活動報告 ここから次のリハまで時間があるので、リハの時の写真とかを公開しつつ、ひたすらに思考を練るというのが活動になってくるだろう。 昨日の僕は、かなり多忙で稽古やら病院やらリハやらと大騒ぎでございました。フライヤーをみんなと等分にしてみたら案外枚数が少ないので、配るのがもったいないと思ったりなどしたりもしました。 そして、特設サイト的なものも今絶賛作ってくれているみたいです。出来上がり次第、ご報告いたします。 リハーサルって刺激的よね どういう動きにしますか、どういう音をだしますか、どんな明かりにしますか。そういう受動的な物事では、クリエーションは出来ないから、多少無理かと思っても動いてみたり、音を出したり。空間的な遊びについては、こちらで考えて提示するけど。身体も音も明かりも受動的にあることはとてもラクなんだけど、それだと作品になっていかないというジレンマ。そりゃ誰かが動かないと三すくみで見合ってるだけになってしまうから、何も動かないよね。 だから、無理してでも動かしていくこと。持っている手の内を晒すこと だから、無理してでも動かしていかないといけないのだけど、現段階だと僕の中にある照明のイメージってなんだろう。そういうところに捉われていて、まだその先に行けない。というのも、僕が身体至上主義というか、フォルムこそが照明の在り方だと思っているから、まだ身体が生まれていないのに。そういう捉われ方をしているということ。 デコンストラクト照明 これからやろうとしていることを、それは劇場であったり、舞踊であったり、演奏であったり、それと照明の関わりを再定義、再構築しなおして、そこに照明と言うものがなぜあるのか。また、その意味性というものにどこまで手を伸ばすのか。理をただすかのように照明のデザインを問い直していきたいと思っている。大げさに言っているけど、それはデザインをしていく上での意味的なものごとであって、物理世界の現実においては「ただ点灯する」という事実しかないわけなのだが。 公演をやろうという簡単なことと難しいこと 我ながらいい面子を集めた バランスがいいチームになっている。懐も深い。そして、創作に真摯。その人たちが自由に出来るフィールドを作るという仕事。これだけ出来れば、公演はやれるんだな。という予感がしている。 逆に難しいことってなんだろうか 僕は自分の審美に沿って、人に声をかけて人を集めた。そして、自分の手元で扱えるお金で出来ることを考えた。もしかしたら、これが一番難しいことなのかもしれない。 儲かると儲からないの差 創作の場において、「やってみたい表現」に期待をさせて、観客を集め、収益を得る(儲かるわけではない)もしくは持ち出し(赤字)パターンが創作界隈では普通のように語られるが、僕にとってはかなりの違和感がある。商売だとしたら、作りたいものを作って赤字ということは、そのプロダクト自体が売れないものということになので、プロダクトとしては需要を満たせてないということになる。逆に、需要があるかわからない中で作るものというものが作られない創作界隈も今一つだと思う。で、あるならば、コンテンツとして伸ばしていけるところまで、育てて行かないといけない。それがプロダクトだと僕は思う。確かに別段すごい儲かるという話ではないにしても、関わった人たちにとってのベネフィットが配分されるだけのコンテンツを作っていく必要がある。 なに?いつから商業的になったのだ?と問いたい 僕は最初からマーケティング畑で育っているので、プロダクトというのはどうしても商業的な側面があると考えている。ただし、清貧であること、オリジナルの創作であることを否定しない。企画が面白くて、広報がきちんとできれば、リーチはする。一方で、演者の身体を売り買いするような真似が好きではない。演じてない俳優や踊ってないダンサーを売るのは野暮だと思う。演者に頼って観客を集めていてはいけないとも思う。CMの演者がいいからという購買層はすぐに離れる。カンパニーとして魅力がある企画を出さないと、ロイヤリティは下がるわよね。って話です。 だいぶ、とがって来たから、今日はこの辺りで。 なので、引き続きのご支援、拡散、閲覧、スキとか、もう本当にお願いします。 舞台照明実験会EX + 夏の打楽器と舞踊の宴 https://camp-fire.jp/projects/945910/view/activities/848405?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=tw_po_share_c_msg_project_activities_show%23main S




