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2026年06月15日 19:00〜

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地震に老朽化 創業100年 宮崎市の和菓子店 桐木神楽堂の建て替え物語 公開前

地震と老朽化、創業100年 宮崎の和菓子店桐木神楽堂4代目の建て替え物語

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地震と老朽化、創業100年 宮崎の和菓子店桐木神楽堂4代目の建て替え物語


はじめまして、私は宮崎市で桐木神楽堂という和菓子店を営む4代目の桐木太輔と申します。

この度は、私たちのクラウドファンディングページをご覧いただきありがとうございます。

これまで同じ場所で商売を続けてまいりましたが、店舗兼住居の老朽化。そして、追い打ちをかけるように起こる地震などの災害。安心して美味しいお菓子を作り続けることができるように新店舗に建て替えることとなり、この度クラウドファンディングに初めて挑戦することとなりました。

お陰様で来年100年を迎えます。

しかし、ずっと和菓子を作ってきた訳ではなくユニークな歴史があります。


桐木神楽堂について

創業者・桐木仁一郎は県北部の山間部、日之影町から宮崎市に移住。椿油を売り歩くことから、桐木神楽堂の歴史は始まりました。1927年(昭和2年)現在の地に桐木商店を開店。主に生活雑貨の小売りとともに地方の商店に雑貨類を配達する仲卸を行っておりました。

「神楽堂」の名前の由来は創業者の実家、日之影町で神楽宿をしていたことに因みます。

やがて長男・勇が煎餅製造業「桐木かぐら堂」を立ち上げ、新婚旅行ブームに沸く宮崎で「宮崎八景せんべい」が空港や官公庁で40年愛されました。

転機は三代目、私の父孝一郎。 柔道で鍛えた根性を胸に東京の名店で修業し、1986年に和菓子店桐木神楽堂として再スタート。当時宮崎で130円という強気の値付けで売り出した大福が、いまの看板商品「恵比寿大福」の原点です。

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・2000年の九州サミット外相会議に和菓子の提供

・2015〜2017年のJR九州クルーズトレイン「ななつ星」にもお菓子が採用されました。

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そして私、四代目・太輔。唯一、初代の顔を見たことがなく、先代と同じ事業を続ける代となります。生まれてから高校を卒業するまで和菓子店の2階の家で育ち、朝早くから夜遅くまで働く両親祖父母の姿は嫌というほど目の当たりにしてきました。

ですので、幼い頃は、家業を継ぎたいとは一度も思ったことはありませんでした。

幼少期から活発な性格で、父の影響の柔道など様々なスポーツを経験し

高校ではゴールキーパーとしてサッカーに打ち込み全国大会を目指しました。

大学進学の為、上京してからはDJに没頭。一度は職にしようとも考えましたが、私にはビートメイク(作曲)の才能がありませんでした。

写真左

そのことも転機となり、和菓子のことを考え始めます。

丁度、東京オリンピックに向けて盛り上がっていた時代。外国人が日本文化を楽しむテレビ番組も多くなり、私の中で和菓子に対するイメージも明るくなり、自然と海外で和菓子の仕事をすることが目標となりました。それは、DJでできなかったことを和菓子で実現しようとしているのかもしれません。

異色の経歴を経て覚悟を決め、日本菓子専門学校で和菓子の基礎を学び、東京の「一幸庵」上野「うさぎや」で修業後、2020年に宮崎へ帰郷し家業に入りました。

一幸庵での修業中

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・百万石の菓子文化・いしかわスイーツ博2016では最高賞の知事大賞受賞

・2023年に開催されたG7 先進国首脳会議。宮崎では農業大臣サミットが開催されましたが、代表団をおもてなしするお茶席でのお菓子を担当いたしました。

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現在は、取締役兼工場長として修業で学んだ味と技を桐木神楽堂に落とし込み商品をはじめ、経営をブラッシュアップしている最中です。


自然災害

2024年の夏に宮﨑で最大震度6弱の大変大きな地震が起こりました。

その際、壁の一部が剥がれ落ちました。

建物への歪も生じており、2階は床が斜めになっております。

綺麗に扉が閉まらない箇所もあります。この歪みは年々ひどくなります。












その現店舗は、写真右半分は築50年強と左半分は70年強の増築。

後に改築して店舗と2階ベランダで繋がっています。

某リフォーム番組で取り上げられそうな増築増築の建築です。

左半分の建物は昭和61年に購入したそうですが、もう少し大きい家だったそうですが、切ってあった建物を購入したそうです。家の切り売り。。

後付けの壁と嵩上げ工事を行い高さを揃えております。とても不安定です。


年々増加する自然災害。この日向灘地震で更に危険性が高まり新店舗建設を急ぐこととなりました。 

もちろん、この外観はもう出せない味ですし、リノベーションをすることも考えました。


しかし、お客様が4人ほどはいれば圧迫感を感じる狭い店内。ゆっくりと気持ちよく過ごしていただきたい。

^_^狭い接客、包装スペースも効率の良い作りにする必要があります。

また、宮崎は交通の便が悪く完全車社会。

駐車場を拡張しお客様の利便性をよくすることも計画の一つです。

そのため、惜しみつつも建て替えを決定しました。

プロジェクトのスケジュール

2026年 6年15月 クラウドファンディング開始

2026年 8年15月 クラウドファンディング終了

2027年 6月 新店舗グランドオープン 予定

終了後順次リターン発送予定


お菓子への想い

「和菓子の未来は明るい」と書きましたが、裏腹に減少する和菓子店の現状。

宮崎市でも和菓子専門店はほとんど無くなってしまいました。

高齢化、後継者問題も大きな要因のようです。

和菓子にどういうイメージをお持ちですか?

