切れさせないことです。知る人が増え、それぞれの場所でアクションが生まれれば、結果としてより広く、多様な方法で、現地への厚い支援へと結びついていきます。皆さまのひとつのシェアが、その大きな循環を生み出す最初の一歩になります。 もっと見る

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