難しいイメージも持たれる和菓子ですが、私はとても柔軟な食べ物だと思っています。

苺大福のような当時は革新的なお菓子も、今では苺の季節になると待ち侘びている方も多いお菓子となりました。さらには、SNSの登場で全国各地、様々な和菓子が拡散され、新たな和菓子のスタイルが生まれていることも事実です。

さらには、海外にも少しずつ和菓子が浸透しております。





















東京での修業を経て、素晴らしい材料からできあがる本当に美味しい和菓子を知りました。

それは、私の目指したい和菓子の物差しになりました。

どんなものにも時代の流れや流行がありますが、味には妥協しないことが父と私の信条です。そこがブレなければどんな状況でもお客様は戻ってきてくれると信じています。

また、販売、接客に関しては、私の母と妻が中心になって切り盛りしてくれています。

接客は、店の顔であり、時にお菓子の評価にも関わります。

人生の節目の大事な時、贈り物に私たちのお菓子を選んでいただけるような菓子屋を一同でめざしております。

建築への想い

店舗を建て替えることは、経営的にはとても大きな投資です。あまり費用をかけずミニマムなデザインと規模で建てることも考えましたが、リスクを負ってデザインと機能にこだわった建物にする方が長い目で見るとお客様に喜んでいただけるのではないかと考えました。

和菓子の魅力を「建築」の力を借りて広げていきたい!

厚かましいですが、和菓子の未来への挑戦でもあります。

建築士には宮崎の建築士、石躍健志さんにお願いしました。

石躍健志さん

石躍さんの手掛ける建築は、この南国の空気にとてもぴったりで繊細ながらも力強く、ゆったりとした時間が流れていると感じたからです。

現在の店舗の趣が無くなることに寂しいとの声もいただきますが、時を重ねても、劣化ではなく味となり、またこの街の風景として宮﨑の方に愛される建物になると信じております。

石躍建志建築設計事務所

実現したい事

宮崎には美味しい食材、料理、お酒がたくさんあります。県民も食に対してこだわりがあり、全国から農業から口に入るまで一本化された「食」を目指してこられる観光客も多いです。

私は、和菓子屋として今のお菓子を引き継ぎつつ、最高の美味しさを目指します。かつ、県外の方も宮崎へ立ち寄るひとつの理由になることが一つの目標です。

この恵まれた土地の食材のストーリーも伝えながら菓子づくりをしていきたいと思っています。

また、和菓子を世界へ伝えていくことも私の目標です。

学生時代から英語の勉強にも励んできました。

和菓子が持つ魅力 (美味しさ、見た目の美しさ、デザイン、材料、技法、歴史など)

そして、宮崎のことを和菓子を通して伝える仕事をしたいと思っています。

和菓子の新しい可能性も見つけていきたいです。

誇りを持って働ける店へ

桐木神楽堂は、職人の手仕事によって和菓子をつくり続けてきました。

お菓子もひとつからお選びいただき、心をこめて接客させていただいております。

4代目として私が大切にしたいのは、菓子の味だけではありません。

それをつくる職人、店の顔である販売員の仲間たちが、長く・誇りを持って働き続けられる環境です。

新しい店舗には、職人が集中できる作業場、リフレッシュができるテラス、横になってゆっくり休める休憩室を設計に取り入れました。

女性も多く活躍してくれている当店。従業員専用のお手洗いにはメイクアップミラーを備えました。

職場の環境と働く方のパーソナルの充実も良い仕事、良い菓子を生むと信じております。

繁忙期には全力で、閑散期にはきちんと休む。

そのメリハリが、長く続く仕事と、良い菓子を生むと信じています。


建て替えと資金の使い道

店舗建て替えに動き出したのは2年以上前になります。

ご承知のように、世界情勢も大きく変わり2年前の見積もりでは建てられなくなってしまいました。また、小さい和菓子店への銀行の融資も限られており、なんとか融資内に納めなくてはなりません。

建物もですが、使用している設備も老朽化してしているものもあります。より効率化と美味しいお菓子の為に設備投資も検討しております。しかし、その設備を導入するスペースも現状ありません。この度クラウドファンディングに初めて挑戦することとなりました。

皆さんの寄付によって集められた資金は、建築や設備の一部に使用させていただきます。

社長の言葉 桐木孝一郎

先代は煎餅の卸売業でしたが時代の流れもあり、修業をして和菓子屋として再スタートを切りました。事業はゼロからのスタートでしたので引き継いだものもほとんどなく資金繰りも大変でしたがなんとか40年やってこれました。

私達がやってきた時代とは大きく変わりました。この先もどのような時代になるのか誰もわかりません。

このクラウドファンディングを通じて皆様のお力を賜われた幸いです。どうかお力添えをよろしくお願いいたします。

最後に、私からの想いを伝えさせてください。

桐木神楽堂は、思い出は単なる建物ではなく多くの人々の思い出が詰まった特別な場所だと思っています。

この価値ある場所を未来へつなぐことが私の代の使命だと感じています。

私自身まだまだ未熟な点も多いですが、100年続いてきたこの場所を守り、しっかりと次の100年のためスタートを切れればと思っています。

あなたのご支援は、菓子づくりだけでなく、この町に根ざした和菓子という日本の文化を次の世代へ受け継ぐための力になります。

どうか私たちの挑戦に力を貸していただければ幸いです。

皆様と一緒に桐木神楽堂の次に100年の物語を紡いでいきたいと思います。

どうかよろしくお願いいたします。

桐木神楽堂 4代目 桐木太輔



支援金の使い道

集まった支援金は以下に使用する予定です。

  • 設備費

※目標金額を超えた場合はプロジェクトの運営費に充てさせていただきます。

支援に関するよくある質問

ヘルプページを見る

このプロジェクトの問題報告はこちらよりお問い合わせください

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